目に見える世界

「だ~れだっ」


休み時間、サトリは突然目隠しされた。


「何だよ、トウヤ」


サトリは嫌そうな顔で後ろを振り返る。


「何だよう。即バレかよ。つうかサトリ機嫌悪い?」


「悪くない」


「うそつけー」


眉間にしわを寄せて、口をへの字に曲げているサトリは機嫌が悪い以外の何者でもない。


「わ・る・く・な・い。

トウヤこそ何だいきなり。俺には男同士でそんなことをする趣味なんかないんだよ」


「お、俺だってねえよ!」


「そんなことは彼女にでもやってもらえ」


「サトリ、お前俺に彼女いないの知って言ってんだろ?

ん?喧嘩売ってんのか?

…はあ、何怒ってんだよう」


トウヤは一瞬機嫌の悪いサトリに巻き込まれかけたが

何とか持ち直す。


「だから怒ってない。

お前が「だ~れだ」とかしたせいで、一部の女子がひそひそニヤニヤこっちを見て盛り上がってるとか、

朝ベッドから落ちて目を覚ましたからとか、

昨日の夕方、友人にいきなり罵倒されたからとか、

そんな理由で怒ってなんていない」


「サトリ…。スミマセンデシタ」


「いいえ、こちらこそ」


いつまでも怒ってるのも大人げないし、

トウヤに八つ当たりするのもみっともないのでサトリもいつもの調子に戻る。


だいたい何でいきなり目隠しをされたのやら。


「で、何でトウヤはいきなり目隠しとかしてきたわけ?」


「いや、見えない世界ってどんなのかなって思って。

サトリに体感してもらって感想を聞こうかと思いました」


「なあ、トウヤ。殴っていいか?」


「本当にスミマセンデシタ!!」


サトリの怒りが再燃しているのを見てトウヤは慌てて再度謝る。


「トウヤ、理由をもう一回説明してくれる?」


「ハイ、サトリさん。

俺らの目の前にはさ、今お互いがいるわけじゃん。

目に映ってるんだよな。じゃあ目を隠して、見えなくなったらいなくなるのか?

違うっしょ?目に見えなくても、そこに確かにいるんだよな。

目に見えるものがすべてじゃないんだよ!!」


トウヤが熱く語るのをサトリは冷めた目で眺める。


「中二病?」


「違う!」


「幽霊とかお化けとかの話?」


「そうじゃないんだよー」


うまく伝えられなくて、もやもやするトウヤを尻目にサトリも考える。

見えないけど、確かにそこにあるもの。

感情とか、記憶とか。

もしくは目に見える形と物理的な形が違うもの。

VIOSとかまさにそうだよね。

コンピュータの絡むものはだいたいそうなんだろう。

感情もある意味そうなのかな。

顔は笑ってるけど、頭の中では怒ってたり泣いてたり。


「目に見えているものと、本当に存在するものがずれてる感じ?」


「ああ!!そんな感じ!!さっすがサトリ。うまいこと言うなあ」


トウヤは「それだ!!」と盛り上がる。


「で、何でいきなりそんなこと言い出したの」


「今朝タダシが「人って見かけによらないよな」ってぶつぶつ言いながら歩いてたから。

ササイ先輩のことらしいんだけどなんだろうなー。

あいつ何にも教えてくれないんだよ。

くそー、あいつ彼女いるもんなあ」


タダシに彼女がいるのとササイ先輩のことは話が違うだろ。

先日タダシに出会い頭に罵倒されたことを思い出しつつ、

サトリは話が脱線しないように黙って聞いている。


「だからさ、実際に目に見えているその人の姿とか、

物とか、本当は、実体は違うかもしれないって思ってさ。

目をつぶったらわかるかなって」


「じゃあ自分でやれ」


「危ないじゃん」


「だからって俺で試すな」


黙っているつもりだった本音がつい漏れてしまった。


「あのさあ。見えている物と実体が違うって、割とよくあることなんだと思うよ。

トウヤ、口に出す前に少し黙ってみれば?

そしたら、相手が続きを話してくれるかもしれない。

その中に実体のかけらが隠れているかもよ」


「……」


「今トウヤが黙っても俺は続きを持っていないからな」


「そっかー」


トウヤが返事をしないのでもしやと思ったら本当にそうだった。

単純なやつだ。

でも、今まさに自分が言ったとおりで。

トウヤは単純に見えるけど本当は複雑だ。

簡単で、単純明快な人間なんていないと思う。


じゃあ自分は?

サトリの心の中のもう一人のサトリがささやく。

サトリの本当の中身はどうなっている?


「何耽ってるんだよ」


「いや、トウヤって見かけよりも複雑だよなって」


「俺、単純に見える?」


「見かけは」


えー、何か嫌だ。

とか不満そうな声を上げる。

残念ながら事実ですから。

表情と感情が一致していて、思ったことがすぐに顔に出る。

でも"悩んでいる"ときとか実はいろんな"悩んでいる"があって、

ただ"悩んでいる"の一言じゃすまない場合も多いのだ。

それに今「耽ってる?」とトウヤは聞いた。

感情をあまり表に出さないサトリが、

「悟っている」のではなく考えに「耽っている」ことにトウヤは気がついたのだ。

トウヤはそういうとこ、聡いよな。


「サトリはさー俺とは逆だよな!見かけは複雑なんだけど

以外と中身は単純?

……そうでもないかー。見かけどおり中身も複雑かなっ。

あー、それってある意味単純かー。

よくわかんなくなってきたな?」


良かった。トウヤに単純とか言い切られなくて。


「あ!サトリ今「トウヤに単純とか言い切られなくて良かった」って思ったろ!

失礼な奴だなあ」


「バレたか」


「バレバレー」


二人はけらけら笑う。


教室に教師が入ってきた。

休み時間も終わりだ。


サトリは教師の話をよそに、先ほど思いついたことを悶々と考える。


自分て?

サトリの本当の中身はどうなっている?

物理的にはきっと生物室の片隅にある人体模型の本物が詰まってるんだろう。

でも論理的には?

こうやって、考えて・意識して・記憶して。

そういうのって、脳味噌輪切りにしても出てこないよね。

わかんないな。


わからないことが、わかったな。


悩める青い春はまだ終わらない。

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