第15話 俺は……

「それで、お前は置いてきぼりってわけか。今頃、結菜ちゃんと佐藤君、2人で帰っているかもな。美樹ちゃんは彼氏が迎えに来ていて」

 川上さんが、腕時計を見ながらそう言った。バイトで貯めたお金で買ったロレックスのデイトナだった。「こういうものは一生物だから安いもんだよ」とさらっと言っていた。ルックスのいい人が、名品を選ぶのだから、俺たちはさらに太刀打ちできなくなる。このデイトナも川上さんに買ってもらってさぞかし喜んでいることだろう。


 本当に“お手本”となる人だ。俺がそうなりたいかと問うと、やはりその答えはノーになってしまうのだが。俺にはそのスタイルがあまりにも完璧に見え過ぎていた。俺は、もっと、ラフな感じが良い。少しは、結菜と佐藤のことから気が紛れた。日本製の壁掛け時計がキチッと時刻を教えてくれる。21時を過ぎていた。スマホを何度チェックしても、『杉山救出諜報部』のメンバーから連絡がくることはなかった。


 吉岡先生に会えたのだろうか? 今日は朝から学校を休んでいた杉山の力になれる情報を得ることができただろうか? 本当に美樹には彼氏が迎えに来て、結菜と佐藤が2人で帰っているのだろうか? チェッ、もしそうならその様子を薫に見られてしまえばいいんだ。


 もし、今日、吉岡先生に会えなかったら、佐藤のことだから明日、また行こうとするだろう。結菜もよほど大切な用事がなければ、一緒についていくはずだ。美樹の場合は、デートの約束が入っている可能性が十分ある。割と高い確率で、結菜と佐藤の2人で出かけることになってしまいそうだ。

 しかし、先日再登用されたばかりで、急に「シフトを変えてもらえませんか?」とは言えない。


 杉山のためにも、今日、吉岡先生と会えているといいのに。ちくしょう、なんで誰からも連絡がこないんだ? 会えていたら、何らかしらの連絡がありそうだ。

「オッチー、そんなに怖い顔をしてはダメですよ」

 野村店長がホールに出て来て、いつも通りのニコニコ顔で俺に注意をする。

「す、すみません」

 そうだ。今は、仕事中だ。何をやっているんだ俺は……。

「怖い顔をしていると、幸せが逃げてしまいますからね」

 野村店長はそう言うと、

「はい」

と川上さんが返事をした。ずるい。俺がもらった言葉なのに。

「ああ、それから、オッチー。明日、天気が悪そうなので、お休みしてもらってもいいですか?」

「ありがとうございます!」

「そうです。その表情ですよ」

 野村店長はそう言って、厨房のほうへ消えていった。俺には見えていなかっただけで、この『渚四川飯店』は野村店長が引っ張っていたのだ。極力、自分は前に出ないというやり方で。

 やっと理解できた。野村店長は恋愛が上手に違いない。


 バイトが終わると、俺はまかないも食べずに、着替えて帰ることにした。もう23時を過ぎているが、佐藤に電話して、状況次第では会いに行くつもりだった。

 そして、着替えていた時に、スマホに待望の着信が入った。


「ごめんね、急に呼びだしちゃって……」

 『渚四川飯店』の近くにあるコンビニで俺を待っていたのは、薫だった。

「別に、他に用事ないし、かまわないよ」

 これは本当のことだった。ここへ向かう途中で、佐藤に2回電話して、lineでもメッセージを3回も送ったが、連絡をとることができなかった。結菜にもlineで『今日はどうだった? 何か情報掴めた? 』とメッセージを送ろうかと思ったが、それでは杉山をだしにつかっているような気がしてやめた。


 明日、バイトを休みにしてくれた野村店長に感謝した。まともな精神状態で働くことができなかっただろう。いや、待て。だから、休みになったんだ。明日は、俺が戦力にならないことを見越して……。明日休みになったのは、野村店長の優しさでもあるが、俺がまだ子供だからだ。


「そんなに怖い顔しないでよ。すぐに話は終わるから」

「だから、全然大丈夫だって」

 俺は少し強い口調で言ってしまった。

「もういい、私、帰る」

 薫はプイッと振り向き、コンビニから去って行く。

「待てよ!」

と言っても、薫の歩く速度は速くなるだけだった。

 俺は薫を追いかけて、前に立ち塞がった。

「ごめん。さっきは……」

 薫は泣いていた。

「悪い。変な態度とって……」

 薫は抱きついてきた。

 そして、2人で歩いて来た結菜と佐藤と鉢合わせになった。

 薫は結菜をギロッと睨むと、走り去って行く。付き合いが長いわけではないが、薫があんなに弱さを見せたのは初めてのことだった。

「追いかけろよ」

 俺は強い口調で佐藤にそう言った。

「できない」

 佐藤も強く否定した。

「行けって言ってんだろ!」

「嫌だっつってんだろ!」

「なんで嫌なんだよ!」

「嫌なもの嫌なんだよ!」

「なんだそれ、ボンボンのわがままかよ」

「ああ、そうだよ。ひがめよ、庶民が!」

「なんだと! 結菜、今の聞いたかよ!」

 俺と佐藤がもめていると、いつの間にか結菜の姿が消えていた。

「ダセーな、結菜に助け求めるなんて」

「はあ、なんでこんな時だけ結菜なんだよ。本当に調子がいい奴だな。ダセーのはどっちだよ」

 俺と佐藤が胸ぐらを掴みあうと、ふいに2人とも強めにげん骨をされた。


 振り向くと、そこには杉山の姿があった。

「本当にお前らダサいな。田中が望月を追いかけて行ったぞ。もう、子供は寝る時間だ。さっさと家に帰れ」

 杉山にそう言われると、俺と佐藤はその場で別れた。そして、お互いの姿が見えなくなると駆け出した。結菜と薫を捜すために。佐藤の奴も、きっとそうしているに違いない。

 こんな時に、杉山に注意をさせるなんて……。大人たちから見たら、俺はどれだけ子供に映っているのだろうか? 残念だが、俺の能力は“成長しない”ことなのかもしれない。


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