蓬の力

 俺達が見ている前で、よもぎと巨鬼との距離はみるみる縮まって行った。

 蓬に利伽りかを任された俺は、巨鬼と利伽との間に体を割り込ませる様な位置を取った。

 実際問題、地脈にコネクト出来へん今の俺では、到底目の前の巨鬼には勝てん。

 それどころか、攻撃を防ぐんも1回か2回が限度やろう。


 幼い頃からの修行とばあちゃんに施してもらった能力の解放で、地脈がなくても霊気を操る事は出来る。

 けど力のある化身に対しては、殆ど意味の無い物や。

 そして目の前の巨鬼は間違いなく力のある化身やった。


「どけー、わっぱっ! おではに用があるんぢゃーっ!」


 言葉に霊気を乗せる「言霊」として、巨鬼は蓬を怒鳴り付けた!

 向けられた先が蓬であるにも関わらず、その圧力は俺達の元まで届いたんや!

 ビリビリと肌で感じる威圧感に、俺も利伽も吹き飛ばされそうやったのにも拘わらず、当の蓬はさっきと何ら変わらん表情のままや。

 その雰囲気には空恐ろしい物さえ感じる。


 更に巨鬼と蓬の距離が詰まった!

 そして動いたんは巨鬼やった!

 両手を頭上で組み合わせたと思ったら、そのまま蓬に向かって降り下ろしたんや!

 体格差から言ーて、それは凶悪な一撃やった。

 まともに食らえば蓬なんか地面に埋まってしまうんやないかと言うくらいの!


 ―――ガギュンッ!


 周囲に聞き慣れへん音が響き渡った!

 蓬に向かって降り下ろされた巨腕の鎚は、蓬に触れる事が出来んと彼女と少し間を開けた空間で止まってもーてる!

 蓬が形成した薄く強固な防御障壁が、巨鬼の攻撃を完全に受け止めたんや!

 その現象をここに居る誰よりも信じられへんかったんやろう巨鬼は、蓬に向けて連打を浴びせかけた!


 ―――ガギョンッガギッガヅンッ!


 周囲に異音が鳴り響く!

 けどどれだけ巨鬼が攻撃を繰り出しても、蓬の防御障壁が破れる事も崩れる事も、蓬自身を後退させる事すら出来んかったんや!


「こんのーっ! 糞餓鬼がーっ!」


 業を煮やした巨鬼は、空中で巨大な棍棒を具現化してそれを蓬に降り下ろした!


 ―――ギギギンッ!


 一際甲高く響いた異音!

 降り下ろされた棍棒の風圧は、俺と利伽の元にまで届いた!

 凶悪過ぎる一撃に、俺達には最悪の事態も頭に浮かんだんや!


「蓬ーっ!」


 俺は思わず叫んでもーた。

 利伽も顔には不安が浮かんでる。


「……なんですか……龍彦……。そんな声を出して……」


 しかし降り下ろされた棍棒は、やはり蓬に届く事はなかった。

 思わず俺達は安堵の溜め息を溢した。

 そんな俺達の仕草が気に食わんかったんか、蓬の声は呆れた中にも心外と言わんばかりやった。


「……この程度の相手など……心配は無用に願います……」


「この……小童がーっ!」


 蓬の言葉を侮辱と捉えたんか (侮辱やったけどな)、巨鬼は持ってた棍棒を高々と振り上げた。

 けど今度はすぐに降り下ろしたりせーへんかった。

 頭上で持ち上げられたまま、棍棒はその形を変えてまるで槍の様になった!

 明らかにさっきよりも殺傷力と貫通力が上がってる!

 巨鬼はそれが形成されるや否や、蓬に向けてそれを突き刺すように降り下ろした!


 ―――ギッギューンッ!


 今までよりも遥かに甲高い音が周囲に響いた!

 体格差や力強さを見ても、蓬に最悪の結果が訪れる事が容易に想像される一撃やった!


 ―――人間の常識に当て嵌めれば……やけどな。


 正しく鬼のような一撃やったにも拘わらず、それを真正面から受け止めた蓬は微動だにしてへんかった。

 それこそ一歩の後退もしてへんかったんや。

 これには流石の巨鬼もたじろいだ。


「……あなたには……最強の盾が……最強の矛でもあると言う意味を……教えてあげましょう……」


 蓬の纏う雰囲気が変わった!

 今までの静寂な物から、攻撃性を含んだ物へと変質したそれは目の前にいる巨鬼に向けられてる。

 同時に彼女を被ってた防御障壁が形を変える!

 いや、形が変わったんやなくて、蓬が展開してる防御障壁の一部が盛り上がって、それが蛇の鎌首を持ち上げる姿となった!

 蛇の頭になる部分はやじりの様に鋭く尖ってる!

 それが何を意味するものなんか俺も利伽も、そして巨鬼も理解した。


「……ね……」


 ポツリと呟いた蓬の言葉。

 それは近くにいても聞き取れないほど小さい声量やったかもしれん。


 けど俺にはハッキリと聞こえた……。


 いや利伽にも、そして間違いなく巨鬼にも聞こえた筈や。

 どんなに大きな怒声よりもしっかりと、そしてどんな殺気よりも鋭く放たれた言霊は、意味を履き違えること無く遂行された。

 鎌首を持ち上げていた蓬の作り出した剣蛇が動き出す。

 それに気づいた巨鬼が腕を顔の前で交差させてガード姿勢を取った。


 ―――ヒュッ!


 鋭い風切り音を残して、鎌首が巨鬼を通り過ぎた。


 ………少なくとも俺にはそうとしか見えんかった……。


 ―――ドサッ……バタバタバタッ……。


 何かが地面に落ちる音……そして液体が撒き散らされて地面に落ちる音……。


 俺達の眼前で、蓬が踵を返して此方へ歩み寄ってくる。

 その後方で仁王立ちしている巨鬼は動かへん。


 ―――そらそーや……腕と……首が無くなってるんやから……。


 蓬の放った一撃は、巨鬼がガードする腕の上からお構いなしに貫き、巨鬼の首を撥ね飛ばしたんや。

 相手の防御力なんかお構い無しに、避ける隙さえ与えんかった攻撃は正に「最強の矛」っちゅー呼び名に相応しい力と凄絶さを持ってた。


「……タッちゃーんっ! 利伽さーんっ! ……ついでに蓬ー……」


 どこまで行ってたんか、樹海の奥からビャクの声が聞こえてきた。

 その声量からまだ随分と離れてるようやった。

 まー今更来てもやることはないけどな。


「……龍彦……如何でしたか? ……私の力は……」


 俺達の元まで来た蓬は、おずおずと、上目使いで俺に訪ねてきた。


「凄ーよ、蓬っ! 防御主体かと思ったけど、攻撃も凄ーんやなっ!」


 俺は素直に感嘆の声をあげた。

 実際さっきの戦いは圧巻やったし、今までよりも遥かに蓬を心強く思えた。


「……なら……その……頭を……」


「……ん?」


 蓬が俯き加減で更に声を忍ばせる様に呟いた。

 さっきの言霊でもなかったら、到底聞きとれへん程の声量や。


「……ご褒美に……頭を撫でてください……」


 良く見たら蓬の顔は真っ赤に火照ってた。

 彼女にとっては恥ずかしいことこの上ないお願いやったんやろう。


「おう。蓬、良ーやったな!」


 俺は蓬の頭を掴むように、ガシガシと撫でてやった。


「……ふふふ……」


 少し乱暴な方法かと思ったけど、蓬はかなり嬉しそうやった。

 俺は利伽と目を合わせて、脱力したように微笑んだ。

 生きてる長さや強力な霊気があっても、蓬は見たまんま蓬なんやと思ったんや。


「あっ! あーっ! タッちゃん、何してるんっ!」


 周囲の化身を一掃してきたビャクが漸く合流してきた。

 鬱蒼うっそうと茂る樹海を飛び回り、数多くの化身をほふってきたんやろーに、ビャクに疲れた様子は一切無く、着てる物に乱れも汚れすら一つもなかった。


「……ビャク……五月蝿うるさいです……」


 未だワシャワシャと頭を撫でられ続けている蓬は、気持ち良さそうな顔で気持ち良さそうな声を漏らした。


「ず、ずっるーいっ! ウチもっ! ウーチーもーっ!」


 まー今回二人は大活躍やったからそれはえーねんけど……。


 樹海の真ん中で二人の化身を撫で続けると言う不可思議な絵面が暫しの間続いたんや……。

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