旅に出ろ
「旅に出てえな」
いつもの帰り道。
防波堤の上を自転車を引きながらの帰宅中。
いつもどおりトウヤが訳のわからないことを言い出した。
「出れば」
5、6限目とマラソンの授業で疲れ気味のサトリは全力で適当に答える。
眠くて眠くてトウヤの妄想に付き合う余裕なんかないのだ。
……あれ?
今、妄想じゃないこと言ってた?
「なんだよ、サトリ。適当すぎるだろ!!」
「ごめん。半分寝てた。
どうせまた妄想だろうと思って適当な返事しちゃったよ」
「妄想じゃねえよ!!
つか、妄想でも適当に返事すんなって」
「悪い悪い。
で、なんで旅に出たいんだ?」
ようやく目が覚めてきた。
旅?
ひと昔のOLの自分探しみたいな?
「うん。ちょっと自転車で日本一周とかさ。
サトリも行く?」
トウヤの発想はいつもどおり俺の想定をはるかに越えていた。
「嫌」
「なんだよう。つれねーなー」
いや、自転車で日本一周ツアー誘われて即OK出すやつ少ないから。
妄想ではなく妄言だったらしい。
「なんかさー、知らないとこに行きたいんだよ」
「他に理由は?」
「ないけど?」
よく言えば、好奇心旺盛。
悪く言えば、無鉄砲。
知ってますよ。
知ってましたよ。
はあ、
と一つため息をつく。
「トウヤ、次のY字路いつもと違う方に行こう」
「え?遠回りじゃね?」
「知らない場所に行きたいんだろ」
首を傾げるトウヤを無視して、いつもと同じ道から、いつもと違う道に入る。
防波堤をおりて、路地を曲がって曲がって。
トウヤが来たことがないであろう道へ。
「へー、こっち側ってこんなんなってたんだ」
「知らない場所だろ」
「おう、知らない場所だ。ワクワクしてきた」
お手軽なワクワクだな。
歩いて歩いて、目的地に着いた。
「サトリ、ここ何?」
「俺がよく来る古本屋。知らない場所だろ」
「知らない知らない!!ずるいぞ、サトリ。
こんなアイテム屋みたいな店、独り占めしてたな」
「トウヤ、本、読まないじゃん」
トウヤは早速店内へ入っていく。
この古本屋は古本だけではなく、中古の地球儀や望遠鏡みたいな天体、地学系の商品もある。
俺は何回も来ているので、頼んでいた本を店主から受け取ったり、
新しく入った本を眺めている。
子どものようにはしゃぎまわったトウヤが、ようやく落ち着いたのか返ってきた。
「ここ、おもしろいな!!
学校の近くにこんないい店あるなんて知らなかったー」
「良かったな」
「おう、ありがとう!!」
「以外と近くに知らない場所ってたくさんあるだろ。
だから日本一周の前に市内一周くらいにしとけ。
それなら付き合うからさ」
「そうだよな。初心者に日本一周は難易度高いよな。」
何の初心者だ。
とりあえず日本一周を思いとどまってくれてよかった。
自分で言って気がついたけど、知らない場所って案外身近にあるもんだ。
きっと俺は知らない、でもトウヤは知ってる場所があるんだろう。
今度、教えてもらおう。
身近で、知らない場所。
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