第19話 正体不明の効力

 翌朝。俺の頭の中は『?』に支配されていた。昨日、結菜が拾って、鞄につけてくれたウサネズミのぬいぐるみが踊るように揺れている。ずっと揺れている。

「美樹、私と一緒に登校して本当に大丈夫なの?」

 結菜はゆっくりポテトサラダドッグを食べながら、美樹の顔を心配そうに覗いた。

「当たり前でしょ。だって、私は『クローバー諜報部』のメンバーなんだよ」

 美樹は不安そうな表情は見せずに、笑みを浮かべていた。

「よし! 気合い入った!」

 結菜は空手の型を披露し、

「薫たちから、美樹のことを絶対に守るからね!」

と美樹に言う。立場がまずいことになっているのは、自分のほうなのに……。

「心配すんなって。薫はそんなに嫌な奴じゃないって。まあ、多少はキツイこと言う時あるけどさ」

 珍しく無口だった佐藤がそう言う。この日から、佐藤も一緒に登校することになった。

 揺れている。この日から変わったことはもう一つあった。結菜の鞄にも、ウサネズミのぬいぐるみがつけられていて、俺のぬいぐるみと一緒に踊っているみたいに、ずっと揺れていた。

 結菜はそのことについて何も話さないし、佐藤と美樹も触れようとしなかった。

 ある日、突然、お揃いのぬいぐるみを鞄につけて登校したら、この2人は“付き合っている”と誤解されてしまうのではないだろうか?

 そうすることで結菜は、薫から、クラスの女子から、身を守ろうとしているのだろうか? 俺はアンパイだから。

 でも、昨日の結菜の目は、本気だった。薫に怯えている様子はなく、何かされたらやり返すと言う決意で満ちていた。

 だったら、どうしてお揃いのぬいぐるみを鞄につけてきたのだ?


 何の力だ? 登校中からその気配はあった。気のせいだろうと思っていたが、登校してそれは、はっきりした。

「おはよう」

 俺たち『クローバー諜報部』のメンバーが挨拶しても、クラスメイトどころか、すれ違う全員が無視をした。後輩たちも、教師たちも全員だ。

 3年1組の教室に近づく程、やけに静かなことがわかる。誰の声も聞こえてこない。

 俺は佐藤と目を合わせた。

 さすがの佐藤もこの状況に動揺しているようだった。そして、他の奴らにバレないように、俺に向かってゆっくりと小さく頷いた。

 俺が結菜の手をとり、佐藤が美樹と手をつなぎ、教室に入らないで引き返した。

 しかし、隣のクラスの奴らが教室から出て来て、前を塞ぐ。

「どこに行くの?」

 俺たちが振り向くと、薫が腕組みして立っていて、隣にはニタニタしている綾がいた。

「美樹、あんた彼氏いるんだって?」

 綾はそう言うと、より一層、ニタニタと笑う。

「何がおもしろのよ」

 結菜はそう言って、綾を睨んだ。

 すると、綾が結菜に飛びかかって、蹴りを放った。

 結菜は間一髪かわすと、正拳突きを繰り出すが、綾に避けられる。

 結菜と綾が対峙し、次の攻撃の隙をうかがっていると、

「もうすぐ朝のホームルームが始まる時間よ」

 と薫が言って、意味深な笑みを浮かべて、教室に戻って行った。それを見て、綾も後に続く。

 背後には相変わらず、隣のクラスの奴らがいる。逃げ場はなさそうだ。何かヤバいことが起こりそうだが、教室に入るしかない。最悪でも、結菜と美樹だけは、何があっても守らないといけない。そう思うが、あまりにも多勢に無勢だった。

「ちょっと、待ってろ。俺が、薫と話をしてくる」

 佐藤はそう言うと、1人で教室に入って行こうとした。

「佐藤君、私も一緒に行くよ。薫とはずっと一緒にいたし……」

 美樹がついて行こうとするが、

「そんなの通じないさ。俺が間違っていたみたいだ……」

 佐藤は美樹を制して、教室に足を踏み入れようとした。

 丁度その時、

「3年1組の佐藤、落合、安田、田中、職員室に来るように」

と校内放送が入った。声の主は教頭で、怒っている口調だった。昨日の件がバレて、逆鱗に触れてしまったのかもしれない。


「失礼します」

 俺たち『クローバー諜報部』のメンバーが職員室に入るが、誰も挨拶をしてくれない。

 そして、教頭は俺たちに気づくと、物凄い剣幕で歩み寄って来て、

「お前ら昨日、学校をサボって、遊びに行っていたらしいな! しかも、いかがわしい場所に入るところを見たという声まで届いているんだぞ! 今、お前たちの処分を検討しているから、今日は自宅で謹慎しているように! まったく問題児どもが!」

 助かった。これで学校から出ることができる。俺たちは目を合わせて安堵の表情を浮かべた。


 学校から脱出すると、誰かに見張られているかもしれないので、教頭の言いつけを守って、それぞれ自宅に帰宅してから、フリーメールで連絡を取り合うことにした。

 昨日、ラブホテルに行ったことがどうしてバレたのだろうか? あの辺りから通っている生徒でもいるのだろうか? それに、学校でのあの変化はなんなのだ? 誰がいったい何をしたのだ? 薫だけの力ではないことは明らかだ。それに、綾のあの身のこなし……。武術に長けていることをどうして今まで隠していたのだ?


 今日はずっと『?』に頭の中を支配されっぱなしだ。どうせなら、ぬいぐるみの『?』だけで、支配されていたかったのに。

 そして俺は、ただでさえ、頭の中がグチャグチャなのに、松葉杖をついて歩いている杉山と遭遇した。正直、面倒なことになったと思ってしまった。『クローバー諜報部』のメンバー失格だ。

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