まだそれは芽吹いていない

「追瀬君て好きな人とかいないのかな」


昼食時、私のつぶやきにさくらが露骨に反応する。


「な、なに有里依、あんたあれだけこっぴどく小鳥遊を振っておいて追瀬に興味でもわいたの?」


言葉の端々にトゲを感じる。

沙斗子は何かを察しているのか黙々とご飯を食べ続けていた。


「別にそういう意味じゃないよ、さくら。ただほら田無君は沙斗子と付き合ってて、藤崎君は笹井先輩が好きなんでしょ?

だったら追瀬君にも好きな人とかいてもおかしくないなって思っただけ」


「追瀬君は好きな人いないよ」


沙斗子が顔を上げた。


「前に勅と追瀬君とそういう話したことあるんだけど、追瀬君も有里依ちゃんと同じで恋愛に興味ないし理解できないって言ってた」


「へえ、そうなんだ?」


「そっか、そうなんだ…追瀬も恋愛に興味なしか…」


さくらは露骨に肩を落とした。


「さくらこそ、追瀬君に興味あるんじゃないの?」


前々から思っていた疑問をストレートにさくらにぶつけてみる。

さくらは気まずそうに顔を上げ、再度うつむいた。


「興味あるっていうか…まあ、気になるっていうか…」


「それって好きってこと?」


「好きって…好きってほどじゃないよ。ただ気になるだけ」


「それはもう好きになりかけてるって言ってもいいと思うけどね?さくらちゃん」


卵焼きを頬張りながら沙斗子が苦笑した。

私には「気になる」と「好き」の違いがわからないので黙ってご飯を口に運ぶ。

さくらは眉間にしわを寄せてブロッコリーを突いている。


「好き…なのかな。でも追瀬は恋愛に興味ないんでしょ?だったら好きだと思っても不毛じゃない…」


「うーん、それはどうだろ。たしかに小鳥遊君みたいに有里依ちゃんにあっさり振られて終わりってパターンもあるけど

ゆっくり仲良くなって、追瀬君の恋愛感情をさくらちゃんが引き出してみるのは有りかもだよ?」


それもたしかに有りかも。

私も先日ちょっと思ったことだ。

もしゆっくりと打ち解けていけたのなら、小鳥遊君と関係も変わっていたのかもしれないと。


「でも、それって難しくない?」


珍しくさくらが気弱な声を出す。

さくらはきっと本当に追瀬君のこと考えてるんだろうな。

だから近づいて関係が悪い方に変わってしまうことを恐れているんだろう。

その気持ちを乗り越えて私に接してきた小鳥遊君は偉かったんだな。

そんなことに気がついたって今さらだけど。


「さくらちゃん、そんなに気弱になることないよ。

せっかく追瀬君とたまに一緒にお昼食べてるんだから、その時にちょっとずつでも話しかけてみたらいいんじゃないかな」


「それで嫌われたりしない?」


「それくらいじゃ嫌われないって。大丈夫。追瀬君は人の気持ちを無下にするような人じゃないこと、知ってるでしょう」


「うん…。それじゃあ、ちょっとずつでも話してみようかな!」


「がんばれ!」




数日後、私たちは追瀬君たちとお昼を食べていた。


「…」


「…」


ただ、緊張のためかさくらはまったく追瀬君に声をかけていない。

それどころか一言も口をきいていない。

沙斗子が心配そうに目配せをしているが、それにも気がついていないようだ。


「なんか今日は水口大人しいなー」


藤崎君が直球で突っ込んできて、さくらがぶほっと噴出した。

さすが藤崎君。きっと核心部には気がついてはいないんだろうけど、それでも気がつくところはあったんだろう。


「そ、そう?」


さくらが弱弱しく答える。


「そうだって。なんかあったの?」


「いや、別になんでもないよ」


「そう?ならいいけどさあ。な、悟、悟も変だと思うよな?」


そこで追瀬君に話を振るか!

まさか藤崎君気がついててやってるのか?

いやまさか…。


「たしかに水口、いつもと違って口数少ないな」


追瀬君は淡々と答える。さくらは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。


「まあ、ほら、さくらにもいろいろあるんだよ!」


「そうなん?俺らに言えないようなことならしかたねえけどさ、あまり気い落とすなよ」


藤崎君はにかっと笑って答えた。

追瀬君は相変わらずの無表情なままさくらを見ている。

ちらりと顔を上げたさくらは追瀬君と目が合ってしまい、慌てて目をそらしていた。


『さくら、大丈夫?』


小声でさくらの様子をうかがう。


『だ、大丈夫』


『顔、真っ赤だよ?』


『わかってる…ちょっと、そっとしておいて』


『きつかったら席外しなね』


それだけやり取りすると、私はご飯に手を戻す。

さくらも真っ赤な顔のまま食事を続けている。

追瀬君はまださくらを見つめていた。




「はー、緊張したー」


放課後、調理室でさくらが大きくため息をついた。

お昼休みのことを言っているんだろう。


「さくら、だいぶがちがちになってたもんね」


「うーん、今までは追瀬のこと「ちょっと気になる」くらいだったからなんともなかったんだけど「好きかも」って考えたら異常に意識しちゃってさあ。

ホント、疲れたよ」


「やっぱり意識が変わると違うもん?」


「違う違う、大違いだよ。藤崎が余計なこと言うせいで追瀬が私のことずっと見てたしさあ」


「たしかに追瀬君、さくらのこと見つめてたよね。もしかして脈ありなんじゃないの?」


私がそう言うとさくらは真っ赤になってこちらを睨んできた。


「有里依、冗談でもそういうのやめて」


「う、ごめん」


「期待なんてしない方がいいんだから」


「そういうもん?」


「そういうもん」


さくらの手元ではジャガイモがいい感じに湯だっている。

今日の調理部の活動はハンバーグだ。

メインのハンバーグは私が担当して、さくらには付け合せの人参のグラッセと粉吹き芋を作ってもらっている。

ハンバーグのタネをこねながら話を続けた。


「私はさくらが羨ましいよ」


「なんでよ」


「だって恋してドキドキして女の子って感じでさあ」


「だから、まだ恋かどうかわからないって言ったでしょ」


「そうだけど…」


よく混ざったタネを等分して成形していく。


「でもドキドキはしてるでしょ?」


「それは、そうだけど」


「いいじゃん、恋する乙女。よく言うじゃん「恋せよ乙女」って」


「でもなー、あの緊張感は恋なのかな」


「違うの?」


「わかんないわよ、そんなの。たしかに追瀬に意識を向けると緊張してなにも話せなくなっちゃったけどさ」


「なんか、さくらは恋だって認めるの嫌がってない?」


タネを温めたフライパンに乗せる。

じゅうじゅうといい音が調理室に響いた。


「そうかも。だって追瀬は恋愛に興味ないんでしょ。だったら私が恋したって不毛なだけじゃん」


「それはそうだけどさ、沙斗子が言ってたじゃん。「恋愛感情を引き出してみる」のもいいって。

上手くいくかどうかなんてわかんないけど、本当に好きならやってみる価値はあると思うよ」


「それで小鳥遊みたいに玉砕するのね」


「あれは…引き出す引き出さない以前の問題だったじゃない」


「だって傷つくの嫌だもん」


「それじゃあなにも変わらないよ」


「変わらないことを選んだあんたに言われたくないわ」


「そうでした」


いい感じに焼けたハンバーグをお皿に並べていく。

そこにさくらが作った付け合せを盛り合わせて完成!

ふと、ある思い付きが浮かんだ。


「ねえ、さくら」


「なに?」


「今度追瀬君たちを調理部に呼んでみようか」


「は?なに言ってんの?」


「ほら追瀬君てさ、藤崎君が部活やってる間図書室で勉強してるじゃない?

だったら部活が終わった藤崎君と待ってた追瀬君呼んで、できた料理食べてもらおうよ」


「なにそれ、そりゃ…悪い話じゃないけど…」


「ねっ、そうしよう。料理のできる女の子はポイント高いって言うしさ」


「……」


「嫌?」


「嫌じゃないけど、緊張する」


「大丈夫だよ。そんなに難しくないもの作るときに呼べばいいじゃん」


「…来てくれるかな」


「部活終わってお腹空いてる藤崎君が釣られてくれると思うよ。そしたら追瀬君も一緒に来るって」


「じゃあ、期待しないで誘ってみようか」


「うん!」


さくらの恋が上手くいくといいな。

そう心から願った。


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