いつもと違う日常風景

ある日の昼休み。珍しく沙斗子が彼氏である、田無勅を連れてきた。


「さくらちゃん、有里依ちゃん。今日のお昼ちょっと人数増えてもいい?」


「私はいいよ。さくらは?」


「いいけど、田無とあと誰がくるの?」


私とさくらが了承すると、沙斗子の後ろにいた田無君がほっとしたような顔を覗かせた。


「俺と、追瀬悟と藤崎冬弥なんだけどいい?」


「いいんじゃん?」


「サンキュ。悟ー、冬弥ー。オッケーだってよ!!」


田無君が手を振ると同じクラスの追瀬君と藤崎君がやってくる。

追瀬君は物静かな人だ。

クラス内でも田無君と藤崎君以外と口をきいているところはほとんど見たことがない。

ましてや女子と会話なんてそうそう見ない。

逆に藤崎君はにぎやかな人だ。

たしか陸上部に所属していて、陸上部で一番人気のある先輩のことが好きらしい。

元気で明るくていかにもムードメーカータイプだ。

そして追瀬君と藤崎君はとにかくモテる。

まず顔が良い。背が高い。

追瀬君は物静かでクールなところが、藤崎君は明るくてやんちゃな感じが、それぞれ人気らしい。


「にしても、なんでいきなりこのメンバーでご飯なの?」


さくらが首をかしげると、田無君が不満げに答えた。


「俺は昼ごはんは沙斗子と2人で食べたいんだよ。なのに水口と朝霞がいっつも占有してるじゃん。お前らずるいぞ」


「別に占有はしてないわよ。沙斗子も田無とお昼食べたいんだったら2人でどこかで食べに行けば?」


「お昼はさくらちゃんと有里依ちゃんと食べたいんだもん」


沙斗子はにこにこと答える。たしかに沙斗子が田無君と付き合いだした後も、沙斗子から田無君とお昼を食べたいという話は聞いたことがない。

恋人同士ってそういうもんかと思ってたけど違うのかな。


「勅とは放課後とか休みの日とか一緒にいるから。昼休みぐらい友達を優先したいのです」


「沙斗子ー!!」


沙斗子の言葉が嬉しくて思わず沙斗子を抱きしめる。田無君が複雑な顔をしているけどそんなの無視だ無視。


「あはは、勅、言われてんなー」


何故か藤崎君は笑っていて、追瀬君は気にもせず黙々とご飯を食べている。


「そういやさあ」


さくらが追瀬君と藤崎君を交互に見ながら口を開いた。


「何で追瀬と藤崎って仲いいの?」


それはたしかに謎だった。

寡黙な追瀬君と、にぎやかな藤崎君の組み合わせは傍から見ていてもかなり不思議だ。

なのに2人ともすごく仲がいい。一部の口さがない女子の間ではこの2人はできているに違いないなんて言われているくらいだ。


「何でってなあ?」


藤崎君がへらりと笑いながら答える。

幼なじみとか?親同士の付き合いがあるとか?


「2年になった時のクラス替えでボッチ野郎に声をかけたら面白い奴だったからつるんでるんだよ」


「2年になってすぐのときに本読んでたらからまれて、それ以降からまれっぱなしなんだよ」


そろいもそろって酷い言い草だ!

なに?本当は仲良くないの?

しかし2人は普通に言いあいを始める。


「おい、悟。からんだとはなんだよ。普通に声かけただけじゃねえか」


「いきなり知らないやつにマシンガントークかまされるのは、世間ではからまれたって言うんだよ」


やっぱり仲良しみたいだ。沙斗子と田無君が微笑ましげに2人を眺めているあたり、きっといつもこんな感じなんだろう。

いいなあ。こういう普通に仲のいい感じ。

傍から見たら私やさくら、沙斗子も同じように見えてたらいいな。


「……」


ふと気がつくとさくらがぼうっと手を止めて追瀬君と藤崎君を眺めていた。


「さくら?」


「!!」


声をかけるとびくっとしてこちらに振り返る。

どうかしたのだろうか。


「…なに?」


「さくらこそ、どうかしたの?なんか止まってたよ?」


「え?ううん、どうもしないよ」


そう言って、再びご飯を食べ始める。でもその動きはどこかぎこちない。

何か気になることでもあったのかな?

そう言えばさくらは前に気になる人がいるようなことを言っていたっけ。

もしかして…。もしかするのかな…?

目の前では相変わらず追瀬君と藤崎君がなんやかんや言いあいをしていて、たまに沙斗子と田無君が口を挟んでいる。

田無君と付き合っている沙斗子だから、追瀬君と藤崎君ともそれなりに付き合いがあるのだろう。

男の子とわいわい騒ぐ沙斗子を見るのは初めてじゃないかな。

普段3人で騒いでいる時はおっとりしている沙斗子だけど、田無君がいると笑顔がいつもの三割増しくらいに輝いて見える。

本当に田無君のこと好きなんだろうな。

見ていて微笑ましい2人だ。

私にもいつかそんな彼氏ができるのかな…。


「あー、俺も彼女欲しい。な、悟?」


「俺そういうの興味ないって言ってるだろ。だいたい冬弥が欲しいのは彼女じゃなくて笹井先輩だろうが」


そうだ。笹井先輩。陸上部のエースで藤崎君が好きらしい人。

にしても追瀬君は彼女に興味ないのか。私の仲間か?はたまたソッチの人なのか?


「朝霞。別に悟はソッチの人じゃないからな?」


「あ、違うんだ」


藤崎君が私の顔を見て笑う。顔に出ていただろうか?


「ほら、悟の言い方が悪いんだって。お前がそういう言い方するから、俺らができてるみたいに言われるんだよ」


「気持ち悪いこと言うな」


「誰のせいだ。誰の」


…彼女を作ることに興味がないって言ったら性癖を疑われちゃうのか。

やっぱり変なのかな。


「私が、色恋沙汰に興味ないって言ったらソッチの気のある人に見えるのかな…?」


思わずぽつりとつぶやく。

言いあいをしていた追瀬君と藤崎君がぽかんとした顔をしている。


「あんたまだそんなこと気にしてたの?」


さくらが呆れたように続けた。


「驚かせて、ごめんね?有里依は恋愛に興味がないのが女子高生としておかしいんじゃないかって、こないだから気にしてんのよ」


「別におかしいことないだろ」


すぐに藤崎君がフォローを入れてくれた。優しいんだ。これはモテるのわかるかも。


「俺だって笹井先輩に会うまで恋とかなんとか興味なかったしさ。悟なんて現状こうだし?」


「みんながみんな同じことに興味あったら気持ち悪いだろ」


ぼそりと追瀬君もフォローを入れてくれる。

くう。2人そろっていい男だなあ。

私が恋愛に興味があったら惚れてるところだよ。危ない危ない。良かった興味なくて。


「2人ともありがと。さくらもゴメン。そんなに気にしてるわけじゃないからさ」


たははと笑ってお礼を言う。今の私に言えるのはそれぐらいだ。

しばらくして昼休み終了の鐘がなる。各自自分の席へと帰っていった。


その後の5限目の授業後、沙斗子が少し不安げに声をかけてきた。


「ねえ、さくらちゃん、有里依ちゃん」


「沙斗子。どうした?」


「あの…昼結構強引に勅たち一緒になっちゃったけど、嫌じゃなかった?」


なんだ、そのことか。そんなに不安そうな顔することないのに。

さくらが本当に嫌だったらそう言ってるって。


「別に嫌なんかじゃないよ」


「そうそう。いちゃいちゃする沙斗子が見れて面白かったしね」


からかうさくらに沙斗子が顔を赤くする。かわいいやつめ。


「もう、さくらちゃんたら…。それで…その…。

勅がね、2人が嫌じゃなかったらたまに今日みたいにみんなでご飯食べないかって言ってるんだけどどうかな」


一瞬。一瞬さくらの肩がぴくりと揺れた。

沙斗子が気がついたかどうかはわからない。でも、間違いなかった。

間違いない。さくらが気になると言っていた相手は追瀬君か藤崎君のどちらかなんだ。


「うん、別にいいんじゃない。ねえ、有里依?」


「うん。全然いいと思うよ」


「そう?良かった。ありがとう。じゃあ私勅たちに伝えてくるね」


さくらが何でもないように言うから、私も何でもないように答える。

だいたいさくらが気になる人が誰なのかわかったところでどうする気もないんだよね。

ていうか、どうしようもできないし。恋を知らない私に恋の応援の仕方なんてわかるはずない。

せいぜいさくらが頼ってくれたら、話を聞いてあげるぐらいのことしか私にはできないだろう。

だから心の中でそっとつぶやく。


『さくら、がんばれ』




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