探し物
「私って、なんの趣味もないんだよね」
しゃかしゃかとメレンゲを泡立てながらつぶやいた。
同じように隣でメレンゲを泡立てるさくらが怪訝そうな顔で私の顔を覗き込む。
「有里依の趣味?料理は?」
「料理は…趣味かなあ?家じゃ全然やらないんだよね。部活中だけ」
さくらは休日は合気道の道場に通っている。沙斗子はよく本を読んでいる。
じゃあ私は何をしてるかって言うと……何もしてない。家にいる間は漫画を読んでいるかひたすら携帯をいじっているかで、何かしてるってわけじゃない。
「この間までは恋が何かって考えまくってたけど、今やそれもどうでもいいしね」
「開き直っちゃったのね」
「うん。自分で興味がないことに気がついちゃってから、本当に関心がなくなっちゃったんだよね」
そうなんだよね。こないだまでは恋とは、愛とは何かと考えたり調べたりしてたけど今やそれはどうでもいい。
でもこのままなんの趣味も興味もないままでいると自分がすごくつまらない人間になっていきそうで怖いんだ。
だから何かしら趣味と言えるようなものが欲しい。
「さくらは合気道が趣味なんだよね?」
「趣味っていうか習慣かな。だから私も趣味っていう趣味はないよ」
「そうなんだ。趣味ほしいなあ」
「趣味って欲しがって得られるものだっけ?」
そう言われてしまうと、何か違う気もする。
世間一般のみんなは何を趣味としているんだろう。
「ていうか、有里依はまた目に見えない"みんな"とか"一般的"とかを気にしてるだけじゃないの?」
「そうかも」
「ったく。まずそういうの気にするの止めるところから始めなさいよ。
みんなは所詮みんな。そんなこと言うなら、みんな休みの日なんて携帯いじってだらだらしてるんだからそれでいいじゃない」
「そうなんだけどさあ。私、さくらや沙斗子みたいに"私はこれができます"っていうものがないからさ。
特技とか、趣味とか?だからそういうの一つでもあれば"みんな"を気にしなくなるかなあって」
結局そこなんだよね。自分に自信がないからきょろきょろと周りに合わせようとして空回ってしまう。
これっていう何かがあればそんなことなくなるんじゃないのかな。
「その向上心はいいことだと思うけどね。まあ、そんなに焦って探すようなもんでもないと思うよ」
さくらの手元のメレンゲはいい感じに固まってきている。そこに抹茶を混ぜて鮮やかな緑色のメレンゲができていく。
私も自分のメレンゲに食紅を入れて薄いピンク色にしていく。
今日の調理部はマカロン作りをしている。
実は私はマカロンが苦手なのは秘密だ。どうも甘すぎて苦手なんだよね…。
なのでこっそりメレンゲの砂糖の分量を減らしてある。きっとこれなら食べられるはず。
「焦ることない、か」
さくらの言葉を繰り返す。
「私、焦ってるかなあ?」
「少なくとも私にはそう見えるわよ。恋について調べてた時もそうだけどさ。
有里依は常に何かに焦っているように見えるのよね。何かに追いかけられて逃げているみたいに」
そんな風に見えてたんだ。そっか。さくらに言われて改めて自分を振り返ると確かにそうかもしれない。
空回っているのも焦っていたからなのかな。
私はいったい何から逃げているんだろうね。
「何に追いかけられてるのかな」
「たぶん何も追いかけちゃいないわよ」
クッキングシートにメレンゲを丸く絞り出しながらさくらが言う。
「なにも有里意のことを追いかけていないのに、有里依自身がその追いかけてくる何かを作り出してそれに怯えているように見えるわね。
強迫観念っていうのかな。一人で逃げてる」
「私、そんな風に見える?」
「少しね」
…なんか…私すごく心の弱い人みたいじゃない。でもそんなことないってきっぱり言い切れない。
さくらの言うことはすごく的を射ている気がする。
「まあ、私の感想だから深く気にすることないわよ」
「うん…」
その後は黙々とマカロン作りに専念する。メレンゲを丸く絞ったらオーブンに入れて、今度は間に挟むクリームを泡立てなくてはいけない。
なんやかや力仕事が続いて腕が痛くなる。
さくらのクリームは普通の生クリーム。
私のは生クリームにラズベリーのジャムを混ぜたラズベリークリームだ。生クリームを泡立てるときに砂糖を減らせばラズベリーの酸味が勝ってそんなに甘くならないはず!
「あとは焼きあがるのを待つだけね」
さくらと2人で手近にあった椅子に腰を下ろす。マカロンてこんなに簡単に出来るもんなんだね。
「有里依は本読むっけ?」
「ミステリ小説を少し」
「それは趣味じゃないの?」
「趣味…って言っていいほど読んでないよ」
たしかに少しは読むけど、ほんの少しだから本当にミステリ好きの人に話を振られても全然ついていけないレベルだと思う。
あとラノベも読むけどこれはなかなか人に言えないし、こちらもたくさん読むわけじゃないから本当のファンの人のコアな会話にはついていけないだろう。
「でもさ、そんなこと言ったら、どのくらい読んだら趣味って言えるかわかんなくない?」
「そうだねえ…」
「やっぱり有里依は自分に自信がないだけなのよ。
でさ、自信ってそう簡単につけられるものでもないんだからそんなに焦らなくていいのよ」
「さくら…たまにいいこと言うよね」
「たまにね」
くすりと笑うさくらに私も微笑み返す。さくらはきついこともバッサリ言うけど優しいこともさらっと言う。
それはさくらの良いところだよね。
「うん、ゆっくり考えてみるよ」
室内にはメレンゲの焼きあがるいい匂いが広がっていく。この後まだしばらくは焼けたメレンゲを冷まさなくてはいけない。
香ばしい匂いでふと、以前部活中にさくらが言っていたことを思い出す。
『いろんな感情がごちゃ混ぜになって恋だから一概にどうとは言えないよ』
それと、先日追瀬君や藤崎君とご飯を食べていた時のぼんやりしたさくらの顔。
知ってどうするわけでもなし。でも、さくらが悩んでいるんだったら力になりたかった。
今、さくらが私をなだめてくれたように。
「さくらは…」
とはいえ聞いていいのだろうか。
さくらの言うように、ごちゃ混ぜなその気持ちを軽々しく聞いていいのかがわからなくて言いよどんでしまう。
「?」
「…さくらは…。好きな人いるの?」
「どう…なのかな…」
相変わらずはっきりしない言い方だ。
ふだんきっぱり言い切ることの多いさくらがあやふやな言い方をすると違和感がある。
そのことがごちゃ混ぜな感情という言い方に現実味をもたせた。
「さくらがはっきりしないなんて珍しい。よくわかんない感じ?」
「うん。気にはなるんだけど…」
さくらの視線の先にはきれいに焼きあがって並べられた、緑とピンクのメレンゲ。まだ熱いのかわずかに湯気が立っている。
「なんていうか…。私と全然タイプが違うんだよね」
「さくらと違うタイプの男子ってこと?優柔不断とか?物腰が穏やかとか?」
「それ、私の物腰が剣呑だって言ってる?」
睨むさくらに、あははと笑ってごまかす。
「優柔不断じゃ、無いと思う。なんていうかなあ。
穏やかは穏やかだと思うよ。丁寧で、慎重で…少し浮世離れした雰囲気かも」
丁寧で…浮世離れ…。
それは、やっぱり追瀬君のことなのかな。
彼はたしかにさくらの言うとおりの雰囲気で。でもこないだ話した感じだと普通に話せば普通の男の子って気もする。
ただ、今さくらに
『それは追瀬君?』
なんて聞く気にはなれなかった。今のさくらはきっと、まだ自分の中で悩んでいたいんじゃないかと思ったから。
「ねえさくら?」
「なに?」
「悩みがあったら言ってね?」
「なによ、いきなり」
さくらはきょとんとした顔をする。
「だってそう言わないとさくらは一人で悩んで一人で解決しちゃいそうだから」
「…そうかな」
「友達だから、困ったら頼ってほしいのです」
「あはは、わかった。一人で悩みそうになったら言うわよ」
にかっと笑うさくらに安心する。やっぱり今はまださくらの恋のことを深く聞く時じゃない。
「逆に言うけど」
「なに?」
「有里依こそ、一人で悩むんじゃないわよ?」
「…うん。わかった。ありがとう」
「沙斗子にも言っておかないとね」
「そだね。沙斗子は放っておいたら一人でぐるぐる悩んじゃいそうだから」
2人でクスリと笑ってメレンゲを手に取る。うん。いい感じに冷めてきている。
後はクリームをはさんだら完成だ。できあがったら、沙斗子にもおすそ分けしよう。
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