難しい関係性

ある日の朝。サクラが登校してきたのを見て話しかけに行く。

しばらく雑談して自席に戻ると、トウヤが目を丸くして待っていた。


「…どうしたんだよ」


「いやー、サトリが自分からミズクチに話しかけに行くなんて珍しいなと思って」


「ああ、昨日水ようかんもらったから、そのカップとスプーン返しに行ってた。

水ようかんて意外と簡単に作れるんだな」


「え、なにそれ。俺もらってないけど」


「あんまり沢山は作ってないからトウヤの分はないってさ」


「マジでか。ちょっとショック」


そんなショックを受けるようなことでもないだろ。

それとも俺はもらってるからその余裕からそう思うんだろうか。


「ていうかいつの間にそんなのもらったんだよ」


「昨日放課後に図書室で勉強してたら持ってきてくれた」


「それは昨日のうちに教えろよ!」


「なんでだよ、いちいち言うことでもないだろ」


なんでそんなことまで事細かにトウヤに報告しなきゃいけないんだ。

だいたいトウヤの分はないんだから、そんな自慢するようなこと言う訳ないだろ。

それでもトウヤはふてくされたような顔をしている。


「トウヤは面倒臭い」


「サトリ、はっきり言いすぎだ。傷つくぞ」


「悪かったよ。今度からは言うって。でもトウヤの分がなかったら、それはそれでショック受けるんだろ?

だったら言わない方が良くない?」


「そこはなー、難しい問題なんだよ。

サトリとミズクチが仲良くなっていく様子はしっかり把握しておきたい。

でもそれで俺がのけ者にされるのは嫌だ。

難しいだろ?」


別にのけ者にはしてないだろ。最初から3人で仲良くなったわけでもあるまいに。


「結局どうしてほしいわけ?」


「んー、サトリだけなんかもらったら俺にばれないようにしてくれるのが一番ありがたいんだけど」


「ますますもって面倒臭い」


「自分でもわかってるけどさ。じゃあどうすっかなー。

そうだな、やっぱ言わなくていいや。ミズクチもいちいち俺に伝わってたらいい気分しないだろうし」


「今までどおりでいいか?」


「おう、それで」


トウヤがにかっと笑ってこの話はお終い。こういう切り替えの早いところはトウヤのいいところだ。

しばらく雑談していると担任が教室に入ってきて朝のホームルームが始まる。

トウヤは自分の席に帰っていった。



その日の昼休み。タダシはぼやいていた。


「今日はサトコたちと昼飯食いたかったんだけどさ、断られた」


「なんで」


優しいトウヤが相槌を打っている。


「わからん。今日は女子だけで食べたいって言われた。俺なんかしたかな」


ちらりとサクラたちの方を見ると水ようかんを3人で食べている。

ああ、あれが理由だな。


「タダシ、別にタダシがなんかしたからミカヅキは一緒に昼を食べるのを断ったわけじゃないよ」


「なんで断言できるんだよサトリ」


タダシがいぶかしげに首をひねる。

こういう時に俺が口を開くのは珍しいから不思議に思ったんだろう。


「昨日サクラとアサカは調理部でお菓子を作ったんだがそれが3人分しかない。

だから女子3人で食べたかったんだよ」


「なんでそんなこと知ってんだ」


「昨日サクラから聞いた」


「……そういうことなら仕方ねえか」


「そうそう、仕方ねえって。諦めろタダシ」


「トウヤも知ってたのか?」


「うん、今朝サトリから聞いた」


「俺はそれをサトコの口から聞きたかったよ」


そう言ってふてくされながらも弁当を頬張るタダシ。

そういうもんかね。誰から聞いても同じだとは思うが…。

ミカヅキの口から誤魔化さずに事実を知りたかったってことだろうか。


トウヤにしろタダシにしろ面倒臭いのな。

誰の口から何を聞いても、そんなに気にするようなことでもないだろうに。


…でも例えば。例えば俺がサクラから

「昨日調理部で水ようかん作ったんだよ。美味しかった」

と聞かされたらどうだろう。

そんなに気にはしないかな。

じゃあ、

「今日は一緒にお昼ご飯食べられないんだ。ごめんね」

と言われたら?

理由を知りたいだろうか?たぶんその場では特に気にしないだろうけど、その理由を後からトウヤに聞かされたら複雑かもしれない。

そんなこと、サクラが直接俺に言えよって思うかもしれない。

ああ、これが今のタダシの気持ちか。

やっとわかった。

俺って本当に鈍いのな。ここまでシミュレーションしないと他人の気持ちがわからない。


先の

「昨日調理部で水ようかん作ったんだよ。美味しかった」

というセリフも

「昨日調理部で水ようかん作ったんだよ。フジサキとササイ先輩にあげたらなくなっちゃったけど」

とか言われたら若干悔しいかもしれない。

その悔しさこそ、朝、トウヤが感じていたものではないだろうか。

いやこれは違うかもな。

俺がサクラのこと気になってるから、俺よりもトウヤを優先されたことが悔しいんだ。

まあ、サクラはそんなことしないだろうけど。

心の底で安堵のため息をつく。


目の前ではトウヤとタダシが相変わらずどうでもいい雑談を続けている。

俺は弁当のソーセージを頬張りながら、2人の話に混ざりに行った。

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