ふわり、ふらり、空を舞う
「シャボン玉飛ばそうぜー!」
ある日の昼休み。
トウヤ、タダシらとお昼ご飯を食べているとケイスケが小さなボトルとストローを、いくつか持ってやってきた。
「は?シャボン玉?」
「どっから持ってきたんだよ」
トウヤとタダシは呆れている。
俺は無視して昼食を食べ続ける。
「おい、サトリ無視すんなよ。
このシャボン玉はな、さっき化学の授業で作ったんだ。割れにくいんだぜ?」
次の化学の授業そんなことすんのかよ。
なんだよシャボン玉作りって。小学生か。
「今飯食ってっから、もうちょっと待ってろよ」
やるんだ。
別にいいけどさ。
仕方ないので急いで昼食を済ませて4人で屋上まで移動した。
「はい、これお前らの分な」
ケイスケは俺とトウヤ、タダシにシャボン玉の液の入ったボトルとストローを渡す。
受け取ってストローを液に着けて吹いてみると、ふわっとシャボン玉が宙に浮いた。
「おお、飛んだ飛んだ!」
「シャボン玉とか久しぶりだよなー」
「小学生以来か?」
やってみると結構面白くて夢中になってしまう。
ケイスケの言うとおり、このシャボン玉はなかなか割れなくて、かなり遠くまで飛んでいく。
「あ、あれお前のクラスのやつらじゃね?」
タダシが指差した先ではケイスケのクラスの連中…2年2組の誰かが同じように校庭でシャボン玉を飛ばしていた。
ケイスケはそちらに手を振る。向こうも気がついたのか手を振り返している。
「なーんか、こういうのいいよなー」
トウヤがシャボン玉を飛ばしながら空を見上げた。
「のどかで、穏やかで、でも楽しくって…。青春って感じ?」
そう言ってにかっと笑う。
そう言われればそうだな。
やってることは少々幼い気もするけど、こうやって気の合う友達とわいわい遊ぶのは悪い気分じゃない。
むしろ楽しくて、なんだか眩しい。
「そうだな。最初は小学生かよとか思ったけど、やってみると楽しいもんだな」
「お、サトリもそう思う?意外と楽しいよな!このシャボン玉本当に割れねえし」
「なに入ってるんだろうな?
おい、ケイスケ。これなに入ってるんだ?」
「それなー、グリセリンが入ってんだよ」
「グリセリン?」
「何かよくわかんねえけど、親水性の強い化合物を入れると割れにくくなるってさっきの授業で言ってた」
わかんないのかよ、ちゃんと授業聞いとけよ。
相変わらず適当なケイスケに思わず苦笑する。
ケイスケは何笑ってんだよとか言いながらも笑ってシャボン玉を飛ばしている。
「次の化学っていつだっけ?」
トウヤが尋ねるので、たしか…と考える。
「明日の3限」
「じゃあ明日の昼休み、またシャボン玉飛ばすか!」
「お、いいねー、俺も呼んでよ」
「おう、呼ぶ呼ぶ」
「絶対だぞ。忘れたら俺泣くからな」
ケイスケが念を押す。
わかってるってとトウヤとタダシは笑いながら請け負った。
ケイスケは忘れたら本当に泣きそうだな。
それで泣きながらうちのクラスに突撃してくるんだろうな。
そんなことを考えてると俺も自然に笑みがこぼれた。
「シャボン玉って割れたらどこ行くんだろうな」
ぽつりとトウヤがつぶやいた。
「どこって?消えてなくなるんじゃないの?」
「そうだけどさ、はじけた液体は飛び散って地面まで落下するだろ?
で、中に閉じ込められてた空気はそのまま霧散してそこら辺の空気と交じり合うんだろーなーって思ってさ」
「…言われてみればそうだな。考えたこともなかったけど」
「俺だって今の今まで考えたことなかったよ。
けどさ、この割れにくいシャボン玉見てたら、いつか俺らの知らないところでひっそり消えるんだろうなって思ったんだよ」
「たしかにな。そう考えると少しさびしいかもな」
「だろ?いつかはじけて消えるんだ。でも本当は消えたんじゃなくて他のものと同化していくだけなんだよな。
なんていうか、目に見えてる姿だけがそのものの姿じゃないんだよな」
「そうだな。きっとさっきまでシャボン玉だった空気がこの辺いっぱいに立ち込めてるんだろう」
「俺らが気づかないだけでさ」
「ああ」
「なーに、しんみりしてんだよ」
ひょいっと目の前にタダシとケイスケが現れた。
俺らがぼそぼそと話しているのを見て不審に思ったのだろう。
「別に何でもねえよ。あー、もうすぐ5限じゃん!そろそろ教室戻らねえと」
「マジでか。じゃあ残りのシャボン液はお前らにやるから、たんと楽しめよ」
「ありがとよ」
「サンキュ」
「明日、俺らが作ったやつをケイスケにあげるよ」
「おう、楽しみにしてっから!」
こうしてわいわいしながら、それぞれの教室に戻っていった。
手にはシャボン液を握りしめて。
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