生きている
「なあ、サトリ。お前何で生きてんだ?」
学校帰り、隣を歩く友人・トウヤが聞いてきた。
「両親が避妊に失敗したから。その後特に死ぬ必要もなかったから」
思った通りに答える。
「相変わらずサトリは悟ってるよな。でもさ失敗か作成に成功したかはわかんないじゃん。
この厨二病さんめっ」
トウヤは相変わらずのはつらつとした笑顔でサトリを振り返る。
トウヤの顔の向こうには住宅街が広がっている。
いったいどれだけの人が生きて生活してんのかな。
反対側を見れば川が広がっていて湿気た匂いを充満させながら流れている。
あー平和だ。
「誰が厨二病だ」
厨二病云々はさておき、自分は作成しようと思って作成されたのか。
それともただの失敗の上の産物なのか。
あーこういう考えが厨二病なのかな。もう高校生なんだけど。
「サトリってさー、基本イイコちゃんじゃん。中学生の時の黒歴史とかないだろ?
特に反抗期もなくおだやかに成長をとげましたーみたいな?」
「そうだな。反抗期らしい反抗期はなかったかな。黒歴史って、思い出したくもないような
恥ずかしい歴史だろ?いや、とくにないよ」
「やっぱりかー。だから今厨二病中なんだな。いいんじゃん、成長速度って個人差あるし」
なんかバカにされてる気がする。
確かに、反抗期とかなかったな。イライラはしてたんだけど教師や親の前では
トウヤの言うとおりイイコちゃんしてたっていうか。
他の人に褒められたいとか
優しくされたいとか
認められたいとか
結局自分の存在価値を誰かに認めてほしかっただけ。
自分がしてほしいことを他人にしていたら、いつか誰かが同じように
自分に優しくしてくれんじゃないかって下心でイイコちゃんしてた。
川辺の匂いに包まれる。
そんなイイコちゃんしてた自分が今は恥ずかしいから、ある意味黒歴史なのかも。
「トウヤは黒歴史ってあんの?」
「あるよ。まだ言えないな。恥ずかしすぎて、思い出しただけで悶絶しそうだ。
成人とかしたら言えるようになんのかね。
自分の存在を誰かに認めてほしかったんだよね。それが斜めつっぱしったっつーか」
「…お前でもそんな風に思うんだな。お前のこと認めてる奴なんていくらでもいるだろ」
俺と違って
そんなネガティブで厨二病くさいセリフを切り落とす。
「思う。今だって思う。たぶんどっかの誰かは俺のこと認めてくれてんのかもしれない。
必要としてくれているかもしれない。でも、どっかの誰かじゃなくて
目の前にいる人に具体的な言葉でそれを伝えてほしいかな」
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みんな考えることは同じだな。
まだまだ子供だからかもしれないけど、具体的に、手で触れられる距離で
自分の必要性を他の人から伝えてほしいんだ。
「そっか。少なくとも俺はトウヤが友達で良かったよ」
「ありがとさん。このイイコちゃんめ。サトリも俺にそう言ってほしいんだろ。
言ってやるさ。サトリが友達で良かったよ。そういう訳で今日の数学の宿題移させてくれ」
「お前はもう少し下心を隠せ。数学の宿題は英語の宿題と交換だ」
トウヤが言ったことは的を得ていた。トウヤがそう言ってくれて嬉しかった。
だから宿題くらい見せてやろう。
「もいっこさー。死ぬ必要がなかったから生きているって言ってたじゃん」
「言ったなあ」
「じゃあ必要があったら死ぬのか?」
「必要の度合いによるな」
どのくらいの、どんな必要性があったら俺は死ななきゃならないんだろう。
あれ、今自分が死ぬことについて否定的だったな。
特に認識もしてなかったけど、本当はすごく生きていたいのかな。
「たとえば、サトリ一人が犠牲になれば世界は救われるんです。とか?
サトリの命を捧げることで何かが無事ですむとか?
あほらし。ゲームかっての。少なくとも今サトリが死ぬ必要性なんてないから
死ぬことなんて考えんなよ」
「お前が言い出さなきゃ考えもしなかったよ」
「それもそっか。それなら良かったよ。友達いないとさびしいからな。
俺がさびしくないようにサトリは生きとけ」
トウヤは友達多いんだから俺の一人や二人いなくなったって困んないだろ。
それでもいなくなったらさびしいと言ってもらえるのは嬉しいもんだ。
「じゃあお前も生きとけよ。俺友達少ないんだからな。
お前がいなくなったら携帯のアドレス登録が二桁きるぞ」
「少なっ。え?何があったらそんなに少なくなるんだよ」
「逆だっての。お前こそなにがあったらそんなに増えるんだよ」
「えー、家族と、友達と、バイト先の人と…部活の先輩とか?」
なんか聞いただけで多そうだ。
家族は両親と祖父母それぞれの携帯番号。
友達はトウヤとあと2人くらい。
バイト先の人は仲がいいのが年配の人だから携帯もってなかったり、
操作がわからなくて交換してなかったりで2人。
部活は入ってないからな。
全部で11人。
我ながら少ない。
使用状況も結局ほとんど両親に帰宅時間の連絡するのと
トウヤとの雑談・宿題相談メールくらい。あとはネットしたりSNSでゲームするくらいか。
携帯なくても生活できる気がしてきた。
つーかたぶんできるんだろう。
それでもそんなの関係なくトウヤには隣にいてほしいなあ。
そう漠然と思う。
トウヤに隣にいてもらうためには俺自身が生きてなきゃダメなんだよな。
「そういや、トウヤって部活やってたっけ。何部だっけ?」
「お前はひどい奴だな。友達の部活くらい覚えとけ。陸上部。
万年補欠の短距離です」
そういやそうだっけ。
だいぶ前に一度だけ競技大会に見に行ったことがあったな。
かなり微妙な成績だったのは覚えてるけど。
「なんかさ、部活してたらチームメイトとかから必要とされそうなイメージあるじゃん。
気のせいですから。万年補欠でろくな成績も残せなくて、それでも走るの好きだからしがみついてるんだけどさ」
「打ち込めることがあるならいいじゃん」
「そうでもないぜ。走ることだけに熱中したいんだけどさ。
やっぱ部活だから上下関係には気い使うしさ。
監督の機嫌取っとかなきゃ大会にも出られないしさ。
才能がある奴はそんなこと苦でもないのかもしれないし、結果を残してるから余計なことに気を遣わなくても
自分の競技に熱中できるからますます成績を残せて周りから必要とされてくんだよな。
具体的な言葉をもってさ。
羨ましいこった」
遠くを見ながらトウヤはつぶやくように語る。
結果を出せない自分にもどかしさを感じているんだろう。
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陸上部の監督は厳しい人だ。
前に説教しているのを聞いたことがある。
「努力を誇っていいのは結果を出した人間だけだ。
努力しました。だから結果が出なくても褒めてくださいなんてのは3流以下だ。
だいたいその努力が間違ってたから結果が出なかったんだろう。
正しい努力をしていたなら必ず結果はついてくる。
努力だけを誇るような人間にはなるな」
厳しいこという人だなって思った。
同時に正しいことを言う人だとも思った。
そういう厳しさに耐えられないと競技の世界ではやってられないんだろうな。
逆に厳しすぎてトウヤは少し参っているみたいだけど。
「一緒に走るか」
ふと余計なことを口走ってしまった。
でも、俺が運動不足なのは間違いないし、それを解消するついでにトウヤの自主練にもなれば
一石二鳥だろう。それでトウヤが走ることだけに熱中できてストレス解消になれば
ますますいいことずくめだ。
「あーありかもな。サトリは自転車だろ?俺は100メートル単位で区切って走るからさ
サトリは先に走ってって俺の記録測っててよ」
まあいいか。
ただの思い付きだけどそれでお互いのためになるなら、
お互いが生きていることと、誰かに必要とされていることを実感できるなら
きっといいことだ。
「おっけー。じゃあ、めげずにもうしばらく生きてみますかね」
「そうだな。まだ、もう少し面白そうなことが残ってる気がするしな」
人は一度生まれた以上簡単には死ねないから。
この友人ともうしばらく生きていくことにする。
悪くないだろ?
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