言葉にできないそれ

「ったく、なんなのよ!」


放課後の調理室でさくらがぼやいた。原因は小鳥遊君だ。

あのいたずらから早一週間。私は小鳥遊君と話そうと思っていたのだけどなかなかタイミングがつかめなかった。

もちろん気まずいというのもあるのだけれど。ところが、その小鳥遊君の方から私に声をかけてきた。

いや、正確に言うならかけようとしてきた、というのが正しい。なぜなら声をかける前にさくらや沙斗子にブロックされているから。

さくらのぼやきは、小鳥遊君が休み時間のたびに私に声をかけようとしてくることへの苛立ちによるもので。

部活が休みの今日こうして調理室にいるのも昇降口で待ち構える小鳥遊君を発見したさくらに引っ張り込まれたからだ。


「ねえ、さくら。別に小鳥遊君のこと放っておいてもいいよ?」


「何言ってんのよ、有里依。またあいつがくだらないこと言って有里依を傷つけられたらむかつくでしょ!?」


「大丈夫だって。実際傷ついてないし」


「私が嫌なの」


そう言ってさくらは宙をにらむ。そう言ってくれるのはすごく有難いけど、私は私で彼の真意を知りたい。


「有里依はさ」


「ん?」


「本当になんともないの?」


「んー。そうだなあ。まったく全然なんともないかって言われるとあれかなあ。

ちょっと、もやっとはしてるんだ。なんで私なのかな、とか。

さくらに叩かれた小鳥遊君はなんであんな泣きそうな顔してたのかな、とか」


さくらはぷくっと頬をふくらませる。どうやら私の回答がお気に召さないようだ。

まあ、そう思ってたから今まで特になんとも言わなかったのだけど。


「有里依は優しいのね」


「違うよ。鈍いだけ」


そう。鈍いだけ。告白されてもその気持ちがわからないから本人に聞こうとしているだけ。

悪戯だったらそれでよし。そうじゃなかったら小鳥遊君の心の傷に塩を塗りこむようなことをしている。

それでも聞いてみたいのは、ただ単に知りたいから。興味本位なだけだ。


「たしかに有里依は鈍いわよね。いきなり告白されて、いきなりバカにされて、でもなんとも思ってないってのはなかなかよ。

"告白されてときめいた"とか"バカにされて悔しい"とかないの?」


「バカにされるいわれはないからどうでもいい。

告白も結局茶々が入ってわけわかんないままだったからときめくもなにもないよ。だから真意を知りたいんじゃん」


「普通にからかわれただけだと思うけど」


「それなら小鳥遊君がさくらに叩かれてあんな顔するかなあ」


あんな、絶望したような悲しい顔。早々男子はしないと思うんだけど。


「その顔見てないから知らないけどさ。単に痛かっただけじゃなくて?」


「それなら、ぶん投げられてた2人の方がよほど痛かったと思うよ…」


「まあ、それもそうね。あのときは怒り狂ってて抑えがきかなかったし。

訴えられなくて良かったわ」


そうですね。さくらさん合気道やってるから素人に手出したのばれたらまずいですもんね。

あの時のさくらには鬼神でも降りてきたのかと思った。さくらは怒らすまいと肝に銘じちゃうくらいの迫力があった。

あのさくらに痛めつけられていた2人…名前、なんだっけ?いきなりバカにしてきた連中だけど、むしろ気の毒だった。


「本当にね。でも、ありがとう。

さくらがああやって怒ってくれたから私もこうして落ち着いていられるんだよ」


「有里依がそう言ってくれるなら投げ甲斐もあったけどさ。

でもそんなに小鳥遊のこと気になる?」


「そりゃ、まあね」


嘘かもしれないけど自分のことを好きだと言ってくれた人だ。気にもなるよ。


「あんなひどいことされたのに?」


「あの2人と小鳥遊君はなんか違う気がするんだよね」


「そうかなあ。むしろ小鳥遊が主犯って気がするけど」


「わかんないよ。だからちゃんと小鳥遊君と話してみたい」


さくらは嫌そうな、不安そうな顔をする。それでも私はきちんと彼と話さなくてはいけないような気がした。

そうしないと先に進めないような気がした。


「ついて行こうか?」


「ううん。大丈夫。ありがとう、心配してくれて」


「当たり前でしょ。有里依が一人でいいって言うならそうした方がいいんだろうけど…」


「お願い」


「わかったわよ」


よし。明日、話に行こう。そこでちゃんと彼の気持ちを聞くんだ。




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