第37話 3年の夏に吹く風

 翌朝。いつも通り『南かぜ風』に行くと、美樹が金髪に染めたいた。グッと色っぽくなっていた。スカートの丈も結菜と同じくらい短くなっていた。

「結菜に相談していたんだけど、思い切って染めちゃった。エヘヘッ」

「美樹、すっごい似合っているよ! 絶対に似合うと思っていたもん」

「こりゃ、男が放っておかないね」

 結菜と佐藤がそう褒めると、三上は美樹のスカートを下から覗きこむ。

「ギリギリですね。金髪にピンクですか……さすがです」

「ちょっと、友里、やめてよ」

 美樹は頬を赤く染めて恥ずかしがる。ヤバいくらいセクシーだ。

「まあ、落合によからぬことに利用されるかもしれないけど、高3の夏なんだもん。いいじゃん、見せようよ!」

 結菜がそう言うと、

「うん!」

と美樹は明るい声で返事をする。俺がよからぬことをする件は、誰も否定してくれない。

「でも、さすがに杉山も注意するんじゃねえ? それに他の先生だっているし……」

 佐藤が心配をすると、

「それなら大丈夫。杉山先生が、夏休みの間だけなら『気づかなかった』ことにしてくれるって。教頭先生にも、他の先生が『気づかない』ように頼んでくれるって言っていたわ。見た目に負けないように輝いてみろだって」

と結菜が答えた。

 もっと杉山の生徒でいたかったな、と思った。転校先の先生はどんな人物なのだろう? 俺は舌の肥えた生徒になっているから、苦労することになるだろうなと覚悟した。

「よし」

 小さい声だったが、三上は確かにそう言った。



 金曜日。結局、夏季講習に集中して参加できたのは初日だけだった。結菜と一緒に行きたい場所が決まらず、頭の中はモヤモヤしていた。

 そして、この日から、三上が結菜と美樹よりスカートの丈を短くしていた。

「友里には敵わないな」

「三上さんって、やると決めたら大胆なのね」

と美樹と結菜は羨望の眼差しで三上を見ていた。

「正、やったな! 友里のパンチラ、毎日見られるかもよ」

 佐藤は手放しで喜んでいる。しかし、ここまで短くすると、俺たちだけではなくて、他の生徒や、おっさんどもにも見られ放題ではないのか? 嫌な感じがした。

「落合君、悪いけどそれは無理よ。どのような体勢で、どのような角度なら、パンツが見られてしまうのか、鏡と向き合ってほぼ徹夜で研究したから。そう簡単には見せないわ。まあ、俊には見られてもかまわないけど……」

 どうして俺が見る気満々のていで話が進んでいるのだ? 俺が見たいのはあくまでも結菜のパンチラだ。

「キャッ!」

 何の悪戯か、強い風が吹く。結菜は素早くスカートを押さえたが、美樹と三上は間に合わなかった。

 俺と佐藤は、

「正、良い夏になりそうだな」

「そうだな、佐藤。台風に注意することにしよう」

と言って、がっちりと握手をした。

 そして、なぜだか、俺だけ結菜に脇腹を殴られた。俺が腹筋を鍛えたことを知って、最近は脇腹を狙って殴ってくる。

 思わず膝から崩れ落ちると、結菜のパンツが視界を占領する。おお、これで、女子3人のパンツをコンプリートだ。

 これから何が起きるか、おおよそわかっているが、記憶さえ失わなければそれでいい。


 帰宅すると、この日はアルバイトが休みだったので、楓と出かけることにした。

 頭の中で考えてばかりいても仕方ないので、遊園地や美術館、食べ放題のレストランなどを下見する計画を立てていたところ、

「私も一緒に行くーー!」

と楓に見つかってしまい、一緒に行くことになってしまった。まあ、何か参考になることを言ってくれるかもしれないし、多少何か買わされることを覚悟して連れて行くことにしよう。


「ええーー、外から見るだけなのーー!」

 都心の遊園地に行くと、楓が大きな声で不満を口にした。何度も聞いたことがあるが、大声を出して他人に見られても、これっぽっちも恥ずかしくないらしい。

「いちいち遊んでいる時間はないんだよ」

 俺は楓に構わないで、遊園地を後にする。何も感じるものがなかった。中に入らなくても、結菜と本当に行きたい場所なら、何かしら感じるはずだ。


 その後、国立新美術館、東京タワー、品川の水族館、代々木公園、渋谷のセンター街を見て回ったが、『南かぜ風』で結菜と一緒にパンを選んでいる時より、幸せな気分にはなれそうもなかった。


「もう疲れた! 私、歩けない……。お兄ちゃん、これ買って!」

 楓はそう言って座り込むと、渋谷のセンター街にあるショップのウインドウを指さした。

「買って、買って、買って!」

「ったく、どれだよ!」

「だから、これだって!」

 楓は立ち上がると、ウインドウに歩み寄って、飾られているミニフリルスカートを、あらためて指さす。

「これ!」

「ダメだ!」

「なんでよ!」

「短すぎるだろ、こんなの」

「だから良いのよ」

「ちっとも良くない」

「あっそ、それじゃお兄ちゃんは、私が高校生になって、短いスカートをはくようになった時に、皆にパンツを見られてもいいわけ? 今のうちに、家で練習したほうがいいでしょ? 練習用に買ってよ。慣れたら、外でもはくから」

 それは、練習用と言わないぞ。

「とにかくダメだ! 楓には早すぎる」

「……」

「泣いてもダメだからな!」

「お兄ちゃんなんか大嫌い! お兄ちゃんのバーカ!」

 あまりに幼稚な発言に、行き交う人たちが失笑しているが、楓はまったく気にしていない。楓とこうやってケンカをできるのも、あと少しの間だけだな。


 帰宅した時には、21時近くになってしまったが、母さんは『夕食を食べていない』ということだけを確認すると、俺たちを叱りはしなかった。ただ、一緒に行けなかったことに対して、若干拗ねているようだった。

 楓はミニフリルスカートをはいて、キャッキャッ言いながら、リビングにある扇風機の風で、スカートが上がるのを楽しんでいた。

 生意気なことを言うけれど、中学生らしいところもあるんだなあと思いながら見ていたら、

「変態!」

と一喝された。

 7,800円もするスカートを買わされた挙句に、変態呼ばわりされる。こういうの、楽しかったなあ。

「変態って言われて、何笑っているの? このド変態!」

 さすがに今の一撃は傷ついたので、テレビをぼんやりと見ることにした。最近、一人で部屋で過ごす時間が短くなっている。楓もリビングに居ることが増えたように思える。

 相変わらず続きが気になるところでCMに入ると、とある人気情報誌のCMが流れた。そこには、俺が探していた場所が映っていた。結菜と本当に行きたい場所が遂に決まった。

 そして俺は、自分の中に生まれていた、ある気持ちに気づいた。

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