海が呼ぶから

トウヤの部活が終わってもまだ明るい初夏。

まだ梅雨入り前だから晩春だろうか。


「サトリ!悪い、待たせた」


悪いなんてみじんも思っていない笑顔でトウヤが駆けてくる。


「どっか行くの?」


「河」


俺としてはマックとかTSUTAYAとかそういう意味で言ったんだけど。

なんで河。


「海が呼んでっから」


「河って言わなかったか?」


「いいんだよ、つながってるからさ」


やめよう。

たぶん大した理由なんかない。

水道水が流れるのを見て河を連想したとか、汗が塩っ辛くて海を思い出したとか、たぶんそんなだ。


「河でなにするんだよ」


河に向かって自転車をこぎながら、一応たずねる。


「叫ぶ」


「ササイ先輩愛してるー!って?」


「今日は、海のバカやろー!って」


「それは海に言え」


なんで海に対する不満を河に言うんだよ。

八つ当たりか。

つーか、お前そんなに海と仲悪かったか?


「海に行くには時間が遅えから」


「だからって河いじめんなよ」


「大丈夫だよ。河は心広いから。

愚痴の一つや二つ聞いてくれる」


「お前いつからそんなに河と仲良くなったんだ…」



そうこうしているうちに河につく。

自転車を押して堤防に上がれば、潮の匂いが目一杯に広がる。


「あー、結構気持ちい

「海のバカやろー!」


「マジでか」


まさか本当に言うと思わなかった。

ため息をつく。


「河、気にすんなー!」


「ええ、なんだよそれ」


「トウヤが河に八つ当たりするから、慰めたんだろ」


「サトリは俺より河をとんのか?

この浮気者!!」


悲壮っぽい顔すんな。

なぜ自分の体を抱く。


「そんな嫌そうな顔すんなって」


「…クラスの女子に俺らの関係性について疑われる原因はお前だったか」


トウヤは、ああ!と思い出してケラケラ笑う。

俺は女子苦手だし、トウヤはササイ先輩一筋だから

クラスやひいては学年、学校中の女子にいらん噂されてることなんてどうでもいい。


…遠巻きにひそひそされるのはうざいけど。


「まー、いいじゃん!!これを気にサトリも女の子と仲良くなればさ」


「…そういう意味で俺に話しかける女子って高確率でホモ好きだよな?

ホモ好きの女子と仲良くなって俺はどうするんだ。

ネタにされ続けるのか?」


「なーんでそうネガティブるかなあ。

俺らがぜんぜん知らないこと知ってる人と話すの楽しいじゃん」


名詞を動詞に変換すんな。

でも返す言葉もない。


「トウヤは元気だな」


「適当すぎだろ…」


「ま、気が向いたらな」


あんま向かないだろうけど。

潮風が強く当たる。


世間一般的にみて。

一般論で言えば。

常識的に考えて。


正しいのはトウヤかもしれない。


でも。特にきっかけもなく、深い理由もなく、

ただただ怖いというだけで、俺はきっとまた明日も女子とは口をきかないだろう。


「俺も河に相談しようかなー」


「なんて?」


「どうやったら他人とすんなり会話できますか?って」


「それなら海の方が詳しいぜ」


おっかしいな。

トウヤやケイスケ、タダシらと他の人と何が違って、こんなに話せないんだろう。

トウヤの言うとおり、河は何の答えもくれなかった。

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