他人の気持ち

「なかなかササイ先輩と仲良くなるの難しいんだよなー」


帰り道、サトリの隣を歩くトウヤはぼやいた。


「そうかもな。ササイ先輩、いっつも誰かと一緒にいるから

なかなか二人っきりで親密になるのは難しいかもな」


サトリの言葉にトウヤはうなだれる。

大好きなササイ先輩。

男女問わず人気がありなかなかトウヤの相手までは順番が回ってこない。

回ってきたとしてもササイ先輩の前ではあがってしまってうまく話せず

緊張でからまわってばかりだ。


「ササイ先輩もてるもんなー。もう彼氏の一人や二人いたっておかしくないよな…」


いや、二人以上いたらダメだろ。


サトリは心の中で突っ込む。


「ササイ先輩、彼氏いないよ」


「何で言い切れるんだよう」


トウヤが唇を尖らせる。

身長180センチオーバーの男子高校生がやってもまったくかわいくない。


「こないだササイ先輩と話したときに「まったく男の子からモテない」ってぼやいてたから」


「マジでか!!」


今までどんよりしていたトウヤの表情がパアアっと明るくなる。


「ササイ先輩、地味に疎いからなあ。俺の気持ちとかまったく気が付いてなさそう。

たぶん他の男どもも同じで、必死にアピールしてるのにあの素敵笑顔でスルーされてんだろうな…」


トウヤは遠い目で川面を眺める。


夕日が川面に映りキラキラと輝いている。

川の岸辺では釣り人が竿を垂らし、サトリとトウヤが歩く防波堤の上では

二人をにランナーが二人を追い抜き、さらにサイクリングをする人々がランナーを追い抜く。


平和な光景だ。


恋バナしつつ帰宅する二人も風景に交じって平和に歩く。


「どうしたらササイ先輩に俺の愛が伝わるのかな」


トウヤはため息をつく。


「トウヤ気持ち悪い」


サトリも違う意味でため息をつく。


「気持ち悪いってなんだよ!人の恋心バカにすんなよ!?」


「いや、バカにはしてないけどさ。思うだけで伝わるとかないだろ。

思いを伝えるんなら、きちんと話して伝える。正直に。

人が自分のわがままを通すのにこれ以上の方法なんかないよ」


「わがままかなー」


「さあ?自分の思い通りにしたいと思うことで、

わがままじゃないことなんてないとなんてないと思うんだけど」


サトリもつられて川面を眺める。


弱冠の潮の匂いが混じった湿度の高い風が二人の間を通り抜ける。

ランナーもサイクリングする人々も向かい風に向かってかけていく。

風に向かって走るというルールでもあるんだろうか。

みんな同じ方向に走っていく。


それでいいんだっけ?


「そうだよな。思ってるだけで伝わるとか気持ち悪いよな。

八つ当たりした。ごめん」


「いいよ、それだけササイ先輩のこと好きなんだろ」


「うん。すごい好き。でもササイ先輩が何考えてるかわかんない時があって不安になる

誰か他の男のこと考えてたら、とか、それが彼氏のことだったら、とかさ。

まあ彼氏のことじゃないのはさっきわかったからいいんだけどさ」


トウヤは神妙な面持ちでサトリの顔を見る。


「他人だもんな。わかんなくて当たり前なんだよな。

俺だって思ってること他人にばれたら嫌だ。

でも不安になっちゃうんだよな」


サトリはトウヤの視線を無視して前を見る。

他人が怖い。

何を考えてるかわからなくて。

でもわかってしまったらもっと怖い思いをしそうな気もして、どうしていいかわからなくなる。


「俺だってそうだよ」


ボソリとサトリが答える。


「他人の気持ちなんてわからなくて当たり前なのに、それが不安になる。

なんか、俺のこと悪く思ってるんじゃないかって気が付いたらすごいネガティブになる。

たぶんそんなことないんだろうけど周り中から疎まれているような気すらしてくる。

それが、好きな人だったら余計に不安になるなんて当たり前だろ」


トウヤは少しほっとしたような顔で前を向いた。


「そっか。サトリもそうか」


「みんなそうなんだろ。口に出さないだけでさ。

そんなの口にしたら、すっげえ臆病な奴だって思われちゃいそうで

そうそう口にできないよ」


サトリはちらりとトウヤを盗み見る。

先ほどよりは少し晴れた顔をしていた。


良かった。

友人が元気になってくれたなら、恥ずかしいセリフを言った甲斐があるってもんだ。


「そういやケースケに聞いたんだけどさー、ササイ先輩って辛い物好きらしいぞ。

俺と一緒だ。好きなものが一緒って嬉しいな!」


「ストーカーにならないように気をつけとけよ…」


そのまま二人は前を向いてたわいない会話をしながら帰路についた。

二人とも最初よりは晴れた顔をして。

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