恋文

『朝霞有里依様

はじめまして。2年5組の小鳥遊 勇(たかなし ゆう)と言います。

朝霞さんに話したいことがありますので、木曜日の放課後、校舎裏の杉の木の下で待ってます。

小鳥遊』


…。

今朝、下駄箱の中に入っていた手紙。これは…果たし状?いやいや違うでしょ。

もしかして、もしかしなくてもラブレター?でも好きとかそういうことが書いてあるわけではないし…

ただの手紙…だよね。


「なにしてんの有里依」


「わっ、さくら!?おは、おはよう」


手紙とにらめっこしているとさくらがやってきた。思わず手紙を机の中に隠してしまう。

なんなのかは全然わからないけど、もし、その、本当に告白とかだったらあまり他の人に言わない方がいい気がしたのだ。


「有里依、何隠したの?


「え、あ、いや、なんでもないよ」


「そう?まあいいけど。それより1限の数学の宿題やってきた?わかんなかったからやってたら教えてほしいんだけど」


「うん、やってきた。いいよ。どこ?」


さくらはいぶかしがりつつも気にしないでいてくれてるようだ。

ほっとしつつ何でもないふりをして数学の教科書を開いた。



放課後。

ついに放課後がやってきてしまった。どうしよう。もしあの手紙が悪意のあるものだったら?

やっぱりさくらと沙斗子くらいには言っておいた方が良かったかなあ…


「有里依!」


「さくら。…と沙斗子に田無君たち…。どしたの?」


「昼休みに放課後、みんなで図書室で宿題やろうって話してたじゃない。覚えてないの?」


そう言えばそんな話してたかも。手紙のことが気になって一日ぼんやりしてたんだよね。


「あー、ごめん。私ちょっと用事あるんだ。終わったら図書室いくね」


「そう?ねえ有里依。あんた今日変じゃない?そわそわしてるっていうかぼんやりしてるっていうか…。

なんか隠してるでしょ?」


「そ、そんなことないよ!?」


さくらが目を細める。これは完全に疑っている。でも、今更言う訳にもいかない。

私があははと笑ってごまかすと、ようやくさくらの目元がゆるむ。


「まあ、有里依がそう言うならそうなんでしょうけど。この間言ったけど、困ってることがあるならちゃんと相談しなさいよ?」


「うん。ありがとうさくら。困ってるとかじゃないから。それじゃ、また後でね」


まだ少し怪しむようなさくらの視線から逃れるように教室から出る。少し早足で校舎裏の杉の木の下に向かうとそこにはまだ誰もいなかった。

ただの悪戯だったのかな。それならそれでいいんだけど。


「あの…」


唐突に声をかけられて振り向くと、見知らぬ男子がいた。この人が小鳥遊君かな。

少し気の弱そうな感じがする。


「朝霞さん。はじめまして。小鳥遊です」


あ、やっぱりそうだ。


「はじめまして。朝霞です。えっと…この手紙くれたの小鳥遊君…だよね?」


「はい、そうです。朝霞さんに言いたいことがあって」


なんだろう。すごくどきどきする。いきなり怒られたりなじられたりしたらどうしよう。

いやでも"はじめまして"って言うくらいだからそんな嫌われるようなことはしていないはず。


「朝霞さん」


「はい!!」


「その…、す、好きです!僕と付き合ってもらえませんか…?」


「え…?」


今…私…告白された…?え?こういうとき何て言えばいいんだろう?

いきなりそんなこと言われても私、この人のこと何も知らないし。好きとかつきあうとか言われても全然意味わかんないし。


「小鳥遊君。ごめんなさい。私あなたのことなんにも知らないの。だから、いきなりつきあうとかはちょっと…」


「ぎゃはは、なにあの女。本気にしてやがるぜ!!」


「超うけるんですけど!!ばっかじゃねーの?」


な、なに?

いきなり聞こえた罵声に思わずうろたえてしまう。

気がつくと小鳥遊君の後ろでは見知らぬ男子2人が爆笑していた。

私の焦る様子が可笑しかったのか、罵声はますます激しくなる。


「あーテンパっちゃってかわいそー」


「小鳥遊君ひどいことするわー」


「そんなばかみてえな女にいたずらで告白とかさー!」


いたずら?小鳥遊君の告白はお遊びだったってこと?


「有里依!!」


上から、聞きなれた声が落ちてきた。


「さく…ら…?」


「ちょっと待ってなさい。今行くから」


二階の窓からさくらが身を乗り出していた。そういえば、ここって図書室に併設してる書庫の真下だっけ…。

さくらは『今行く』の言葉通り、窓からそのまま飛び降りた。


「え?さくら!?」


「有里依!!あんた大丈夫?なんかされてない!?」


「いや、私は特に…。ていうかさくら、あんなところから飛び降りて!!」


「大丈夫よ。二階だもの。だてに鍛えてないわよ」


そういう問題なんだろうか。しかしさくらはそんなことものともせず、つかつかと小鳥遊君に近づく。


「っ」


ばしん


彼の頬をひっぱたいた。


「よくも私の友達にくだらないことしてくれたわね」


「…僕は…僕はそんなつも

「ぎゃはは、うけるー。なーにマジになっちゃって…」


そのままさくらはまだ爆笑していた男子2人に掴みかかると全力で殴っていた。

最初は反撃しようとしていた彼らだが、怒れるさくらに敵う訳もなく、悲鳴をあげて逃げていった。


「…なんだったのかな」


ぽつりとつぶやく。


「さくら。怪我とかしてない?」


「してるわけないでしょ。ていうか、なにあんた。まだいたわけ?」


さくらはその場に立ちすくんでいた小鳥遊君を睨みつける。

彼は蛇に睨まれた蛙のようになっている。


「これ以上私の友達にかかわらないでくれる?行くわよ有里依」


「う、うん」


そしてその場に小鳥遊君を置き去り、私は図書室へと連れて行かれた。

…小鳥遊君が泣きそうな顔をしていたのはさくらにひっぱたかれたからなのだろうか。それとも…。


「あの2人は5組の関谷と神崎だな」


図書室に行くと沙斗子と田無君、追瀬君が駆け寄ってきた。

田無君いわく、笑い転げていた2人も小鳥遊君と同じクラスの人らしい。


「関谷も神崎もろくな噂は聞かねえけど、本当にろくでもねえな」


嫌そうな顔で田無君が言い捨てた。


「いたずらの告白で女の子を傷つけるなんて…最低だよ。有里依ちゃん。あんまり気にしちゃダメだよ?」


「うん、ありがとう。私はそんなに気にしてないからさ」


実際そこまで気にはしていなかった。多少驚きはしたもののむしろほっとしたくらいだった。

これでもし小鳥遊君が本気だったら逆にどうしてよいかわからない。

好きとか言われても、つきあいたいとか言われても、私にはどうしようもないし、どうする気もないのだから。


「さくらもありがとうね。文字通り飛んできてくれたね」


「いいのよ。あ、追瀬にもお礼言っておきなさいよ。追瀬が気がついてくれたから助けに行けたんだから」


「そうなの?」


「…たまたま書庫で本探してたら外から声が聞こえたから」


「そっか。ありがとう。追瀬君」


「どういたしまして。それより朝霞はなんであんなことになってたわけ?」


さすが追瀬君。よく気がつくなあ。私は鞄から今朝もらった手紙を出してみんなに見せる。


「だから有里依、朝から変だったのね」


「有里依ちゃん、お昼の時もそわそわしてたもんね」


「ちゃんとさくらと沙斗子には言っておけば良かったね」


だってまさかあんなことになるとは思ってもみなかったからさ。

自分の能天気さに笑うしかない。


「本当よ。なんかあったら相談してって言ったでしょう?」


「いやー、あんまりぺらぺら喋るもんでもないかなって思ってさ」


「それもそうなんだけどね。まあ、いいわ。何ともなくて良かった」


「そだね、じゃ、みんなで宿題の続きでもしよっか」


わいわいとみんなで宿題にとりかかる。

私はまだ少し気になっていた。小鳥遊君が私を好きだと言っていた時の顔。

あれは冗談だったのだろうか?あんなにも必死に顔を赤くしていたのに。

最後に見た顔があんなにも悲しそうだったのも、全部、嘘だったんだろうか。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る