君とまた声を交わそう

「おはよう、追瀬君、藤崎君。

あのね、明日の放課後…藤崎君が部活終わった後って空いてる?

私とサクラ、調理部なんだけどね、カレー作るから食べに来ない?」


追瀬君と藤崎君を調理部に呼ぶと決めてから数日後。

カレーを作る日の前日にさくらと一緒に2人に声をかけてみた。


「マジで!?いいの?俺、部活後ってめちゃめちゃ腹減ってるから超嬉しい!」


よしよし、藤崎君は乗り気になってくれたようだ。

これで追瀬君も乗ってくれれば…。


「なっ、悟、一緒に行こうぜ!」


「冬弥がいいんなら俺は別にかまわないよ。

でも迷惑じゃない?作る量変わってくるだろ?」


「そんなことないよ!カレーだからちょっとくらい人数増えてもそんなに変わらないし」


「じゃあ、お言葉に甘えようかな。冬弥、食べすぎるなよ」


「わかってるって。サンキュな、朝霞!水口も!明日楽しみにしてっから!」


満面の笑みの藤崎君と相変わらず無表情の追瀬君に軽く手を振って自分の席へと戻った。

さくらが解放されたような顔で正面に座る。


「やー、緊張したわー」


「良かったじゃん、結構2人とも乗り気だったし」


「そうね、良かったよ、断られなくて」


「だから言ったでしょ。藤崎君なら乗ってくれるって」


「今回は藤崎様様ね。藤崎が乗ってくれなかったら追瀬は気をつかっちゃって来なかっただろうし」


さくらがほっとしたようにため息をついた。お疲れ様。緊張したよね。

なんにせよ誘うことには成功した。

後は明日、美味しいカレーを作るだけだ。




「上手くいくかなあ…」


翌日、さくらは朝からうじうじしていた。

昨日はあんなに乗り気だったくせに、いざとなったら怖気づいてしまったのだろう。


「大丈夫だって。カレーだよ?カレー!失敗するような料理じゃないでしょ!沙斗子以外…」


「ちょっと有里依ちゃん!私だってカレーぐらい作れるよ!」


「変な物入れない?」


「さ、最近は入れてないもん」


「ちなみに以前は何入れてたの」


「ケチャップとか煮干とか…」


「まあ、入れなくなっただけマシね」


「返すお言葉もございません」


沙斗子は居心地悪げに体をゆすった。

でもケチャップとか煮干入れたとしても、カレーならそう酷い味にはならないだろうけど。


「さくら?大丈夫?」


「私たちが作るカレーってきっと追瀬家の味と違うよね」


「まあ、そりゃ違うだろうね」


「口に合わなかったりしないかな」


「そりゃ多少の違いはどこにでもあるって。でもカレーならきっとすべてが許されるはず!」


「なにそのカレーへの絶対的信頼感は…」


「大丈夫!さくらの作るカレーは美味しいよ。私ちゃんと知ってるから」


「大丈夫…かな」


「大丈夫!」


「そっか…頑張るよ」


「うん!頑張れ!」


「なんか他人事みたいに言ってるけど有里依も作るんだからね?」


「わかってるって、任せて!腕によりをかけるからさ」


にかっと笑って見せれば、ようやくさくらはほっとしたように微笑んだ。




放課後、調理室にてカレー作りに取り掛かる。

手順は簡単だ。

1、ジャガイモと玉ねぎと人参を切る。

2、切った野菜と鶏肉をよく炒める。

3、炒めた野菜と鶏肉を煮る。

4、3の中にルーを溶かしてさらに煮込む。

以上だ。

こんなの小学生でもできる。だから私たちはここにひと手間加える。

3の段階ですりおろしたリンゴと少量のコーヒー、ブイヨンを加える。

それに加えて4の段階でルーを入れるときは一種類だけではなく三種類のルーを加える。

それだけで格段に美味しくなるから不思議だ。


さっそく調理に取り掛かる。

さくらは緊張した面持ちで野菜の皮をむいていく。皮をむいた野菜を私が切って順番に炒めていく。

一通り炒めたらリンゴとコーヒーとブイヨンを入れて、煮込む。


「さくら、緊張してる?」


「そりゃね」


「大丈夫だって。いつもどおりの美味しいカレーができるよ」


「うん。それはもう心配してない」


「じゃあなにが気になるの?」


「追瀬の口に合うかどうかと…ちゃんと話せるかどうかかな」


「あー…それはまあ…気にしたってしょうがないよ!」


「そうなんだけどねー。ドキドキするわー」


「それはきっといい緊張だよ。さ、使った道具洗っちゃお」



しばらくしてから鍋の中に三種類のルーを入れて再度煮込む。

他のグループも完成に近いのか、調理室の中はカレーのいい匂いが充満してきた。


「ちょっと味見してみよっか」


「そうね、……ん、美味しい!」


「私も私も!…うん!美味しいじゃん。これなら追瀬君たちも喜んでくれるよ!」


「そうだと嬉しいな」


陸上部が練習を終えるまではまだしばらく時間がある。

他の部員たちには先に食べて帰ってもらうことにした。




「そろそろ、かな?」


その瞬間調理室の扉ががらりと開いて、藤崎君と追瀬君が入ってきた。


「よっす、お疲れさん!悪かったな、こんな時間まで待たせちまって」


「ううん、全然いいよ。誘ったの私たちだもん。ね、さくら」


「うん、その、2人の口に合えばいいんだけど…」


「水口、気にするな。冬弥も俺もだいたいのものは美味く食えるタイプだ」


「じゃ、そこに座ってて。準備するから」


「おう、悪いな」


2人を適当な席に案内してからカレーとご飯をお皿に盛りつける。

大丈夫!こんなに美味しいカレーなんだから!


「どうぞ」


「サンキュ、いただきます」


「いただきます」


2人がカレーを口に運ぶ。


「どう、かな?」


さくらが遠慮がちに2人を、正確には追瀬君をうかがった。


「美味っ、これめっちゃ美味いよ!え?なに?どうやったらこんな美味くなるわけ?」


「冬弥、溢してる。たしかに美味しいな。さすが調理部。どう作ってるの?」


良かった。2人は大絶賛してくれてる。

隣でさくらもほっとしたような顔をしていた。


「喜んでくれて良かった…。作り方はそんなに大したことしてないんだよ。

カレーを煮込むときにね…」


その後わいわいと4人で盛り上がりながら話は続いた。

メインで盛り上がっているのはやはり藤崎君で、美味い美味いと連呼してくれている。

追瀬君は基本的に聞き役に徹してるけど、たまに面白いことを言う。

さくらもこの間とは打って変わって一緒に盛り上がっていた。


「ごちそうさまでした。本当に美味かったぜ!教えてもらったカレー作りの秘訣、家でもやってみるわ!」


「ごちそうさまでした。水口、朝霞、美味しいカレーをどうもありがとう」


「おそまつさまでした。そしたら私たち食器洗って帰るから2人は先に帰ってて。それでいいよね、有里依」


「うん良いよ」


本音を言えば私が食器を片づけるからさくらには追瀬君と帰ってほしいんだけど…。

それはさすがにハードルが高いかな。


「女子2人をこれ以上残らせるわけにはいかないだろ。冬弥、せめて後片付けは俺らがやろう」


「お、そうだな!水口、朝霞、片付けは俺らに任せろ!」


「え、でも…」


「洗ったり拭いたりは俺らでもできるからやらせてくれ。かわりに悪いんだけど何をどこに片付けるかがわからないから最後の片付けは手伝ってくれる?」


「さくら、いいじゃない。頼んじゃおうよ」


「いい、のかな」


「2人からのお礼の気持ちってことでありがたく受け取っておけばいいじゃない」


「そうだね。じゃあ追瀬、藤崎、よろしくお願いします」


「おう!任せとけ!」


使った食器と鍋を流し台に運ぶ。

意外なことに2人とも炊事になれているのか手際よく洗って拭いてを繰り返している。


「2人とも手際いいんだね」


さくらが感心したように声を上げた。


「まあな、家でも手伝わされるしさあ。最低限のことはできるぜ」


「俺も、両親共働きだから家事は俺の仕事」


「そうだったんだ。じゃあ追瀬は帰ってからまたご家族用にご飯の準備するんだ」


「まあね。といっても大したもんは作らないよ。肉野菜炒めとか味噌汁とか冷奴とかさ」


「あはは、それなら簡単だ」


「それに今日はこれで遅くなるのわかってたから昨日の内に準備できることは準備してきた。

だから家に帰っても大してすることないから、気にするなよ」


「うん、ありがと、気遣ってくれて…」


「大したことじゃないって。こないだみたいに水口が落ち込んでる時の方が俺は気になるんだけどね。

問題は解決したの?」


「まだ、かな」


「そっか。じゃあ頑張んなよ」


追瀬君はさくらのあたまをぽふっと撫でた。

その瞬間さくらの顔が真っ赤になっちゃって可愛い。


「なー朝霞ーこの鍋ってどこに仕舞うんだ?」


「藤崎君、それはねーこっちの棚だよ」


「そっちかーよっと、これでよし。じゃあこの皿とかは?」


「それはあっちの棚だよ。あ、半分持つね」


「サンキュ」



そうこうして片付けを終え、調理室を出る。


「じゃ、俺らチャリだから。今日は本当にありがとな!また明日」


「カレー美味しかったよ。それじゃあ」


追瀬君と藤崎君は自転車で帰っていく。

私とさくらも駅に向かって歩き出した。


「今日は上手くいって良かったね!」


「うん、ありがとう、有里依」


「私は何もしてないよ。さくらが頑張った結果じゃん」


「有里依が言い出してくれたから誘うことができたのよ。だから、ありがとう」


「へへ、どういたしまして」


これで

明日以降、少しはさくらと追瀬君の関係は変わるのだろうか。

今後にこうご期待だ。




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