愛とも言うその暴力で
「喧嘩した?田無君と?」
「そうなの。勅ってばひどいんだよ!」
朝、学校につくなり沙斗子に捕まった。何かと思えば沙斗子の彼氏、田無勅と喧嘩したらしい。
「あんなに仲よかったのに、なにがあったの?」
そう。二人はとにもかくにも仲が良かった。
田無君からは沙斗子大好き感がにじみ出ていたし、沙斗子だって満更でもなさそうで、田無といるときは本当に幸せそうにしていたのに。
「なにしてんの?」
「あ、さくら。おはよう。沙斗子が田無君と喧嘩したんだってさ」
「そうなの?」
「そうなんだよー」
さくらも不思議そうに首をかしげる。沙斗子と田無君が喧嘩するというのが理解できなかったらしい。
「で、原因は?」
「勅が、私は料理するなっていうの」
「「…」」
「昨日の日曜日に勅が私の家に来たから手料理を振舞ったんだよ。
そしたら…
『沙斗子の食は俺が保証するから、お前は二度と料理をするな』
とか言うんだよ!ひどくない?」
思わずさくらと顔を見合わせてしまった。
そうか。田無君は沙斗子の手料理を食べてしまったのか。御愁傷様としか言いようがない。
そりゃ、田無君も沙斗子の料理を禁ずるだろう。
「沙斗子。あんたが悪いから田無に謝ってきな」
「え?さくらちゃん?」
鎮痛そうな顔でさくらが沙斗子の肩を叩いた。
沙斗子は理由がわからないらしくさくらを見つめて目をパチパチしている。
私はさくらの勇気に感動した。
沙斗子の料理ははっきり言って兵器なのだ。
以前調理部に借り入部したときに私とさくらは沙斗子の料理している姿と、完成した兵器を目の当たりにしている。
そのときは沙斗子に授業以外での調理室立ち入りを禁止したのだ。
「沙斗子。あんた調理室立ち入り禁止なの忘れたの?」
「あのときは一人暮らし始めたばっかだったから、料理できなかったけど…
今ならできる!」
「練習とかしたの?」
「イメトレした」
「…」
もう田無君には同情を禁じ得ない。私が田無君の立場でも同じようなことを言っただろう。
という昔言ったはずなんだけどなー…。
「何がいけなかったのかな?隠し味?」
「…何に、なんの隠し味を入れたの?」
さくらが冷や汗をかいている。
それもそうだろう。さくらは以前の惨状を見ている。
調理部に借り入部したとき沙斗子が作り上げたもの。
メニューはホットケーキだった。今どき小学生だって作れると思う。
沙斗子は生地に隠し味と称してありとあらゆるものをぶち込んだ。
『まろやかになると思うんだよね』
そう言ってマヨネーズを投下。
『マヨネーズといえば味噌だよね』
そう言って味噌を投下。
『味噌に辛い物ってあうよね!』
そう言って刻み唐辛子を投下。
あとのことは思い出したくない。
最終的に目の前に出された焦げ茶色の物体は私とさくらの舌と胃袋に大ダメージを与えた。
さくらは今、そのときのトラウマを自ら掘り起こそうとしている。
無茶してっ…。
「中華丼にコーヒー」
さくらが完全に無表情になった。
ていうか何がなんだって中華丼にコーヒー?
食後の一杯ではなく隠し味?
「あとはねー」
「いい。もう聞きたくない」
さくらは頭を抱えて沙斗子の言葉を遮った。これ以上聞いたらさくらの精神がヤバいのだろう。
私もこれ以上トラウマをほじくり返したくない。
それより沙斗子に聞かなくてはいけないことがある。
「それ、田無君は食べたの?」
「うん。全部食べてた」
わあ。田無君ってば男だなあ。心の中で田無君に拍手喝采を送る。
全部食べた上でなお沙斗子を見捨てない田無君の優しさで胸がいっぱいになりそうだ。
「沙斗子は?食べてないの?」
復活したさくらが聞く。そうだよね。普通自分で食べたら食べられるものかどうかくらいわかるよね。
「食べたよ。まあまあだったかな?」
味オンチか!そう言えばホットケーキの時も
『焼きすぎちゃったかな?』
で済ませてたし沙斗子は舌が残念な子だったんだね。気がつくのが遅れて申し訳ない…。
「沙斗子、中華丼にコーヒーは入れちゃだめだよ。ていうかレシピ通りに作りなさいよ。
それだけで十分田無君は満足してくれるから」
「えー。つまんなくない?」
「あんた、前に調理部でホットケーキ作った時も言ったでしょ?
基本ができてないんだからまずはレシピ通りにちゃんと作りなさいって」
味付けにつまるもつまんないもないと思う。沙斗子のチャレンジ精神は認めなくもないが、それは一人で作って一人で食べる場合のみだ。
前回といい今回といい被害者を出しているのでそのチャレンジ精神はまったく認められない。
「そんなにダメだったかなあ」
「いや、実際食べてないから何とも言えないけどさ。
そうだなあ…明日にでもちゃんとレシピ通り作ったおかず一品持ってきて田無君に食べてもらえば?
そしたらきっと田無君の反応も違うと思うからさ」
「うーん。さくらちゃんと有里依ちゃんがそこまで言うなら…そうしてみる…」
「先に田無に謝りなよ」
「う、うん」
沙斗子はしぶしぶといった様子で田無君の方へ向かう。
それを眺めながらさくらが大きくため息をついた。
「まさか今さらになってあの時のことを思い出すはめになるとは思わなかったわよ」
「あはは、私も…。なかなかつらい思い出だしね」
沙斗子が頭を下げている。田無君が手を振っているあたり許しているのだろう。良い奴だ。
沙斗子は普段おっとりしてるしそんな無謀なことするタイプでもないんだけどな。
なんだって料理の時だけあんなアグレッシブになってしまうんだろう。
「沙斗子って運転するときだけ人が変わるタイプかな」
思わずつぶやいてしまう。そういうタイプだとすると話しはわからんでもない。
さくらが力なく笑う。
「ああ、沙斗子はそうなのかもね。その派生形で料理をすると人が変わっちゃうの。
後にも先にもあのホットケーキ作ってる時だけだもん。沙斗子が怖いと思ったの…」
「明日…大丈夫かな…」
「さあ…」
翌日。沙斗子は10センチ四方のタッパー一杯にきんぴらごぼうを作ってきた。
メニューの選択としては間違っていないと思う。簡単だし。使う調味料だって多くないし、配分だって難しくない。
「さくらちゃん、有里依ちゃん。勅にわたす前に味見してもらってもいい?」
「いいよ」
「うん」
味見と言うより毒見の気分だけど、そんなこと顔には出さずに一口かじる。
…口の中は大丈夫だろうか?
あ、ちゃんときんぴらごぼうの味がする。
「沙斗子、ちゃんとレシピ通り作ったんだね」
「うん。レシピに書いてある通りにしかしてないよ。本当はバターとかシナモンとか入れたかったけどやめた」
止めてくれて大正解だよ。よく考えたら沙斗子は週一くらいでお弁当を作ってるんだから最低限の料理はできるはずなんだよね。
なんだろう。誰かに食べさせる時だけ張り切っちゃうのかな。
「沙斗子、これ、おいしいよ」
「ちゃんときんぴらごぼうの味がするよ」
「そう?良かったありがとう。じゃあ勅にわたしてくるね」
沙斗子が田無君の元へとかけていく。田無君が不安げな顔でこちらを見るので手で"問題なし"とサインを送る。
まあ、一度沙斗子の料理と言う名の兵器を食べたんだ。そりゃ不安だろう。しかし今回は大丈夫だ。
「沙斗子、やればできるんだね」
「ねえ。ちゃんとしたきんぴらごぼうだったわね。これなら田無も安心でしょ」
さくらと顔を見合わせて笑い、笑顔でこちらに駆け寄ってくる沙斗子に手を振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます