踏切地点
「なあなあ、サトリ。
うちのクラスにさ、アサカっているじゃん?」
「あー、教室の前の方でしゃべってる女子?」
のどかな放課後の帰り道。トウヤの口から珍しくササイ先輩以外の女子の名前が出てきて驚いた。
てっきりトウヤはササイ先輩以外の女子は認識してないんだと思ってた。
「そう、たぶんそう」
「たぶんかよ。で?そのアサカがどうかしたの」
「いやさあ、『恋を知りたい』って言っててさあ」
「恋…」
「でもなんか嘘っぽいんだよなー」
トウヤが首をかしげながら言う。
アサカのことはよく知らないけど、嘘でわざわざそんなこと言うか?
「なんていうかアサカって、女版サトリみたいに見えるんだよ」
「なんだよそれ」
女版俺ってなんだ。
アサカってどんなんだっけ?
アサカに限らずクラスメイトでも会話するごく一部しか顔と名前が一致しないのでよくわからない。
「うーん。興味ないこと以外、超興味ない感じ」
「俺、そんな?」
「おう、そんな」
なんかすごい冷たい奴みたいだな、俺。
「なんだけどさ。サトリはそれで開きなおっちゃってるけど、アサカは無理に普通っぽいふりしてるように見えんだよね」
「なに、気になるの?」
まさかついにササイ先輩を諦めたのだろうか?
いやー。まさかまさか。
「そういうんじゃねえよ。ただ、無理してるなって思っただけ」
ああ、そうか。
きっとササイ先輩が最近精神的に参っているみたいだから。
同じように無理して見えるアサカのことも目に付いたんだ。
トウヤは意外と他人のこと気にしてるんだよな。
で、性格いいからすぐ手を貸そうとする。
「助けたい?」
「俺にそんな器ないよ」
でも、手を貸すだけの余力が自分にないことがわかってるから歯がゆい思いをする。
良い奴だよな。根本的に。
俺、そんなこと全然気がつかなかった。
今だってアサカの顔すら思い浮かばない。
「トウヤって良い奴だよな」
「なんだよ、いきなり」
「いや、なんか、そう思ったから」
「まあ、知ってるけどな。俺がいいやつなことくらい!」
「やっぱ取り消すわ」
「なんでだよ!」
トウヤはぶつぶつ言いながらも前を向いて続ける。
「アサカも、好きに生きればいいのにな」
アサカ"も"か。
やっぱり本心では大好きなササイ先輩が気になって仕方ないんだろう。
つらい思いをしているササイ先輩に手を貸したくて仕方ないのに、それができなくて歯がゆく悔しい。
だから他の人を心配することでその悔しさを押しとどめてる。
器用なんだか不器用なんだか。
「そう簡単に好きにはできないんだろ。ほら、女子のコミュニティって関係が難しそうだし」
「そっかなー。やっぱりそうなのかなあ。女子怖いなー」
「でもササイ先輩は好きなんだろ?」
「もちろん、大好きだ」
「そこの違いが俺にはわかんないんだなあ」
そう。俺には大勢の女子とササイ先輩の違いがわからない。
きっとそれこそが俺が恋をできない理由なんだろうけど。
でもいまのところそれを改善する気は一切ない。
「たぶんアサカが恋を知れない理由もサトリと同じ理由だと思うんだよね」
「その他大勢とそれ以外の区別がつかないところ?」
「そういうとこ。しかもアサカ自身はそこに気がついてない」
「教える気は?」
「ない」
これはトウヤの良いところと言うのだろうか。
自分の器がわかってるから、最後まで面倒見きれないことはしない。
…いや、自分で自分の限界を決めちゃってるからあまり良いところではないな。
「アサカもその内自分で気がつくさ」
「そうだといいな」
トウヤがササイ先輩を助けることができないのは、トウヤの器が小さいからか?
いや違う。
きっとトウヤが自分で自分にブレーキをかけているからなんだ。
今更ながらに、そんなことに気がついてしまった。
それでもなにもしない、できない俺は…いったいなんだろうな。
トウヤにばれないように小さくため息をついた。
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