彼女は一人、考える

「結局なんなのかなあ」


朝一の教室で一人呟く。今朝はうっかり早起きしてしまい、二度寝したら起きられなくなること必須だったためにいつもよりだいぶ早く登校してきた。

そのため教室内には誰もいない。

何気なく窓際に行くと、校庭では運動部の連中が朝練にいそしんでいる。こんな早くからよく頑張るよなあ。

根性なしの私には到底無理そうだ。

一人で教室にいるとついついいろんなことを考えだしてしまう。

先ほどのつぶやきもそうだ。

結局。

結局恋ってなんなのさ。

あれこれ考えたり聞いたりしてみたけれどわからないままだ。


「恋とは」


自分の机の中から国語辞典を取り出して調べてみる。


『特定の異性に強くひかれること。また、せつないまでに深く思いを寄せること。恋愛』


特定の異性に強くひかれること…。ということは同性愛は恋じゃないって事なのだろうか。じゃあ何?

強くひかれるってどんな気持ちなんだろう。例えば私に好きな人A君がいたとして。

A君に強くひかれている。引っ張られている?A君が引力を発しているかのように、こう、ぐいーっと…。

引っ張られているという感覚は恋と言えるのかもしれない。

よく言うじゃない。

"その人のことが頭から離れないの"

なんて。きっとそれはA君の引力に思考が引っ張られてるから、A君のことをついつい考えてしまうんだ。

"恋とは引力である"

ほら、なんか格言ぽい。A君の発する引力に思考も身体も引っ張られていく。

だからもっとそばに行きたいし、もっと近くで彼のことを知りたい。

うんうん。すごいそれっぽい。

きっと美郷さんと幸崎さんもそんな風に誰かの発する引力にひかれてやまないんだろう。

さて、"ひかれる"ということについてはわかった気がする。

同調はできないけどきっとそういうことだ自分を納得させる。


再度窓辺によって窓を全開にする。気持ちのいい風が吹き込んできて髪を揺らした。

せっかくだから全ての窓を全開にして、廊下側の扉も全開にすれば教室内の空気がいっきに廊下へと流れ出ていく。

外からは運動部の掛け声やらなにがしかのボールの跳ねる音、木々のざわめきが聞こえてくる。


空気と共に思考を切り替えて、後半のせつないまでに深く思いを寄せることについて考えてみよう。

せつない、か。さくらと沙斗子もそんなことを言っていた。でもそれは失恋したときとかうまくいかなかったときにせつないって話だったよね。

これを読むと、うまくいっててもせつないらしい。

あれかな。さくらが言っていた

"いろんな感情がごちゃ混ぜ"

の中の一つなのかな。ドラマとかでも言うよね。

"愛しくてせつない"

ってさ。なんでせつないのかな。好きだけど、それを伝えられなくてせつないとか?

好きな人に他に好きな人がいたとか、他の女の子といい感じだとか、それならせつないっていうのもわかるんだよね。

でも誰かを思うことがせつないっていうのはどういうことだろう?

何かを思ってせつなくなることってあるかな?

よく考えたら普段せつない気持ちってあまりならないんだよね。

せつない…せつない…。

ショウウィンドウに並ぶお菓子たちと自分の財布の中身を見比べてせつない気持ちになったりはするけど…。

あれもせつないんだけど、恋のせつなさとは大幅にかけ離れてる気がする。

じゃあなんだろう。

……

………

ダメだ。なんにも出てこない。

そうだなあ…。

あ、そうか。わかったかも。

深く思いを寄せるということは、引力に気持ちだけが引っ張られているということなのかもしれない。

苦しい位に気持ちだけがA君に引っ張られていく。

どうでしょうか。

誰にともなく感想を問う。

なかなかいい線行ってると思うんだけどな。何かのことを深く深く考えるということは、言いかえればせつないくらいに引っ張られていることなんじゃなかろうか。

沙斗子も田無君に引っ張られているのかなあ。

いや、あれはどっちかっていうと田無君が沙斗子に引っ張られているように見受けられる。

沙斗子かわいいもんなあ。

顔が良くて気遣いもできて、ちょっとぽやっとしたとこともかわいいと思う。

だから盛り上げ上手で引っ張るタイプの田無君とは相性がいいんだよね。

沙斗子は多少ネガティブになりやすいところがあるから、そこを田無君が引っ張り上げてくれると嬉しい。

正直、沙斗子のことは羨ましい。

沙斗子みたいだったら…私も素敵な男の子と恋におちちゃったりしていたんだろうか?


「ま、そんなこと考えるだけ無駄なんですけどね」


ため息交じりで一人苦笑する。

私は私のままでやっていかないといけないんだ。

そう大層な話でもないのだけれど。

そういや、さくらも恋してるんだかしてないんだかみたいなこと言ってたよね。


「さくらの好きそうな男の子…ね」


さくら自身はさばさばしたボーイッシュな子だ。

なんでもはっきり言うから少しきつく思われがちだけどなんやかんや言いつつ面倒見のいい姉さんタイプだと思う。

そんなさくらと相性のよさそうなのは…

沙斗子みたいにおっとりした年下の男の子とか?

俺についてこい系の男の子はたぶん喧嘩になるだろうしな。

逆に落ち着いた大人っぽい男の子とかはどうなんだろ。

なんかわかんないなー

そもそも、さくらが誰かと寄り添うということが想像できない。私の中のさくらはいつも一人で力強く立っていた。

だから誰かに寄り添って、誰かと手を取り合って歩く彼女が想像できないんだ。

そんなさくらが誰かと寄り添いたいと思ったのなら、それはすごく嬉しいことだ。

さくらは私や沙斗子にだってあまり頼ったり弱音を吐いたりしないから、それができる相手を見つけられたのはとてもいいことだと思う。


「さて、じゃあ私はどうでしょう」


私に似合う男の子はどんな人だろう。

そもそも私ってどんな人間だろう。

臆病で、自分に自信が無い。周囲に嫌われるのが怖いくせに、周囲の人が興味を持っていることに興味がない。

夢見がちだけど冷めている。

こんな感じかなあ。

最近ずっと恋がしたいだのなんだの言っているけど、本当に恋に興味があるのかはわからない。

ただ周りのクラスメイトがそういう話をしているから知っておいた方がいいのかなって思っているだけかもしれない。


あ、やばい。


自分の中で核心に触れてしまったかも。

本当は恋になんて全く興味がないということに。

しまったなあ。こういうのって自覚しちゃうとどんどん思いが膨れ上がってがまんがきかなくなるんだ。

だから今まで騙し騙しやってきたのに。


「そもそも何考えてたんだっけ」


頭を無理やりリセットする。


校庭からは相変わらず気持ちのいい風が教室に吹き込んでいる。

しかし運動部の掛け声が聞こえなくなっていた。そろそろ朝練を終えて教室に引き上げてくるころだろうか。

それなら、運動部以外の生徒たちも登校してくる頃合いだろう。

開け放っていた窓を閉めてまわり、席に着く。

見るともなしにスマホの画面を顔に向ける。


そうだ。最初に考えていたのは"結局恋とはなんぞや"だったっけか。

考え付いたのは

"恋とは引力である"

くらいかな。これだけ長時間一人で考え込んでいて得られたのがこれだけじゃなあ。

まあ、高校生の思考なんてそんなもんか。と自分に言い訳をしてみる。

名案なんて容易く浮かばないし生産性のある意見なんてそうそう出てこない。

テーマそのものについて興味がないことが判明してしまったのが一番の痛手だった。

そのせいでそれまで考えていたことがすべて台無しになってしまったような気分だ。


「しかたない…か」


今まで騙し騙しやってきたんだ。周囲から浮かないように。目立たないように。

でももうダメかもしんないな。

きっとこれ以上自分をだますことはできない。

さくらと沙斗子にはちゃんと言おう。2人はどんなリアクションをするだろうか。

呆れられちゃうかな。

ドンびかれちゃううかな。

でも、2人にはちゃんと言いたい。

そっと目をつむって自分と向き合うことを決意した。




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