乙女心

「サトリ、お待たせ」


部活を終えたトウヤがばたばたと駆け寄ってきた。

部活中はあんなにきれいなフォームで走るのに。

やっぱりローファーじゃだめなのか?とサトリは疑問に思う。


「いや、いいよ。早く帰ろう。日が暮れてきた」


「そうだなー。それよりもだ。そんなことよりもだ。

サトリはササイ先輩と何話してたんだ?

ん?

内容によっては明日お前の机に菊の花飾るぞ?」


どうやらサトリとササイ先輩が雑談していたことにトウヤは気が付いていたらしい。

そして大好きなササイ先輩を友人に奪われることを危惧しているらしい。

サトリはわずかに冷や汗をかきながら答えた。


「大した話してないって。乙女心について教えてもらってました」


「先輩のか」


しまった。

答え方を間違えた。トウヤの背後に見えるどす黒い影は気のせいだと思いたい。


「違うよ。実はさっき図書室で宿題してたんだけどさ、

女子が遠巻きにニヤニヤしながらこっちを見てて。

キモいーとか、変なヤツーとか言われてるみたいな気がしたんだよ。

だからその話を先輩にしたら、それは乙女心によるものだってさ」


ササイ先輩にしたのと同じ話を簡単にトウヤに伝える。

トウヤには乙女心は理解できるのだろうか。

いや、無理かな。


「あー、話しかけたいけど、話しかけられない。

恥ずかしくってどうしようっ、的な?」


意外とまともな答えが返ってきた。

サトリは驚く。


「トウヤからまともな答えがっ!?

大丈夫かトウヤ。熱でもあるんじゃないのか?」


サトリは優しくトウヤの顔を覗き込む。


「お前なあ。ナチュラルに失礼だな。

サトリが女子の気持ちに鈍すぎんの。俺が普通なの。

なんでこんな鈍感男がモテるんだかぜんぜんわからん」


トウヤはため息をつく。

たぶん女子にとってはその鈍さがクールに見えてかっこいいのかもしれないが

それは大きく間違っている。

ただサトリは気づいていないだけなのだ。

典型的な理系男子とでも言おうか。


「俺、鈍いかなあ」


「鈍いよ」


サトリのつぶやきにトウヤはきっぱり答える。


「鈍いうえにネガティブだからなあ。

周りの目を気にしすぎなんだよ。

サトリは友達らしい友達は少ないかもしれないけどさー

それはお前が周りを怖がって避けてるからなんだよ。

お前って近寄りがたいんだよな。でも、そんなお前を好きな女子って結構いるぜ?」


「そっか、知らなかった」


どこまでも鈍い男・サトリ

勉強はできるし、人当たりも悪くないのだがいまいちうまく周囲に溶け込めないのだ。


「でもさ、近寄りがたい男を好きな女子って何?」


サトリが疑問を口にする。

トウヤに今言われたことが正しいなら、自分は臆病に人を避けている近寄りがたい人間なのだ。

そんな人間を好きだなんて、どうしてだろう。


「うーん。乙女心だからなー。

俺乙女心とか持ち合わせてないから想像で話すけどさ。

たぶん、女子にはお前が周りの人間を怖がってるのが感覚的にわかるんじゃねえのかな。

だからこう母性をくすぐられるーみたいな?

守ってあげたかったり、一人ぼっちのお前を救ってあげたい!みたいな?」


「…嬉しくないなあ」


微妙な表情のサトリ。

そうれもそうだろう。男子高校生が「守ってあげたい!」「救ってあげたい!」とか

同級生の女子に思われても嬉しいわけがない。


「ま、とにかく。サトリはお前が思ってるよりはモテてるんだよ。

そこんとこ認識だけでもしとけって。

そうしないとお前のことが好きな女子たちがかわいそうだろ」


「うーん。わかった」


納得はしていないもののうなずくサトリ。

サトリが乙女心を学ぶまでにはまだまだ時間が必要そうだ。

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