そんなドラマみたいな恋

「ドラマとかでさあ、運命の人にであってどうのこうのってあるじゃん?」


放課後、沙斗子と二人で教室の後ろでしゃべっている。

さくらは日直のため、日誌の提出に職員室へ行っていた。


「あるねえ」


「なんか最初はいがみ合ってて、でも途中からなんかときめいちゃって、気がついたらなんか恋に落ちてる?みたいな?」


「有里依ちゃん、"なんか"多いよ」


くすくすと沙斗子が笑う。たしかに多かったかも。

でも、それは。


「だって意味わかんないからさ」


「意味わかんない?」


「うん。意味わかんない」


そう。意味わかんない。たしかにファーストコンタクトが最悪でもその後持ち直したりすることはある。

でも、そこから恋に至るまでの過程が全く分からない。


「うーん、そうだねえ。ほら、恋って気がついたら落ちてるものだからさ」


「その辺に落ちてるの?」


「違ーう。自分が落ちるの」


落ちる…。つまり落下?

今まで私は恋とは浮上するものだと思っていた。浮かれて舞い上がってはしゃいで。

でも今沙斗子が言っているのは全く逆のことだ。


「恋って、浮かれるものじゃないの…?」


「そういう面もあるかもだけど…。

どちらかと言えば好きな気持ちに自分がどっぷりはまっていくっていう感覚かなあ。私個人の考えだけどね。

どっぷりはまった中で有里依ちゃんが言うように浮かれたり盛り上がったりしてる気がするよ」


「沙斗子も、はまってる?」


「はまってる」


「浮いたりする?」


「する」


そうか。恋に落ちて、その落ちた中で盛り上がるのか…。

新しい感覚だった。落ちるってどんな感覚なんだろう。坂道を転げ落ちるみたいな?

それとも落とし穴に唐突に落っこちるような感じ?


「でも、それだけじゃないよ」


「うん?」


沙斗子は遠くを見て笑顔で続けた。


「浮いたり盛り上がったりもあるけど、沈んで悲しくなることもあるよ。

きっかけはちょっとしたことだけど、気持ちはすごいめまぐるしく変化するの。

簡単なことで嬉しくなって、簡単なことでさみしくもなる」


「沙斗子も?」


「というか、私は、かな。他の人がどうだかまではわかんないけど…。

あ、でも前に勅もそんなこと言ってたからそう感じる人は他にもいると思うよ。

ほらドラマでもあるじゃない?ちょっとしたことですれ違って傷つけあって…みたいなの」


そう言われるとそうかもしれない。

ドラマの登場人物たちは面白い位簡単に恋に落ちて簡単にすれ違って、簡単にいがみ合っている。

それは果たしてどれくらいが本当にありうることなんだろう。


「ドラマみたいに劇的なすれ違いや喧嘩はないけどね。

それでも多少の食い違いはあるし、言いたいことが伝わらなくて途方にくれちゃうこともあるかな」


「なんか、普通の友達同士みたいだね」


やっぱりドラマみたいな激しい展開はそうそうないよね。

ていうか、あんなの早々あったら疲れちゃうよね…。

沙斗子の言う食い違いや言いたいことが伝わらないというのはすごく現実味がある。

日常生活でもよくあることだ。


「そうだね。普通の友達でもよくあるようなことだよね。

それが友達同士で起こるよりもずっと胸に刺さるのが恋なんだと思うよ」


「刺さるの?」


「刺さる。痛い」


痛いのか。それは嫌だな。

そう言えばクラスの女の子たちもときたま「嫌われちゃった~」だのなんだのでめそめそしてるのを見かける。

そういう感覚なんだろうか。


「有里依ちゃん、よくわかんないって顔してる」


「う。そ、そう?」


「うん。そういう顔してた」


沙斗子は苦笑して首をかしげて見せた。


「こういうのって感覚の話だから実際に自分が体験しないとわからないんだよね。

私もちょっと前までさっぱりだったしさ」


「うん。せっかく説明してもらったのに申し訳ないんだけど

沙斗子の言う好きな人と食い違っちゃって痛いっていうのぜんぜんわかんない。

痛いって胸がってこと?なんだよね?」


「そうそう。胸が痛むの」


それはいったいどんな気持ちなのだろう。

痛い?

苦しい?

悲しい?

きっとつらい感覚なんだろうな、とは思うけどいまいちピンと来なくて。

教室の後ろでしょんぼりしていた彼女たちもそんな気持ちだったんだろうか。

ドラマで恋人と喧嘩をしていた女優もそんな気持ちを演じていたのだろうか。


「ドラマみたいにベッドに突っ伏しちゃったりする?」


「…たまに…」


そうかあ。ドラマもあながち間違っていないようだ。

誇張が激しいみたいではあるけれど。


「私にも白馬にまたがった王子様迎えに来ないかな」


「ドラマでも白馬にまたがっては迎えに来ないけどね」


くすくすと沙斗子が笑う。


「やっぱり、最近のドラマみたいに最初の出会いは最悪だけど、そこから気持ちが傾いていって…ていう方がリアリティある?」


「どうなんだろうね。リアリティがあるっていうよりも夢見てる感じの方が強いんじゃない?」


「夢?」


「そんな風にすてきな人と恋を始めてみたいっていう夢」


ああ、そうか。

リアリティないとは思っていたけど、そこが間違ってたんだ。

ドラマに求めているのはわずかなリアリティとそうなりたいという希望。

ちょっと無理はあるけど、もしかしたら自分に起こるかもしれない素敵な出会いと展開。

そういうところに、恋を知っている女の子たちは食いつくのだろうか。


「沙斗子もそういう展開憧れる?」


「うーん、私は…」


沙斗子が言葉を濁した。田無君との馴初めを思い出しているのだろうか。

私とさくらは沙斗子と田無君の馴初めを知らない。

一応沙斗子からは

「告白されて付き合うことになった」

とは聞いているけど、それ以上のことは沙斗子は何も言わないし私たちも無理に聞き出そうとはしていない。


「私は現実で十分。お腹いっぱいだな」


きっと沙斗子にも沙斗子のドラマがあったのだろう。

知りたい気もするけど、今聞いても沙斗子はまだ教えてくれない気がする。

何より今の私ではそれを聞いても

「ふーん」

としか思わないだろう。それはもったいない気がするので今はまだ、聞かないでおこう。


「有里依ちゃんはさ、"最初の出会いは最悪だけど、そこから気持ちが傾いていって"っていう展開好きじゃないんだ?」


「うん。意味わかんない」


「じゃあ、どんなのがいいの?」


「どんなの…」


どうなんだろう。

例えばイケメンの転校生にいきなり告白されたりとか?

例えば仲のいい男子と徐々に仲が進展してとか?

例えば誰かを好きになって積極的にアピールしてみたりとか?

例えば…

例えば……


「有里依ちゃん?」


「はっ。ごめん。めっちゃ考えてた」


気がつくと沙斗子が私の顔を覗き込んでいた。

かすかに頭が痛いのは知恵熱だろうか。


「何か思い浮かんだ?」


「やー。いろいろ考えたけど、どれもこれもピンとこなかったや」


「そのうち、有里依ちゃんにも王子様が迎えに来るよ」


「沙斗子…」


「お待たせー!」


私の声を遮るようにさくらが教室に飛び込んできた。


「さくらちゃん遅ーい」


「いやあ。ごめん、ごめん。先生に資料運ぶの手伝わされちゃってさあ。

さ、帰ろう!」


教室から出ていくさくらと沙斗子の後を追う。


『そのうち、有里依ちゃんにも王子様が迎えに来るよ』


"も"ってことは沙斗子には王子様が迎えに来たってことなんだろうか。

田無君は、沙斗子にとって王子様だったんだろうか。

……考えても考えても、答えはいまだ不明のまま。

答え合わせは当分先になりそうだ。




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