コントロール

「あ、トウヤおはよう」


ある朝、教室に入るといつもどおりサトリが声をかけてきた。


「おはよ」


俺は短く答えて席に着く。

いつものように喋らない俺の様子に、サトリは首をかしげつつも

何も言わない。

サトリはいつもそうだ。

こちらが聞かれたくないときには、何も聞かない。

今はただ、ありがたい。


別に何があったって訳じゃないんだ。

ただ、イライラする。

たぶん男性ホルモンが過剰分泌されているだけなんだ。

そう自分に言い聞かせてイライラから来る破壊衝動みたいな物を

押さえ込む。


本当は。

本当は、暴れてみたいんだ。

例えば机を教師に向かって投げつけたいし、窓ガラスだって叩き割りたい。

ドアやら教壇を蹴りとばして、怒鳴り散らしたい。


そんなことしたって何にもならないのはわかってるんだけど。

いつもと違う気分の時は、

ちょっといつもと違うこと、したいじゃん?


しないけど。


幼児じゃあるまいし。


気がついたら担任が教室に入ってきていて出席をとっている。

あれ?俺、返事したっけ?

きょろきょろしたらサトリと目が合った。

どうやらサトリが適当に返事しといてくれたらしい。

くそう。

気の利くインテリイケメンめ。


イライラの原因は簡単だ。

最近、部活での成績が振るわないのだ。

陸上部・短距離で50メートルから200メートルまでを走っている。

50メートルや100メートルはまだいいんだ。

良くはなっていないけど、遅くはなってないから。

問題は200メートルだ。

日に日に遅くなっている。

まずい。非常にまずい。


でも、どうしていいかわからない。

これが噂のスランプかーとか他人事みたいに思う。

何か違うことしてみようかな。

いつもと全然違うことをしたら、また走れるようになるかもしれない。

何をしてみようかな。

そういえば、普段俺が部活終わるまでの間、サトリは何してるんだろう。

結構な確率で一緒に帰ってるけど、よく考えたらあいつ帰宅部なんだよな。

なんで陸上部が終わる6時とか7時まで学校にいるんだろう。


昼休み、自分のイライラがある程度治まっているのを確認してからサトリに声をかけた。


「サトリ、今日は昼飯ベランダで食べようぜ」


「いいけど。機嫌直ったの?」


「直ってないから、直す方法をこれからお前に相談する」


「いいんじゃない」


サトリは人事みたいに返事をして弁当を取りに行った。

しかしベランダは微妙に汚かったので、結局教室の窓に向けて机を2つ並べて食べることになった。

クラスメイトが

「またトウヤがわかんねーことしてるよ」

とか笑ってるけど気にしたら負けだ。

ていうか、何で俺だけなんだよ!!

サトリも一緒に食べてるじゃねえか!!


「で、何怒ってるの?」


サトリがさっくり本題に突っ込んできた。


「200メートルの成績が下がる一方だから」


「それ、俺に相談しても解決しないと思うぜ」


「わかってるよ。相談したいのはそこじゃない。

たぶん、スランプに陥ってるんだと思うんだ。だから気分転換しようと思ってさあ。

サトリって放課後、学校で何してるんだ?

いつもさ、俺が部活終わる6時7時まで学校にいるじゃん」


サトリは弁当を食べながら答える。


「俺は今までお前がそのことに気がつかなかったことにびっくりしてるよ。

ほぼ毎日一緒に帰ってたじゃん…

まあいいや。

放課後はだいたい図書室にいるよ。

図書室で宿題して、予習してる。

終わったら好きな本読んだり調べ物したり…

図書室から校庭見えるから、トウヤが走ってるの眺めてるときもある。

あ、いつも図書室から眺めてるわけじゃなくて校庭の入り口に座って眺めてるときもあるよ」


最初のほうはいい。想定の範囲内だ。

しかし、最後!!

俺が部活してるのこいつみてたの!?

恥ずかしい……

今更何だって感じだけど恥ずかしいいい!!


「ちなみにどのくらいの頻度で俺が走ってるの見てる?」


「ちら見するくらいならほぼ毎日。校舎から出てがっつり見るのは月に1~2回くらいかな」


「止めろよー。恥ずかしいなあ、おい」


「いいじゃん。ストイックに走るトウヤはかっこいいと思うんだけどね」


!!インテリイケメンにほめられた!?

そっかー

イケメンから見てイケメンてことは、俺ってばスーパーイケメン!?


「トウヤ、今アホなこと考えてただろ」


「何だよ。アホなことじゃない。真理をついていたのだ」


「何でこんなアホがもてるのか俺にはわからないよ」


サトリがため息を吐く。


え、俺もてるの!?

いやいやいや、無いだろ!!

もてもてなのはこのインテリイケメン・サトリだろ。


「トウヤ、自分のこともてないと思ってるみたいだけど、意外と意外なことにもててるんだよ。

ふだんのちゃらけた感じと、部活中のクールでストイックな感じのギャップがいいらしいよ。

まあ、結論から言うとトウヤはアホだってことだ」


「何でだよ!?」


そっかー知らなかった。

俺もてるんだ。

つまり俺に好意を寄せている女子がいるってことだよな!?

そっかー

でもそうだとしたら申し訳ないな。

俺の心はササイ先輩一筋なのだ。


「それはさておき、スランプ?から脱出する方法だろ。

考え方は二つある」


サトリが話を元に戻した。

こういうときのサトリは頼もしい。何かいいこと言ってくれそう。

以前サトリに「少し黙ってろ」と言われたのでトウヤは黙ってうなずきながら聞いている。


「一つは今トウヤが考えてたみたいに、今までと全く違うことをしてみるって方法だ。

新しいことに挑戦することで、今までやってたことの良くなかった点の解決策の糸口を見つけるわけだ。

で、もう一つ。

これは対処療法みたいなもんだけど、自分が良くない状態に陥った時の対応パターンを考えておくんだよ」


「対応パターン?」


「そう。イライラしたら、顔を洗うとか、悲しくなったら猫の腹を触る、とか。

自分の状態を改善するための、スランプまで行っちゃわないための対応」


つまり、傷は浅いうちに治しておくってことかな。


「なんかない?最初は些細なことからスランプってでかくなってく。

でかくなっちゃったときと、そうならなかった時の違い」


うーん。

考える。

そして気が付く。


「俺、スランプって初めてだ」


サトリが何と言っていいかわからない、という顔をする。

そりゃそうだ。

他人の初めてのスランプなんてどうしていいやら。

当人の俺だってわからない。


「じゃあ、今までと、スランプに陥りだしたころから何か違いってあった?」


それでも辛抱強くサトリは俺に尋ねる。

今までとの違い。

違い。


「ササイ先輩が最近いない」


そうだ。そうなんだ。

最近、ササイ先輩は体調が悪いそうで部活や学校を休みがちだ。

たまに見かけても、すごく疲れたような顔をしている。

受験てそんなに大変なのかな。


「それか…。でもそれだと対処は難しいなあ。ササイ先輩体調悪いんだっけ?

それなのにトウヤなんかのスランプに付き合ってる余裕なさそうだしなあ」


「なんかとはなんだ」


でも、そのとおりだ。俺の問題にササイ先輩を巻き込んじゃだめだ。

じゃあどうする…?


「原因はわかった」


サトリが続けた。


「じゃあ対応策を考えよう。お前、今日部活休める?」


「うん、最近不調なんでって言えば休めると思う」


「じゃあ休め。放課後に方法を考えよう」


そして昼休みを終えた。



「さて、苛立コントロールする方法を考えよう」


放課後の図書室でサトリはトウヤを自分の隣に座らせた。


「一般的に言われているストレス解消方は体を動かすことだけど

今のトウヤにはそれが逆にストレスになっちゃってるから

他の方法を考えよう」


サトリの話にトウヤはうんうんとうなずく。


とりあえず、好きな本でも読んでみたら?

そういうサトリの助言に従ってトウヤは図書室をうろうろする。

あ、陸上の本がある。

ここは一つ、初心に立ち返って陸上の基礎の基礎の本を読み始めた。

正しいフォームから、前後のストレッチまで、具体的な方法論が記載されていて面白い。

トウヤは自分が根っから走ることが好きなんだな、と再認識する。


「なんかヒントになること見つかった?」


サトリに声をかけられる。

気が付いたら夕方も5時過ぎを回っていた。


「うん。陸上の基礎本があった。面白いよ」

そう言ってトウヤはその本を借りすことにする。


「なんか当たり前に体動かしてたけど、ちゃんと一つ一つの体の動かし方には理由があって

それを踏まえたうえで体を動かすのって、自分の成長のためには大事かもしれない」


「そうだな」


サトリはそっけなく、でもトウヤが元気を取り戻しつつあるので嬉しそうだ。


「おれ、明日から頑張るよ」


「頑張れ」


トウヤは少し前向きに一歩を踏み出した。

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