恋に恋するお年ごろっ!!

水谷なっぱ

恋がしたい

『こんにちわ。朝霞有里依です。

突然の手紙ごめんなさい。

あなたにどうしても伝えたいことがあって、この手紙を書いています。

あなたのことが好きです。

毎日毎日、あなたのことばかり考えています。

よかったらつきあってもらえませんか?

すぐに返事をくれとは言いません。

来週の水曜日の放課後、中庭のベンチで待っています。

そこで、返事をください。


朝霞 有里依』


「これでどうよ」


満足げに胸を張る私、朝霞 有里依(あさか ゆりい)に、手紙を読んだ水口 さくら(みずくち さくら)は何も言わなかった。

そして何も言わずにそっと手紙を畳み私に微笑みかけた。


「有里依がどんなバカでも私、友達止めないからね」


「どういう意味だ!!」


ばしっと手紙を取り上げる。


菱型高校2年10組の教室には全開の窓から気持ちのいい風が廊下へと吹き抜ける。

友達のさくらと沙斗子と3人でお昼ご飯を食べた後、2人に昨晩書いたラブレターを読んでもらっていた。

それはそれは必死になって考えて書いたのにこのリアクションはどういうことだ。


「有里依ちゃんの気持ちは伝わる…と思うよ?」


沙斗子まで苦笑している。


「なによ、2人してー。私かなり考えたんだからね!?」


「いやあ…それはいいんだけどさあ」


さくらが言葉を濁して視線を外す。


「なによう」


「それ、わたす相手いないでしょ?」


!!

なんてことだ。

最大の弱点を突かれてしまった。


「それを言ったらおしまいだよ!!」


「なにも始まってないからね」


「あはは」


さくらの視線が痛い。

そうなんだ。この手紙、わたす当てがないんだよね。

相変わらず沙斗子は困ったように笑っていて、その余裕がにくい。


「沙斗子、笑いすぎ。そりゃー沙斗子は彼氏いるから良いだろうけどさあ」


窓際へ目をやればクラスメイトで沙斗子の彼氏の田無 勅(たなし ただし)が他のクラスメイトと話している。

明るくていいやつで、おっとりした沙斗子にはお似合いの彼氏だと思う。


「私も彼氏欲しい…」


机にべたっと突っ伏す私にさくらはけらけら笑う。


「本音は?」


……


「恋がしたい」


「彼氏は?」


「正直ピンとこない」


そうなんだ。私はただ恋ってものをしてみたいだけなんだ。

だって女子高生ですよ。花の女子高生!!

クラスの女の子たちは誰が好きとか、誰がかっこいいとかで盛り上がってるけど、残念ながら私にはその感覚がいまいちわからない。

だから恋の一つでもしてときめきを感じてみたい。


「有里依ちゃん。それでいきなりラブレターは飛躍してるんじゃないかな」


「ていうか何でラブレター?」


「…ラブレター書いたら恋する乙女の気持ちがわかるかなって」


「わかったの?」


「わかりませんでした」


「沙斗子、止め刺しちゃったよ」


相変わらずさくらはけらけら笑っているし、沙斗子はあたふたと

「そんなつもりじゃ!!」

なんて慌てている。

まあ私だってさ、件のラブレター書きながら"ちょっと違うかな"くらいは思ったけどさ。

やっぱり違うのかな。じゃあどうしたらわかるっていうんだろう。

恋バナで盛り上がるクラスメイト達はなにがそんなに楽しいんだろう。

たまに『振られちゃった』とか『彼が他の女の子と仲良くしてた』といってさめざめと泣く彼女たちの気持ちがわからないから。

そのことにとても疎外感を感じるんだ。


「有里依?」


「さくらはさあ、恋してる?」


ふと尋ねると、さくらは笑顔のまま首をかしげる。


「恋ねえ。恋…。うーんどうかなあ」


「はっきりしないじゃん」


「え、さくらちゃん好きな人いるの?」


沙斗子が驚いたように目を見開く。そりゃそうだろう。さばさばしたさくらに恋なんて、そんな女の子らしい感情が!?

ていうかいよいよ私だけ恋を知らぬお子様ってことになっちゃうじゃない。


「有里依。あんた今失礼なこと考えてない?」


てへ。ばれちゃった。ジト目でにらむさくらに、えへへと笑ってごまかす。


「そんなんじゃごまかされないわよ」


「あれ?だめ?」


「だーめ」


ぐいぐいとさくらが迫ってくるので必死になって目をそらすが、そんなことで許してくれるさくらでもなく半分くらい机の上に押し倒されている状態だ。

そんな私とさくらの間に沙斗子が割って入る。


「んもう、そんなことより!さくらちゃんの好きな人!」


「ああ、そう言えばそんな話してたっけ?でも今は有里意をとっちめるのが先!」


「ちょっとさくらちゃんごまかさないでよー」


「ちょ、さくらさん重いっす…ギブギブ」


「有里依ちゃん!!」


なんとか沙斗子がさくらをどかして椅子に戻ることができた。

軽くせき込んでいると沙斗子は再びさくらに迫っている。


「で、さくらちゃん。好きな人はいるのかな?」


「いや…その…。あの…」


にしても、ここまで言いよどむさくらも珍しい。

普段はなんでもかんでもずけずけ言っちゃうのに。


「なんかさくらがはっきりしないなんて珍しいじゃん」


「私にだって言いづらい事の一つや二つあるって!!

あー、その、なに?好きっていうか…気になるっていうか…」


「言いづらい?」


「そりゃもう」


さくらが力いっぱい首を振る。


「…じゃ、いっか。別に」


そう言って沙斗子にばちっと目配せをする。


「えー、気になる…。けど…さくらちゃんが言いたくないなら仕方ないかあ」


私の言いたいことを汲んでくれたらしい沙斗子が調子を合わせた。

私たちの反応に拍子抜けしたのか、さくらは居心地悪そうに体をゆする。


「いや、あの、言いたくないってわけじゃ…」


「いいんだよ、いいんだよ、さくら。無理に言わなくたって」


「うん、うん。さくらちゃんだって言いたくないことくらいあるもんね。無理に聞いたら悪いよね」


「あの…」


「「無理に言わなくていいからねっ」」


沙斗子と私がハモった。さくらは焦ったように指をわきわきと動かしている。

よし、このまま暖かい視線でも送ればさくらもいちころ!


「っ…!そっ、そうよ!私にだって言えないことくらいあるんだから!」


「「!!」」


「さっすが、有里依と沙斗子。私が言いたくないことでもちゃーんとわかってくれるんだねー。

もう当分は言わないからね!」


はう、しまった。押しすぎたか。

沙斗子も横で『言い過ぎた…』みたいな顔をして沈んでいる。

負けず嫌いのさくらなら逆に言っちゃうかと思ったのに、こちらから押しすぎて作戦がばれたらしい。

その証拠になんかさくらがニヤニヤしている。

くっ。悔しい…。


そのとき、お昼休み終了を告げる鐘がスピーカーから流れだした。

私たちはそれぞれの席に戻って授業の準備を始める。


…しかし、さくらに気になる男がいたとは意外だった。このままじゃ本当に恋を知らないお子様は私一人になってしまう。

疎外感に飲み込まれまいと、私は必死に次の手を考える。




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