雨降りの午後に思うこと
雨がさあさあと降り注ぐ放課後。
俺はトウヤと図書室で勉強していた。
最近はいつも一緒に勉強しているミズクチとアサカは部活に行っている。
今日は麻婆豆腐を作るらしい。完成したらごちそうになる予定なのでここでこうして時間を潰している。
「お腹すいたなー」
「勉強飽きたー」
「なー、サトリってば」
「なんだよ、うるさいな」
「冷たい。サトリ冷たい」
トウヤは勉強開始早々に飽きてしまったらしく先ほどから隣で騒いでいる。
俺は集中してこの古文の宿題を終わらせてしまいたいんだ。
だから少しでいいから黙ってろ。
「なになに、古文?」
「そうだよ。今日、宿題出ただろ。トウヤもさっさとやっちゃえよ」
「それなら俺もう終わらせたもん」
「え?本当に?」
「マジマジ。だってそんなに難しくなかったし」
「嫌味か」
「ははっ、サトリは古文苦手だもんなー。教えてやろうか?」
「いらないよ。俺だってこれくらいの問題ならすぐ解ける。誰かさんが邪魔さえしなきゃな」
「邪魔で悪かったな。だって特にすることないんだもんよ」
「勉強しろ」
そのために図書館に来たんだろうが。
トウヤの頭には復習とか予習とかいう単語は入っていないのだろうか。
「トウヤ、明日の英語当たるだろ。予習でもしとけよ」
「あー、それなー。それはたしかにやんなきゃなー」
なんて言いつつがさごそとトウヤは鞄を漁る。
英語の教科書とノートを引っ張り出してようやく勉強を再開した。
外では相変わらず雨が降り続いていて、雨音が耳に心地いい。
ここだけの話、俺は雨が結構好きだ。
しっとりした空気も、しめった土の匂いも、ゆっくりと体にしみこんでくる感じで好ましい。
トウヤなんかは、自転車に乗れないし部活は休みになるし、なにより濡れるから嫌いだそうだ。
トウヤ、傘さすの下手だからな…。
しばらくしてトウヤが教科書から顔を上げる。
「雨、降りやまないな」
「やんでほしいのか」
「当たり前だろ。サトリは俺が雨嫌いなの知ってんじゃんか」
「そうだな。でもいいじゃん、雨。空気がしっとりして気持ちいいと思うんだけど」
「空気がしっとりとか、お前は女子かよ。ただべたべたするだけじゃねえか」
「正直、家の中に居てもいいのなら土砂降りの雨とか好きだけどな。
雷が鳴ってるとなおいい」
「変な奴」
「変で結構。このまま雨が降り続いて世界が水没してしまえばいいと思う」
トウヤは目をぱちくりしている。
ちょっと素直に言い過ぎたかな。
でも本音だし。
「サトリ、お前破滅願望とかあったっけ?」
「そんなんじゃないよ。ただ、そうなるのも悪くないなって思うだけだ」
「でもさー、濡れるしさ、洗濯もの乾かないしあんまりいいことないし。俺、世界に滅亡されても困るし」
「それはそうなんだけどさ。でも雨音って良くない?聞いてて気持ちいいって言うか」
「そうかな、うるさいだけだと思ってた」
「ちょっと窓辺に行って聞いてこいよ。センチメンタルな気分になるから」
「俺がセンチメンタルとかめちゃめちゃ似合わないだろ」
「そうかもな」
そう言ってくすっと笑うと、トウヤも「だろ?」なんて言って笑う。
こういう時間が俺は嫌いじゃない。
雨降りの午後に友達とくだらない雑談で笑いあう。
青春って感じだ。
「あー、早く時間すぎねえかな」
「なんだよ急に」
「お腹すいたんだって。早くアサカたちが作った麻婆豆腐食いてえなあ」
「たしかに楽しみだよな」
「あいつらが作るもんってどうして毎回ああも美味いんだろうな。
こないだもらったべっこう飴もめちゃめちゃ美味かったし」
「ああ、あれな。たしかに美味かったよな。作り方聞いたけど簡単だったし」
「へ?いつ聞いたんだよ。昼休みにもらったときはそんな話してなかったろ?」
「べっこう飴作った当日にミズクチが持ってきてくれたから、その時に聞いた」
「マジでか。いいじゃん、サトリとミズクチも順調に仲良くなってんだな」
「それなりにな」
「俺も、作った当日にもらったんだけどさ」
「そうなの?」
「うん。部活中にアサカが持ってきてくれた。俺とササイ先輩の分」
「へえ、いいやつじゃん」
「な!おかげでササイ先輩も喜んでくれたし、本当にありがたかったぜ」
アサカがそんなことしてたとは知らなかった。
あいついいやつだな。
いや、俺らを調理部に呼んでくれてる時点でかなりいいやつなのはたしかなんだけど。
時刻は5時半。そろそろミズクチたちが呼びに来るころだろうか。
なんだかんだ言って楽しみなのは俺も同じなのだ。
ガラッと図書室の扉が開いてミズクチがやってきた。
「オイガセ、フジサキ、待たせてごめんね。麻婆豆腐できたよ!」
「お、マジでか。行く行く」
「片付けるからちょっと待っててくれ」
「うん」
そうして机に広げていた勉強道具を鞄に突っこむ。
「じゃ、行こうか」
「おう」
相変わらず外では雨が降り続いている。
それでもトウヤは嬉しそうで、俺ももちろん嬉しい。
先頭を歩くミズクチを、俺らは早足で追いかけた。
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