君をわかりたい

夕暮れ時の防波堤。沈みかかった太陽が河を照らしてきらめいている。

それを眺めながら俺はトウヤと自転車を引きながらしゃべっていた。


「トウヤ、今日はササイ先輩と帰らなくて良かったのか?」


「うん、ササイ先輩今日は通院だからって部活休んだから」


「そうなんだ。まだ全快じゃないんだな」


「そうでもねえよ。あと数回通ったらお終いになるって言ってたし」


「なら良かったな」


「な。先輩が無事で本当に良かった」


夕日に照らされながらトウヤが安心したように微笑む。

トウヤは本当にササイ先輩のこと心配してたからな。

先輩が元気になってくれて嬉しいのだろう。

ま、そりゃそうか。

彼女が元気になってくれたら誰だって嬉しいよな。


「ササイ先輩とは仲良くやってるわけ?」


「そりゃもちろん!ラブラブだぜ」


「そりゃ良かった」


「サトリだってミズクチとラブラブだろ?」


「ラブラブかどうかはわからないけど、こないだの日曜日、一緒に市の図書館行った」


「デートかよ!羨ましいな!俺まだササイ先輩とデートとかしたことないわ」


「デート…になるのかな。ただ図書館行って2人で勉強しただけなんだけど」


デートって言うのはこう…買い物したりカフェでおしゃべりしたりそういうもんじゃないの?

図書館で勉強なんて普段放課後にしてることと変わらない。

だがトウヤの見解は違うようだ。


「男女2人で出かけたらそれだけでデートなんだよ。で?どうだった?」


「どうって…いつもどおり」


「なんだよ、つまんねえな。ミズクチおしゃれして来たりしてなかったの?」


「そうだな、そういやワンピース着てて可愛かったな」


「ミズクチがワンピース!?ぜんぜんイメージないんだけど」


「俺もないよ。だから意外だったかな。可愛かったし」


「二回言うくらい可愛かったのか。なんだかんだ言ってサトリとミズクチは仲良いよな。

早く付き合っちゃえよ」


そうは言われてもな。自分でも何が引っ掛かっているのかはわからないが、いまだサクラと付き合う気にはなれない。

トウヤの言うとおり、こんなに一緒にいて、こんなに仲良いのにな。

きっと俺は今の関係が心地いいんだ。

だからサクラの好意に甘えて今の関係を続けようとしてる。サクラから見たら俺って酷い男だよな。

サクラの好意につけこんでる。

それでも俺はサクラのこともっと知りたい。わかりたい。

俺のことももっと知ってほしい。わかってほしい。

その上で、いつかは付き合えたらいいなと思う。


……俺、かなりサクラのこと好きになってるんじゃないか?

今さらながらそのことに気がつく。なんか無性に恥ずかしい。


「サトリ?なに赤くなってるんだ?」


「いや、ちょっと気づいちゃって」


「なにに」


「俺、サクラのこと結構好きみたい」


「は?今さらかよ」


「え?」


「そんなのサトリのこと見てたらわかるっつうの。自分で認識してなかったのかよ」


「マジでか」


「マジでだ」


なにそれ恥ずかしい。


「さっきも言ったけどさあ」


トウヤが前を向いたまま口を開く。


「さっさと付き合っちゃえばいいのに」


「まだいいよ。今の関係が心地いい。サクラには悪いけど」


「本当にな。ミズクチ超可哀想」


改めて言われると胸に刺さるな。でも本当のことだし。

ミズクチにそのことを責められたら俺は反論なんてできない。きっとただ謝ることしかできないのだろう。

でもサクラがそうしないのは彼女の優しさに他ならないわけで。


「サクラ…いいやつだよな」


「まったくだよ。こんなに根気よくお前に付き合ってくれるやつなんて早々いないぞ?

大事にしろよな」


「わかってるよ」


「本当かね、まったく」


「そういやさ、トウヤってササイ先輩のことまだ先輩って呼んでるの?」


いたたまれないので話題を無理やり変更する。

ちょっと、いやかなり強引だったがトウヤはうまいこと乗ってくれた。


「いや、2人っきりの時はショウコって呼んでるよ」


「そうなんだ。普段はササイ先輩呼びのままだよな」


「気恥ずかしいんだよ。それに付き合ってること、そんなに公にしてるわけじゃねえし」


「そうなんだ」


「ササイ先輩ファン多いだろ?だから公にして刺されるといけないから」


「そんな理由なんだ」


…トウヤも十分モテるんだから気にしなくてもいい気もするんだけど。

いや、逆か。トウヤファンにササイ先輩が刺されたらシャレにならない。

なんていうか…お互いちゃんと気を使ってるんだな。

他人にきちんと気を使うトウヤってのが新鮮だ。


「トウヤもササイ先輩になら気を使えるんだな」


「失礼な奴だな。俺は万事気を使って生きてるぞ」


「嘘つけよ」


夕日はもう沈んでしまって、空は藍色に染まっている。

防波堤は街灯にぼんやりと照らされて薄暗い。

油断すると、その薄暗さに引きずりこまれそうで、俺はトウヤとひたすらくだらない話をしながら帰り道を急いだ。

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