その気持ちの正体は
「おはよう、小鳥遊君」
「あ、朝霞さん…。あの…」
朝、教室の前をうろうろする小鳥遊君に声をかける。私から声をかけるとは思っていなかったのだろう。
彼は焦ったように私と向き合うが、焦るばかりで言葉は続かない。
「小鳥遊君。聞きたいことがあるの。今日の放課後、こないだの場所に来てくれる?」
「!!はい…」
「じゃ、また後でね」
言いたいことだけ言って教室に入る。彼はまだ何か言いたそうだったけど、あんなところで込み入った話なんかしたくない。
「おはよ、有里依」
「おはよう、有里依ちゃん」
「さくら、沙斗子。おはよう」
「さっき教室の前で小鳥遊とすれ違ったんだけど、何か話したの?」
「うん。放課後に話す約束した」
さくらの眉間にしわがより、沙斗子が不安そうに眉をひそめた。
「そ。まあ頑張んなさいよ」
それでも何気ないふりをして背中を押してくれるさくらがありがたい。
「有里依ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だよ。ちょっと聞きたいことがあるだけだから」
「なにかあったらすぐ呼んでね?」
「そうする」
放課後、一人で校舎裏の杉の元へ向かう。さくらと沙斗子はなんやかんや心配してくれた末に先日同様図書室にいてくれることになった。
今回は追瀬君と田無君はいないけど、まあ、さくらがいれば多少のことは大丈夫だろう。
そんなに大げさにもしたくないし。
「朝霞さん」
しばらくすると小鳥遊君がやってきた。
「小鳥遊君。聞いていい?」
「はい」
「こないだ言っていた、私のことが好きっていうのは嘘?本当?」
小鳥遊君は少しうつむいてから意を決したように私を真っすぐ見つめた。
「本当のことです。僕は朝霞さんが好きです」
「じゃあこないだの2人はなに?」
「あれは…ごめんなさい。あいつらが勝手についてきて…」
「そう」
「本当にごめん。怒ってるよね」
また、悲しそうな顔で小鳥遊君はうつむく。その顔の意味を知りたい。
「なんで」
「…」
「なんでそんな顔するの」
彼は困惑したように顔を上げた。
「そんなって?」
「悲しそうな顔。こないださくらに叩かれたときもそうだったけど。なんでそんな悲しそうな顔するの?」
「…悲しいから」
「なにが?」
意味がわからなくて思わず口調がきつくなってしまう。
小鳥遊君も私に伝わらない苛立ちからだろうか。声を荒上げて答えた。
「好きだって気持ちを茶化されて台無しにされたから、かな。
僕は本気で朝霞さんのことが好きだ。
それなのにあいつらが邪魔をしてそのせいで朝霞さんに不愉快な思いをさせたんじゃないかって思うと悲しい」
「そうなんだ」
「なんていうか他人事だね」
「あ、ごめん」
でもどうしても自分のことのように感じられなかった。
私のことを思ってくれてるってことはわかるんだけど。
「朝霞さんは僕に興味ないんだね」
「ていうかわかんないな。小鳥遊君。私は君のことなにも知らない。
だからいきなり好きとか付き合ってとか言われても受け入れられない」
「…」
小鳥遊君は黙り込んでうつむいた。
なんて言えば彼を傷つけずに伝えることができるのだろう。
どうしよう。なんかむかついてきた。勝手に好きになっていきなり感情をぶつけて、伝わらなかったら怒るってなに。
「そういう訳だからごめんなさい」
本当はどう好きなのかとか、それがどんな感じなのか聞いてみたくはあった。けどいくら私だってそこまで図太くない。
意気消沈してしまっている彼にこれ以上なにかを聞くのは酷な気がした。
ていうか何かが決定的に無理だった。
「待って!」
突然小鳥遊君が私の腕をつかむ。必死の形相で彼は叫んだ。
「この間のことなら謝る。だからこれで終わりなんて嫌だ!」
「この間のことなら別に気にしてないよ。終わりも何もなにも始まってないじゃない。
ただ、私があなたと付き合う気が無い、それだけだよ」
「なんで!?こんなに好きなのに」
それが嫌なのよ。勝手に好きになられても知らない。私は冷たいのかもしれないけどそれでもいきなりこんな風に詰め寄られても困るだけだ。
それを彼はわかっていないのだろうか。
「私は小鳥遊君を好きじゃない」
「そうかもしれないけど、だったらこれから仲良くなればいいだろ?」
「落ち着いて話もできない人とどうこうなる気はないの」
「そんな…」
「それじゃあ、さようなら」
彼の力が緩んだ隙にその手から逃れて走り去る。
ごめん。
でも無理。
その勢いに飲まれることは、私にはできない。
走って走って図書室までやってきた。さくらと沙斗子が心配そうに駆け寄ってくる。
「有里依!大丈夫!?」
「さくら…ありがと。なんとか無事」
「全然無事って感じじゃないよ!」
沙斗子は泣きそうな顔で私にしがみついた。
「沙斗子。ごめんね心配かけて」
「もう、本当になんなのよ!有里依、小鳥遊のこと殴ってきていい?」
「だめだって。ちゃんと断ってきたから」
先日以上に猛るさくらをなだめる。あれがちゃんと断ってきたことになるのかはわからないけど、少なくとも私の気持ちはちゃんと伝えたつもりだ。
果たしてそれがどこまで伝わっているかはなぞだけど。
「なんか…怖かったなあ」
「お疲れ様」
「小鳥遊の奴、ストーカーとかにならなきゃいいけど」
「さくら、怖いこと言わないでよ」
「だってそんな感じじゃない?片思いが暴走してるっていうか」
たしかにさくらの言うとおりだ。人って、恋をするとあんなにもわけわかんなくなっちゃうんだね。
「で、有里意の聞きたいことってのは聞けたの?」
「んー。半分かなあ」
「有里依ちゃんの聞きたかったこと?」
ようやく私から離れた沙斗子が首をかしげる。
「うん。一つはこの間の告白が嘘か本当かってこと。もう一つは…私を好きってどういう気持ちかってこと」
結局それは聞けなかった。あれ以上聞くのは酷な気がしたしなにより怖かった。
「まあ、仕方ないわね」
「うん。なんか無理だった」
一方的な感情の盛り上がりをあれ以上ぶつけられるのは無理だった。
「私、冷たいかなあ?」
「どうかな。私はそうは思わないけど…」
「冷たいっていうか冷めてるところはあるけどね」
さくらが苦笑する。
「興味ない事にはとことん興味ないでしょ。それが恋に関することだから恋してる人には冷たく映っちゃうのよ」
「そうかも。でも一方的に盛り上がって感情をぶつけるのが恋なら、私は恋したくないなあ」
「そうやって決めつけちゃだめよ。今回は相手がそうだっただけで恋してる人のみんながみんなそうなわけじゃないんだから」
「そう…なの?」
「そうよ」
そういうさくらの隣で沙斗子もうんうんとうなずいた。
「そうだよ、有里依ちゃん。今回のことだけで決めつけたらもったいないよ。
世の中にはもっとまともでいい人いっぱいいるんだから」
「そっか」
「そうそう」
さくらと沙斗子が笑った。私もつられて微笑み返す。
それもそうだね。少しして落ち着いたら、また恋について前向きに考えられるようになるかもしれない。
「ま、今回のことは忘れてのんびりしたらいいわよ」
「そうだね。そうするよ」
「じゃあ、なんかおいしいものでも食べに行こうよ!」
「それなら駅前のクレープ屋さん行こう!」
沙斗子が出口へと向かい、さくらも鞄を持って沙斗子に続く。
うん、そうしよう。今回のことだけで恋について決めつけるのは早計だよね。
私も2人の後を追って図書室を出た。
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