禍々しき樹海

 新幹線を降りてから快速急行に乗り、特急に乗り換え急行を乗り継ぎ、バスに揺られて……約5時間かけて青木ヶ原樹海の入り口とも呼べる場所に到着した……。


 ―――遠いわっ!


 しかもここから数時間歩かなあかん。

 ずーっと乗り物やったから歩くのは良ーねんけど……。


 ―――遠いわっ!


 俺なんかはグッタリした表情を隠せんけど、流石に利伽りかはしゃんとしてる。

 それでも何処か疲労感は漂ってるけど。

 ビャクとよもぎなんかは新幹線の時こそテンションが高かったけど、今は疲れた表情で体を引きずるように付いてきてる。

 ってゆーか、護衛で来てるんやったらもーちょっとしっかりしろと言いたいけど、不馴れな車窓の旅で疲れる気持ちもよー解る。

 

 樹海の周囲を回り込むような道を随分と歩いて、俺達の目の前に樹海中心へと続く道が現れた。

 国道からも大きく離れて、恐らく地元の人でさえ使わんやろう、舗装もされてない林道や。

 でもそこまで来て俺も利伽も、当然ビャクも蓬も疲れなんか吹き飛んだ。

 その道から、まるで吹き出るような嫌な霊気をヒシヒシと感じたからや。


「……なぁ……これって……」


 俺はその場の誰に言うでもなく呟いた。

 利伽は喉をならしてそれに同調する。

 俺達の緊張感とは違う雰囲気を纏い出したビャクが、舌舐めずりしながら俺の問いに答えた。


「間違いないですニャー。化身の気配だニャ」


「……しかも……かなり好戦的なようです……」


 ビャクの言葉を続けた蓬は、彼女とは対照的に淡々と冷静沈着な物言いやった。


「……ここ……で合ってるんやんな……?」


 余りに禍々しい印象を受けた俺は、利伽に確認をとった。

 彼女は手にした紙に一度目を向け、小さく頷いた。


「……ここで合ってる……っちゅーか、ここ以外に考えられへん……」


 竜洞会が表立った組織やないゆー事も、霊穴を封印すると言うことが大っぴらに公表出来へんゆー事も知ってる。

 だからこんな辺鄙へんぴな場所に、竜洞会きっての名家があってもおかしないんかもしれん。

 それにしても入り口からしてこの霊気はただ事やない。

 これやと、さっき話してた都市伝説をそのまま再現したようなもんや。


「場所合ってるんやったら、チマチマ考えててもしょうがニャいやん。チャッチャと行くニャー!」


「……大丈夫です、利伽さん……強力な霊気は……感じませんから……」


 今にも飛び込んでいきそうなビャクは兎も角、冷静に見える蓬の雰囲気もざわついてる。

 タイプは違えど、二人とも化身っちゅー訳やな……。


 御山から離れてる俺と利伽に、地脈とコネクトして戦う事は出来へん。

 今となっては彼女達が頼りなんやけど……なんやろ? この心許なさは。 

 てっきり道中は安全で、ビャクと蓬は保険程度に考えてた分だけ、目の前の霊気を目の当たりにすると不安が加速してまう。

 今は彼女達を信じる他ないんや。

 俺と利伽は顔を見合わせて息を飲むと、二人同時に樹海の道へと足を踏み入れた。





 揚々と先を行くビャク。

 その後ろを俺と利伽が続き、殿しんがりは蓬が勤めた。

 この布陣やったら大抵の事には対応出来るし、最悪利伽だけは逃がす事が出来る筈や。

 ま、何事もなく辿り着くんが一番なんやけど、こういった場合は大体が……、


 ―――嫌な方に予感は的中するもんや……。


「ん―――っ……見っけたで―――っ!」


 見つけんでえーのに、小道を少し外れた場所にビャクは比較的大きい化身を見つけるや、奇声を上げて躍り掛かり殆ど一撃のもとに葬り去った。


 彼女が飛び出した瞬間、全く別方向から無数の礫が俺と利伽に向けて放たれた!

 けどそのどれもが、砂埃一粒さえ俺達には届かんかった。

 蓬が展開した防御障壁は敵意剥き出しの化身が放った攻撃も、そして化身自身さえ通す事は無く完璧に俺達を守ってくれたんや。

 その障壁に阻まれてもがいている化身を、取って返してきたビャクが各個撃破していく。


 攻撃のビャクに、守りの蓬。

 二人が機能すれば、余程の事がない限り完璧な布陣やと思う程やった。


 しかしまー……、


 ―――悪い方に物事は進むもんや……。


「ちょーっと、待ちーやーっ!」


 ビャクが5体の化身を消滅せしめた所で、集まってきた化身達が逃げるように樹海の奥へと下がっていった。


「……っ!? ビャクッ……待ちなさいっ……!」


 嬉々として追撃に入ったビャクは、蓬の声に気付くこともなく樹海の奥へと姿を消した。

 それを確認したように、ビャクが向かった先とは反対側からこれまでに感じた物よりも明らかに異質な霊気が膨れ上がった!


「……バカ猫……」


 珍しく蓬がビャクを罵った。

 異質な霊気はその強さも膨れ上がらせていく。

 同時に樹木の闇からノソリとその姿は現した。


「……なっ……」


「……大きい……」


 どこに隠れてたんか、先日闘った人喫の悪鬼より一回り大きい人型の巨人が、木の枝をへし折りながら近づいてくる。

 俺と利伽は、その威圧感に声を失ってもーた。

 巨鬼は俺達を視界に納めると、牙の覗く口角をニヤリとつり上げた。


「……龍彦……利伽さんを少しの間……お願いできますか……?」


 気圧されとった俺に、蓬は小さく静かに……でも力強く問いかけてきた。

 その顔には少しの畏怖も戸惑いもない。


「……あ……ああ、大丈夫やけど……」


 俺にはそう答えるしか出来んかった。

 蓬は俺達をガードしていた障壁を解くと、近付いてくる巨鬼に単身歩を進めて行ったんや。

 

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