失恋ソング

「私、こういう曲嫌いなのよね」


昼休みの教室で、さくらが顔をしかめた。

さくらの言う"こういう曲"とは放送委員が流している今流行の失恋ソングだ。

最近失恋ソングが流行っているのか昼休み中一曲は必ず失恋ソングが流れる。

その度にさくらは若干嫌そうにしていたが、我慢できなくなったらしい。

さくらの手元にはフォークで刺されてぼろぼろになったジャガイモが転がっている。


「なんで?」


「失恋して可哀そうな自分に酔ってる感じがウザい」


はあ、と嫌そうに、きっぱりと吐き出すさくら。本当に嫌いなんだね…

それを見た沙斗子は同調するようにうなずいた。


「たしかにそういうとこあるよね。

"さみしくて可哀そうだけど頑張る私"とか"いつまでも一人の人を思い続けるけなげな私"とかさ」


「自己主張が激しすぎてウザいのよ」


さくらははむっとフォークに刺したソーセージを頬張った。

さくらの言うことも沙斗子の言うこともわかる気がする。

失恋ソングってだいたいが主人公となる誰かの気持ちをひたすら描写しているから、延々主人公の思いだけを聞き続けることになる。

同調できなければウザいだけだろう。

なにより、


「知ったこっちゃないしね」


「そう!そうなの!」


おにぎり片手にさくらが乗り出す。


「あんたの失恋なんか知ったことじゃないから、そのネガティブな感情ばらまくんじゃない!って感じ」


「それだ!さくらちゃん、それだよ。私もなーんか嫌だと思ってたらそれだ!」


沙斗子まで乗り出してきた。

近い。近いよ。


「普通の生活でネガティブは十分蓄えてるから音楽でまでネガティブになりたくないんだよ」


…一体沙斗子の普段の生活になにがあったんだ。何があったらネガティブな感情を蓄えるようなことになっちゃうんだ?

友達なのにそんなの全然知らなかったんだけど。

あれ?友達だよね?

そんな私の心配をよそに、さくらと沙斗子は盛り上がっている。


「せっかくの昼休みにネガティブばらまかないで欲しいのよね」


「うんうん、それこそ有里依ちゃんの言うとおり知ったことじゃないし、他人の失恋とかどうでもいいしね」


「至極どうでもいいくせにネガティブな感情だけばらまくってねえ」


「それに同調する人もいるんだろうけど、自分が失恋したらとか考えたくないしね」


…酷い言い様だ。

私は黙ってお昼ご飯を食べ続ける。

別に私とて失恋ソングに興味はない。なんなら恋愛ソングにも興味はない。

それこそ知ったことじゃない。というか知らない。知らないから同調も反発もしようがない。

恋愛ソングの浮かれたハイテンションも、失恋ソングの物悲しいローテンションもすべては他人事でしかないのだから。

黙々とから揚げをかじる。

から揚げの美味しさとか。

古典のやっかいさとか。

恋心がもっと簡単で単純な気持ちだったら、私にも理解できたのかな。


「有里依?」


顔を上げるとさくらが私の顔をのぞいている。


「どした?有里依って失恋ソング好きだっけ?」


「ううん、超興味ない」


「有里依ちゃん、もしかして恋愛ソングにも興味ない?」


「うん。超興味ない」


「有里意はさ」


さくらの持つフォークがぐさりとブロッコリーに突き刺さる。


「恋愛ソングの意味も、失恋ソングの意味もわかんないんじゃない?」


まったくもってそのとおりで。

反論の余地もなく、ただただそのとおりで。


「さくらちゃん、言いすぎだよ」


なんて沙斗子はさくらをたしなめているけど、さくらの言うことは正しくて。

恋愛ソングの甘ったるい恋心も、失恋ソングのせつない恋心も意味がわからない。


「有里依、ごめん。言い過ぎた?」


さくらが気遣わしげに目を細める。


「ううん。さくらの言うとおりだよ。恋愛ソングも失恋ソングも意味わかんない。

恋愛ソングが幸せな気持ちをまき散らすのも、失恋ソングがネガティブな気持ちまき散らすのも同じくらい意味わかんない。

わかんないから、興味出ないんだと思う」


「だから、有里依ちゃんには知ったことじゃないんだね」


「うん。そう」


沙斗子の手が止まり、選ばれなかった卵焼きがぽつんと取り残される。

取り残された卵焼きのせつない気持ちなら想像できるのにね。

取り残された女の子の気持ちはわからないんだ。同じような物なのだろうか。


「有里依はさ、例えば熱出したときにさみしくなったりしない?」


唐突にさくらが尋ねた。

熱を出したとき…?


「どうだったかなあ。たしかに、世界で自分が一人だけになっちゃったような気がするかも」


今、お弁当箱の中で一人取り残されているあの卵焼きのように、独りきり。


「それが、失恋ソングで歌われているさみしさなんだと思うよ」


…そうなんだ。知らなかった。

それはとても近くて遠い感情だった。

たしかに知っている。でも、いつも触れるわけではない感情。


「それ、超さみしいじゃん」


「そうなんだよ。さみしいんだよ」


沙斗子が力強くうなずいた。


「有里依ちゃん。だから私もさくらちゃんも失恋ソングが好きじゃないんだよ」


「そうそう。そういうさみしくて悲しい気持ちを思い出したくなんかないし、

そういう気持ちでお昼ご飯なんて食べたくないじゃん?」


そりゃそうだ。そんな物悲しい気持ちでなんていたくない。

ましてやそんな気持ちで食べるご飯がおいしいわけがない。


「うん。それは嫌だね」


「でしょ?だから、嫌なの。普段街中でとかで流れてるくらいなら我慢するんだけどさ。

昼休みの放送じゃ逃げようがないし」


そうなんだよね。どんなにさくらが嫌だと言ってもなかなか仕方のない話で。

放送委員の失恋ソングブームが終わるまではいかんともしがたい。


「聞かないってのは?」


私の適当なアイディアにさくらが頬をふくらませる。


「それができたら苦労しないでしょ!」


「なんやかんやで気になっちゃうんだね」


「よく言うじゃない。好きの反対は無関心だって」


ちょっと意味がわからなかった。

つまり、さくらは失恋ソングが好きなのと同じくらい関心があるってことなのかな。


「さくら、ツンデレ?」


「ち、違うわよ!嫌いなの!それくらい関心があるってこと!」


「そういうこと?」


「そういうこと!有里依はたまに突拍子もないこと言うんだから」


そうかけ離れた意見でもなかったと思うんだけど。

さくらの関心の方向性を見誤ったらしい。


「うーん、なんか違う系統の音楽リクエストしてみようか?」


「そんなのできるんだっけ?」


たしか、と沙斗子が首をかしげる。


「たしか、放送室前のリクエストボックスに流してほしい曲を書いた紙を入れておけばよかったと思うけど」


「沙斗子、よくそんなこと知ってたね」


「放送室前に書いてあったよ」


沙斗子は残された卵焼きを口に放り込んだ。

よかった、よかった。一人ぼっちの卵焼きはもういない。


「なにがいいかな」


「やっぱり流行の曲の方が採用されやすいよね」


「音源ってどこから持ってくるんだろ」


さくらと沙斗子は何をリクエストするかで盛り上がっていた。

ぼんやりとそれを眺めながら残りのお弁当を食べる。

失恋て、さみしいものなんだね。先ほどの例えを思い出す。

そんなさみしさ味わいたくないし、知りたくもないな。

…私は恋を知らない。だから知ろうとしてる。

でも、そんなつらい事なら知らない方がいいんじゃないか…ぐるぐると考えは煮詰まって結局答えは行方不明だ。



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