突飛な世界

「あのさー、世界ってもうちょっと突飛でフレキシブルでもいいと思うんだよね」


学校の帰り道、サトリの隣を歩くトウヤが前を向いたままつぶやいた。


「たとえば?」


サトリも前を向いたまま聞き返す。

トウヤのひく自転車が防波堤を踏みしめる音がトウヤの考える間を埋める。


「耳が取り外し可、とか。

学校とかコンビニとか家とかひょいって持ち上げて移動できたりとか。

コモドドラゴンが火吐いたりとか」


サトリも考えて返す。


「あんまりに自由度が高いと、真面目な大人たちがついてこれなくなっちゃうだろ。

つかそれは突飛でフレキシブルなのか?

…突飛か」


サトリも突飛でフレキシブルな世界について考える。

どんな世界だろう。

神話みたいな世界とか。

神様がいて浮気しまくってたり、巨人がいたり。

魔法が使えたり、一家に1人以上猫型ロボットがいて叱咤激励してくれたり。

それはそれで楽しいのかな。


「でも、あまりに自由度が高いと逆に今と違う法律やら決まり事がたくさんありそう。

結局あまり突飛でもフレキシブルでもなくなるんじゃない」


サトリは考えて続けた。

トウヤは吐き出す。


「だってさ。今って毎日毎日同じことの繰り返しでつまんないんだよ。

朝起きて学校行って勉強して部活して帰って飯食って寝る。

大人になっても学校のとこが会社に変わるだけだぜ。

なんか俺何やってんだろう。

何したいんだろう。

もう訳わかんねえんだ」


これは、今日の進路相談でめためたに言われたんだな、とサトリは気がつく。

今日サトリとトウヤのクラスでは進路相談があったのだ。

1人ずつ進路担当の教師と進路について話し合った。

サトリは理系に進んで、生物が好きだからそっち系で、みたいな話を無難にしてきたのだ。

しかし陸上部で文系のトウヤは特にやりたい仕事も思いつかず、まるで彼が何も考えていないかのように進路担当教師に言われたのだろう。

思い返せば進路相談後のトウヤは機嫌が悪かった。


「何がしたいか、か。別に俺も具体的なことは考えてないんだけどな」


サトリはトウヤに同調した。

大学は確かに生物系に進みたいと思うが、将来どんな仕事をしたいかなんてまったく思い浮かばない。


「やっぱり?

何か同じ毎日に沈められて、そのまま埋もれてく気分でさ。

将来なんて考えらんないんだよ。

一生、今が続きそう」


トウヤが珍しく眉間にシワを寄せている。

よほど不愉快なことを言われたのだろうか。


「一生、今が続くのはそうなんだけどな」


サトリは考えながら話す。

「一生、今の形を変えながら今を続けるって感じかな。昨日の今と今日の今は少なくとも違うだろ。

昨日の夕方の今、トウヤは荒れてなかったよ。

だから明日の今も多かれ少なかれ違う今なんじゃないか」


トウヤは半分睨むようなすねたような顔でサトリを見る。


「そうなんだけどさ。同じ今も同じ毎日もないのもわかってるんだけどなー

わかってるけど、わかんねー」


「じゃあ、今度会社展示会行くか」


サトリは思いついたように言った。


「会社展示会?」


「うん。本当は高3とか大学3年とかが行くんだけどさ。

いろんな会社が新卒とかの求人のために会社紹介みたいのをデカい展示場でやるんだよ」


「へー、そんなんあるんだ」


「そうそう。具体的にどんな会社がどんなことやってるかみたらさ、

少しは将来の働く俺らのイメージわくかもじゃん」


トウヤの顔が少し明るくなる。

サトリも思いつきで言ってみたものの、すごくいい思いつきのような気がしてきた。


「そうだよな。具体的にどんなことするのか見てみるって大事だよな」


サトリは更に思いつきでトウヤを煽る。


「それにさ、さっきも言ったけど基本新卒の高3とか大学3年向けだからササイ先輩に開催情報とか聞いたらいいんじゃないか?」


トウヤの顔がパアアっと音をたてるように明るくなった。


「それだ!!これを機会にササイ先輩に進路相談してみよう!!

あわよくばササイ先輩と同じ大学に!!」


「ほどほどにな。ササイ先輩はそれこそ受験生なんだからさ」


「おーう」


暴走の気はあるが、トウヤが元気になってよかった。

サトリはほっとする。

あとはササイ先輩に無駄な迷惑をかけないようにトウヤを引き止めるくらいしとけばいいだろう。

それが大変なんだけど。


実のところサトリ自身も会社展示会はちょっと楽しみだった。

自分の世界を広げることができる。


自分が知らないだけで意外と身近に突飛でフレキシブルな世界があるかもしれない。

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