第14話 『杉山救出諜報部』始動!
昼休みになると、『杉山が体調不良で早退した』というニュースが入ってきた。そして、『不倫のちできちゃった婚』説が浮上し、学校中がその話題で持ちきりになった。
「あんな顔して、ヤリマンだったのね」
薫がそう言って笑った時、結菜が強張った顔を見せたが、美樹がすぐに話題を変えて、カバーしていた。
そして、もう一人、薫の発言を聞いて、目を怒りで震わせている女子がいた。あんなに怖い表情を見せるなんて意外だった。というよりも、三上が感情を露わにするのを初めてみた。学級委員らしい正義感か。それとも、学級委員らしい学級委員の中に隠れている、俺たちの知らない三上が出て来そうになったのか。
暗い。それだけで、いつも三上は蚊帳の外にいた。いじめられているわけではないので、俺はその違和感をスルーしていた。
学校から解放されると、俺たち『杉山救出諜報部員』は、そのまま佐藤の家に向かった。
「すごい! これ、全部、佐藤が獲ったの?」
始めた入った佐藤の部屋には、コレクションボードにいくつもフィギュアが飾られていて、結菜がくいついていた。
「親父に獲ってもらったのもあるよ。買ってもらうより、獲ってもらうほうがうれしくてさ」
「わかる! そうなんだよね」
「で、親父にねだっているうちに、俺も獲り方のコツをつかんだってわけ」
「今度一緒に行こうよ! 腕前、見せてよ」
「佐藤君、私にも教えてほしいな。獲れないと、悲しい感じになったりする時あるから」
美樹はやっぱり頼りになる。危うく、結菜と佐藤が2人でゲームセンターに行ってしまうところだった。
「オッケー! 俺、美樹とゆいぴーに嫌われていると思っていたから、スゲー嬉しいよ」
「佐藤、それなんだけどな……」
俺が理由を話そうとすると、結菜に肘で腹を殴られる。
「佐藤って、クラスの女子に人気あるみたいだから、ちょっとそっけなくしないと大変なのよ。わかるでしょ」
「他のクラスにも佐藤君のファンはたくさんいるしね」
「ああ、俺って罪な男だな……」
なるほど、薫が佐藤のことを好きなのは言わないで、こんな感じで伝えることがマナーなのか。薫に気があることに、佐藤が気づいていないわけがない。そして、そのことを結菜と美樹が気づいていないわけがない。それでも、薫が自分で佐藤に告白するまで、それを言葉にしないほうがいいのだ。
「でも、美樹、大丈夫なのか? 男子の家に来て、彼氏さんに嫉妬されたりしないの?」
最近、気付いたことだが、美樹は学校で男子のことを呼び捨てしたりはしない。必ず君付けで呼んでいる。理由を聞いたら、『呼び捨てで呼ぶのは、彼氏だけにしているんだ。エヘヘッ』と答えていた。そんなに彼氏のことを大切に思っている美樹のことが少し心配になった。
美樹が答えに困り、佐藤が少し驚いた表情をしていると、『ボキボキッ』と指を鳴らす音が聞こえてきた。しまった。誰にも言ってはいけないことだった。でも、これは美樹のことを心配して……。
「では、これから杉山救出諜報部の第一回作戦会議を始める」
佐藤が腕を組んで、そう宣言する。
「はい」
と結菜と美樹が返事をする。
俺は大きく頷いて、返事をする。結菜に口をガムテープで巻かれてしまったので、喋ることができないのだ。こんなんで、どうやって作戦会議に参加すればいいんだよと不満に思っていると、
「また、どこかのおバカさんがおバカなことをする前に、本題に入りましょう」
と言って、結菜が俺をキリッと睨む。
どうやら、心の声が聞こえていたらしい。俺は手の平を広げて出すと、どうぞ進めてくださいと、手を動かした。
「まず、今回の事件の容疑者にされているのが、杉山京子32歳」
佐藤はそう言うと、チェキで撮影していた杉山の写真を壁に貼り、
「地味な服装で知られていたが、今年度になってから、肌を露出するようになっている」
と続けた。
「この杉山が結婚相手に選んだ男が、教頭の松山隆51歳。昨年、8月離婚したばかり。上渚高校で一番嫌われている教員といっても過言ではない」
佐藤はそう言って、杉山の隣に教頭の写真を貼る。
「そして、事件のカギを握るのが、松山の元妻で、同じく教員の吉岡由紀子40歳。現在は、鎌倉泉高校で教鞭をとっているらしい」
佐藤はそう言って、高い鼻が特徴的な女性の絵を、教頭の写真の横に貼る。
「探偵でも雇ったの?」
俺が聞こうと思ったことを、結菜が聞いてくれた。
「まさかっ。そんなことしたらつまらないだろ。そんな男は最低だろ……。数学の加藤先生が、教頭の元奥さんと同じ学校にいたって話を薫から聞いたんだ」
薫の名前が出て、結菜と美樹が一瞬だけ目を合わせた。
「どうして、それを薫が知っていたのかは知らないけど、とにかくそれで俺は、加藤のところに行って、何か知っていることはないか聞いてみたんだ。あいつ、教頭と仲悪いから、顎鬚をさすりながら、嬉しそうに話してくれたよ。『吉岡先生は子供ができなくて悩んでいた』『教頭先生にEDの治療をすすめていた』『教頭先生の不倫を疑っていた』って、本当かどうだかわかないことをベラベラと……」
「別れた奥さんと10歳以上離れていて、杉山先生とは20歳近くも離れてる……。気になるわね」
「そうだね。薫たちが変な目で見るのは、こういうところも関係しているのかも……」
佐藤の言う通り、吉岡先生がカギを握っていそうだ。さすがに鎌倉泉高校に電話するわけにもいかないし、直接会いに行くしかない。バイトが休みになっている明々後日の『木曜に吉岡先生に会いに行こう』と言おうとしたが声が出ない。俺は、口からガムテープをはがす。もう時効だろう。そして、右手の指先についたガムテープを横着して、振り捨てようとしたが、なかなか指先から離れない。やれやれと結菜が、ガムテープをとってくれようとする。俺は意地になって大きく腕を振って、ガムテープを落とすことに成功する。そして、俺の右手は、勢い余って、結菜の胸に触れていた。やわらかかった。俺はその手を自ら離すことができなかった。次の瞬間、顔面にくらった正拳突きの拳の硬さが、より結菜のおっぱいのやわらかさを強調していた。
「まずは、吉岡由紀子とコンタクトをとる」
佐藤がそう言うと、
「はい」
と結菜と美樹が返事をする。
俺は口をガムテープで塞がれているので、頷いて返事をする。
「ゆいぴーは明日空いてる?」
と佐藤が聞くと、
「うん」
と結菜は素直に返事をする。
「美樹は、その、彼氏さんに嫉妬されないかな? もし、あれだったら、俺とゆいぴーで行ってくるけど?」
やられた。佐藤の家に来る前にバイトのシフトを聞かれたのは、このためだったのか。
「大丈夫。ちょっとくらい心配させておく必要もあるから。エヘヘッ」
男子はこういう感じで、知らず知らずに女子にコントロールされているんだな。それにしても、美樹は見事に佐藤から結菜を守っている。いや、違った。薫から結菜を守っているんだった。
「それじゃ、一旦、休憩。リビングでケーキでも食べようぜ。甘いものを食べたら、良いアイデアが出るかもしれないし」
「ごめん、佐藤。私、あんまり甘いものは……」
「大丈夫。ゆいぴーはそんな感じがしたから、ビターテイストのケーキをおふくろにお願いしといたから。バーベキューの時も、デザート食べていなかったもんな」
「あ、ありがとう」
一瞬、結菜が照れた表情を見せた。
「佐藤君はクラスの女子全員の誕生日を覚えているし、人を喜ばせる天才だよね」
「バレちゃった? 俺って、そういうところ出ちゃうんだよなあ。さあ、行こう、行こう」
「うん」
佐藤と結菜と美樹が俺を置いて、部屋から出て行く。
美樹の情報には誤りがあったが、喋れないので訂正できなかった。佐藤は、クラスの男子の誕生日も覚えている。
それにしても、おじさんとフィギュアを集めていたなんて、知らなかったな。こんな部屋だったんだな。佐藤の家にくると、リビングか客間でゲームしたり、庭でバスケしたりして、俺は今日まで佐藤の部屋に入ったことはなかった。
無理に自分の部屋を見せようとしないのも佐藤の良いところだと思っていが、結菜にはあっさりと見せやがった。
俺がリビングに行くと、3人はケーキを食べながら、俺のことなんか気にすることもなく、談笑していた。
結菜は、ピザ屋で俺に見せた姿とは違って、ビターテイストらしいケーキを上品に食べていた。
一応、俺の分も用意されていた。だけど、どうやって食べればいいんだ。結菜のおっぱいに触れてしまった俺は、両手をガムテープで縛られていた。
「落合君、食べないのなら、もらっちゃうね。エヘヘッ」
美樹は俺の分のケーキを取ると、遠慮なく頬張る。
それを見て、佐藤と結菜が愉快そうに笑う。流れに乗って、自分から笑いを取りに行き、ムードを良くするパターンも持ち合わせているのか。さすがは“調和を保つ”能力者だ。俺が美樹を見て感心していると、
「何、まじまじと見ているのよ。気持ち悪いな」
結菜はそう言って、俺の口を塞いでいたガムテープを勢いよくはがした。
「痛ッ! もっとゆっくりはがせよ!」
俺がそう反発すると、結菜はまたガムテープで口を塞ぎ、悪戯っぽく笑った。
わからない。結菜はいったい何の能力者なのだろうか? 好きでしかたがないのに、俺にはそれがわからなかった。
帰って、先ほどの柔らかい感触を思い出しながら、一人で楽しんだ後に、ゆっくりと落ち着いて考えることにしよう。
「どこ見ているのよ!」
自然と、結菜の胸を見ていた俺を睨むと、美樹は佐藤がサッと差し出したスリッパを受け取り、俺の顔面に投げつけた。
「ナイス!」
ボーリングでストライクが出た時のように、美樹と佐藤と結菜はハイタッチをしていた。良いチームなりそうだ。
ああ、俺の能力はいったい何なんだろう。このチームの役にたてる能力だろうか。そもそも、俺には能力なんてあるのだろうか?
能力者たちとこうして、友達でいられることだけで幸運なのかもしれない。
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