砂糖菓子のように甘く溶かして
「何味にする?」
「プレーンとココア」
「それなら市松模様とマーブル模様も作っていい?」
「いいね。あとチョコチップ入れたのも作ろうか」
放課後の調理室。
調理部の私とさくらはクッキーを作っていた。
お菓子を作るのって楽しい。決められた分量通りの材料たちを混ぜて焼いたら魔法のようにお菓子が出来上がる。
調理部で作るのはお菓子だけではなく里芋を煮っ転がしたり、豚汁を作ったりうどんを麺から作ったりといろいろ作る。
その中でも特に、私はお菓子を作るのが好きだった。
「有里依、テンション高いね」
「お菓子だからね」
「有里依はお菓子作るの好きだもんね」
さくらが見透かしたように笑う。
私も微笑み返して粉をふるった。
「恋ってさ、お菓子みたいに甘いものだと思ってたんだ」
ぽつりとつぶやくと、クッキーの種をこねていたさくらはいぶかしげに顔を上げる。
「なに、いきなり。恋したの?」
「いや、してないんだけど」
さくらと同じように種をこねながら答える。
「こないだ話したじゃない?失恋したときのさみしさの話」
「したねえ」
「恋って楽しいものだと思ってたけど、それだけじゃないんだよね」
楽しいだけじゃなくて、それが終わったらさみしくて心が引き裂かれそうになるものだということを知った。
ただ知っただけ。
それはただの知識に過ぎないんだけど。
「じゃあさ、有里意の言う楽しいことってなに?」
「恋して楽しいこと?なんだろうなあ…。
よく聞くのは"好きな人を見かけるだけでときめく"とか、"好きな人を思うと幸せ"とか?」
こちらについても聞いただけで私自身が感じたわけじゃないから本当にそうなのかは知らない。
でも、これだけみんながしてることなんだから、きっと楽しい事なんだと思う。
たぶん。
「そういう一面もあるとは思うよ」
ゆっくりとさくらが答える。
彼女は言葉を選ぶように続けた。
「有里依が言うような、楽しい側面もあれば、こないだ話したみたいな楽しくない側面もある。
いろんな感情がごちゃ混ぜになって恋だから一概にどうとは言えないよ」
「ごちゃ混ぜかあ」
ごちゃ混ぜな感情について考える。
普段生活している中で、感情がごちゃ混ぜになるってあまりないかもしれない。
嬉しい時は嬉しいし、悲しい時は悲しい。
「よくわかんないって顔してるね」
「さすが、さくら。するどい」
こねていたココア生地を三等分にする。
一つをさくらに渡し、同じだけのプレーン生地を受け取る。
残った生地の一つとプレーン生地をゆるく混ぜてマーブル模様を作る。
そんなに私はわかりやすい顔をしていただろうか。でもよくわからないのは事実。
感情がごちゃ混ぜってどんな感じだろう。
「有里依は顔に出過ぎ。そうだなあ…とはいってもこないだみたいなうまい例えは難しいかも」
「難しい感情?」
手元に四角く成形されたクッキー生地が並んでいく。我ながらきれいに出来たと思う。
さくらの手元にもきれいな市松模様のクッキー生地が並べられていく。
「難しいっていうか…。いや、難しいわ。うまく説明できない」
「じゃあ、楽しい感情に絞ったらどんな感じかな」
「楽しい感情ね」
お互いにクッキー生地の成形が終わったので温めたオーブンに第一弾を送り込む。
使い終わったボウルやヘラを流し台で洗いながらさくらは考えながら話を再開させた。
「恋してて楽しい時は、一番はやっぱり気持ちが伝わった時じゃないかな」
「告白して成功したときってこと?」
「そう。好きな人に好きだって言えて、相手も自分を好きだって言ってもらえたとき」
「さくらはそういう経験ある?」
「ない。でも想像できる」
きっぱりとさくらは言い切る。
そう言いきれることが素直に羨ましかった。私には想像もできないことだ。
よくよく考えれば、恋をしていて嬉しいのは、そりゃその思いが成就した時なんだろうなってところまでは考え付くけど
そこから先の、嬉しい気持ちがどんなものかまではわからない。
「そりゃ…成就したら嬉しいよね」
「嬉しいよ。あとはそうだな。単純だけど会えたときとか、話せたときとかかな。
言い出したらきりがないんだろうけどさ」
さくらにはそういう経験があるのだろうか。聞いてみたい衝動に駆られる。
でも、先日好きな人の話になった時に言いよどんでいたさくらを思い出すと、そう簡単に聞いていいものか悩む。
今だって、恋はいろんな感情がごちゃ混ぜになっていて難しいと聞いたばかりだ。
そう簡単にほいほい聞いていいものじゃないのかもしれない。
例えば嬉しい時ってどんな気持ちだろう。
普段嬉しい時はお弁当に好きなおかずが入っていたときとか。あるいは調理部でお菓子を作るときとか。
…食べ物関係ばっかだな。
それ以外だと、欲しかった服を買えたときとか?テストが思ってたよりもよくできたときとか?
なんかありきたりで即物的な発想しか出てこないのが悲しいところだ。
「さくらや沙斗子と買い物したり遊んだりするのも楽しいんだけど、そういうのとは違うんだよね」
「ちょっと違うかな。
そういうのももちろん楽しいんだけどね。そうじゃなくて…ときめいたりドキドキしたりするんだよ」
そういうさくらの横顔が何だか無償に女の子らしく、可愛らしく見えた。
やっぱりさくらは恋をしているのかな。
「恋心は砂糖菓子のようだって言うもんね」
「…言わないし。どこで聞いたのよ、そんな頭悪そうなこと」
先ほどまで可愛らしかったさくらの顔が、一瞬で真顔になって、まったくかわいくない。
いつのもさくらだ…。そして酷い言い様だ。
「三郷さんと幸崎さんが言ってた」
さくらの顔が嫌そうにしかめられる。
ちなみに美郷さんと幸崎さんはよく教室の後ろの方で
『目が合っちゃった』
だの
『冷たくされた!嫌われたのかも!』
とかよく言っているクラスメイトだ。会話の内容からかなり恋愛経験値が高そうだと思っていたのだけどさくらの反応から察するに違うのだろうか。
「あの二人は恋愛脳だから」
「れんあいのう?」
「世界が恋愛を中心に回ってると思ってるってことよ」
「私とは世界観が違うんだね」
「そう。違うの。だからあんまり鵜呑みにしちゃだめよ」
まるでお姉ちゃんのようにさくらが言う。
私に姉はいないけど、いたらたぶんこんななんだろうな。
「気をつけます」
「よろしい」
そうこうしている内に、教室内にはクッキーの焼けるいい匂いが充満してきた。
「お、焼けた焼けた」
さくらは手際よくクッキーをオーブンから取り出す。
「じゃあ第二弾も焼くね」
「お願い。オーブン熱くなってるから時間短めでね」
「了解」
クッキー生地第二弾をオーブンに入れたらしばらくすることはない。
せっかくなので焼きあがったばかりのクッキーに手を伸ばす。
「なかなかおいしそうじゃない」
「明日の昼に沙斗子にもおすそ分けしようか」
「いいね」
ぽいっとクッキーを口に放り込むと、じんわりと熱と甘みが口に広がる。
「ねえさくら」
「ん?」
「このクッキーと恋って、どっちが甘い?」
「そんなのこのクッキーに決まってるでしょ」
そう言ってクッキーをかじるさくらの横顔は少しせつなそうで。
さくらは今、せつない恋をしているのだろうか。
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