王子様は思い出す

 ヴィランが煙となって消えていく。エクスたち、王子様を含めた5人は煙が消えていく様子を見送った。

 煙が空に昇り、消え去った後に残されていたものは警戒音を鳴らし続ける箱だけだった。煩いそれに王子様は近づく。


「確かここをこうして……」


 王子様が箱に触ると箱は寝静まったかのように、先ほどまでけたたましく鳴り響いていた音を消す。


「おお~。王子、どうやったんです?」

「今、思い出したけど、この小さなスイッチを押すと音が鳴らなくなるようになるんだ。どうして、この機械がここにあるのかは全く思い出せないけど」


 シェインと語る王子様の様子を見て、レイナは眉を顰めた。

 王子様は色々とおかしい。もちろん、立ち振る舞いも含めて。

 本人は記憶喪失と言い張っていたが、前の星でも、その前の星でも王子様は案内人のごとく、その星についての詳細を語っていた。もっとも、彼が詳細を語るのは事が終わってからのみであったし、その語る内容も雲のごとくフワフワと頼りないものであったが。


 ──もしかしたら、王子様は全てのことを覚えているけど忘れているふりをしているんじゃ……。


 そこまで考えてレイナは首を振って今し方、自分で出した答えを否定する。


 ──そんな訳はないわね。あの能天気な王子様は隠し事とか苦手でしょうし。


 うん、と一つ頷いたレイナは黒い箱の前に立つ王子様とシェインを見遣る。先ほどから王子様とシェインは黒い箱に表示される数字を交互に読み上げていた。3~4桁の数字ならば、一秒ほどの間隔で変わる数字を読み上げることができる。しかし、それが、7~8桁ほどの数字では何桁か分かり辛くなったようで少し間誤付いた。そして、10桁を超えた数字だと王子様はお手上げだというように手を上げた。


「ダメだ。分からないよ」

「はちじゅうよんおくごせんろっぴゃくじゅうななまんごせんろっぴゃくごじゅうに、です」

「凄いね、マイフレンド」


 王子様から称賛の言葉を貰ったシェインは笑顔を浮かべた。笑顔といっても、基本的に表情が動かないシェインなので、今日、初めて彼女と会った王子様が彼女の表情を笑顔と認識できたかどうかは定かではないが。


「で、王子。これはなんですか?」

「数を数える機械だね」

「数を数える?」

「うん。何の数を数えているのか思い出せないけど、何かの数を数えているのは間違いない」


 シェインと王子様の後ろにいたエクスが首を傾げる。


「数を数えて、どうかなるの?」

「さぁ、ぼくにも分からないよ」


『結局、何だったのよ!』というレイナの声を後ろに王子様は笑った。


「ここはお気に召さなかったようだね。それじゃあ、次の星へ向かおう!」


 +++


 次についた星は煌びやかだった。それこそ、エクスたちが乗ってきた銀色の渡り鳥にも負けないほどに煌びやかだった。


「綺麗……」

「最高ですね」


 呆けたようにレイナとシェインは目の前の光景を自らの瞳に映す。女性陣と同じようにエクスとタオも目の前の光景に圧倒されていた。

 彼らの前に広がるのは光の園。黄、赤、青、緑、それだけではない、熊や鹿、それに、兎などの動物が小さな光の粒によって形作られていた。


「イルミネーション」


 王子様が呟く。王子様の声に反応したエクスは振り返る。エクスを見つめ、王子様はゆっくりと話し始めた。


「ここはね、全く以って、ヘンテコな星だった。ここは前、ガスの炎で照らす街灯しかない星だったんだ。けど、それだけじゃ寂しいから……ぼくはここにキラキラ光る電球をたくさん持って来たんだ」


 王子様はエクスから視線を離して上を見上げる。彼に倣い、エクスも目線を上へとやる。電灯の光が混じり合う空間は王子様のようだとエクスは心の中で思う。色々な色を放つたくさんの電球は煌びやかな衣装を着た王子様と同じ。


「調子でも悪いのかい?」


 エクスが眉根を寄せていたことに気が付いたのだろう。王子様はエクスの顔を覗き込み、彼の体調を気に掛ける。


「ううん。この景色を故郷の人にも見せてあげたいなって思ったんだ」


 本心を隠し、エクスは王子様へ答える。とはいえ、王子様へ答えた言葉も嘘ではない。確かに感じていたことだ。煌めく世界を多くの人に見せたい。ただ、それは王子様とイルミネーションが似ていたと感じるエクスの心の中心にあった感想ではないだけだ。


 王子様はエクスの言葉を聞き、頷く。その言葉はエクスの心を見抜いたのか、彼には似合わず含蓄めいたものだった。


「綺麗な景色を前にすると大人は目が曇る。どんなに光溢れる所でも、大切なことは目には見えないものさ」


 エクスは光の集合体から王子様へと視線を移した。

 何故か王子様とイルミネーションは、どちらも物寂しく感じる。理由はない。けど、確かに感じる。


 それに答えを得ないエクスは、その答えを求めて目の前に広がる光の世界へと目を凝らすのであった。


 +++


 彼らはしばらくの間、イルミネーションを見ていたが、この星では何も手掛かりは見つからなかった。そこで、再び銀色の渡り鳥にとって次の星へと向かう。


 次の星にあったのは一冊の本だ。それを上から覗き込む5人。本と言っても、文字がただ羅列されたものではない。本のページには絵が描かれており、その絵に対して指し示すような矢印と、その矢印の横に文字が書かれていた。

 そして、本に描かれている絵は地形。地図を一冊の本に纏めたものだった。


 だが、その本は通常の本とは非常に隔たりがあった。


「誰がこんなものを読むのよ。というより、読めるのよ」

「豪快でオレは好きだぜ、こういうのはよ」

「あまりにも使い難いです」

「ページを捲るのも一苦労だね」


 エクスの言葉に皆が頷く。

 王子様の言葉を借りるなら、へんてこな星。エクスが抱いた感想はそれだった。

 これまでも、この想区はへんてこだった。しかしながら、今回は今までに輪を掛けてへんてこだ。服や食事は理解できる。そして、数字が表示される箱は理解できない。

 つまり、これらは“普通”であると言える。理解の及ぶものと理解の及ばないものという線引きができるからだ。


 だが、彼らの前にある本は違った。この星にある地図の本ということは理解できる。だが、理解できないことがある。地図の本の大きさだ。家よりも大きな本。以前、訪れたシンデレラがいた城の敷地よりも大きいかもしれない。それほどに巨大な本だった。

理解できることと理解できないことが同時に存在する。それはへんてこだなとエクスは思った。


 自分の体と同じほどの大きさの字を見てエクスは王子様に尋ねる。


「王子様。この本は何?」

「これはね、地形を書き記した本だよ」

「地形を書き記した本か。地図みたいなもの?」

「そう。海や、大河や、町や、山や、砂漠がどこにあるのか詳細に描かれた本だね」

「ねぇ、王子様」


 ふと重大なことに気づいたレイナは王子様へとおずおずと尋ねる。


「こんなに大きな本があるなら、この本の持ち主はもっと大きいのよね? もしかして、この本の持ち主は巨人じゃない?」


 不安な表情を浮かべたレイナの質問を王子様は笑い飛ばす。


「違うよ。この本を作ったのはぼくさ。暇だったからね」

「紛らわしいことはしないで!」


 レイナと王子様のやり取りを見て、エクスは苦笑する。

 と、シェインがポンと自分の掌に拳を当てて音を立てる。


「姉御、大変なことに気づきました。この本を作ったのは王子かもしれませんが、王子が誰かにこの本を上げたという可能性もあります」

「シェイン、どういうこと?」

「つまり、王子は巨人に本を作ってあげたということかもしれないです」

「え?」

「この本に乗ってしまったシェインたちを巨人が見つけたらバチンと本を閉じられて、シェインたちはぺったんこになるかもしれません」

「ぺったんこッ!?」

「期待を裏切って申し訳ないけど、巨人はいないよ」

「シェイン! おふざけは禁止!」


 見るからに狼狽していたレイナは王子様の一言で騙されたことに気が付いたのだろう。怒りを再燃させる。


「お嬢。確かに巨人はいない。けど、それっぽいのはいるみたいだぜ」

「タオもふざけないで!」

「お嬢。落ち着いて、あっちを見てみろ」


 タオの指が指し示す方向にレイナは目を向ける。そこにいた存在を確認したレイナの目が丸くなった。


「ヴィランだ」


 レイナの目が丸くなった原因をタオは冷静に言葉に出す。

 導きの栞を手に持つレイナ、エクス、シェインを横に難しい顔をしたタオはややあって口を開く。


「聞き忘れていたが、タオファミリーに王子も加えていいか?」


『今はそんな場合じゃないでしょ!』というレイナの声に王子様は肩を竦める。


「マイフレンド。その話はまた後にしよう。怒られてしまうよ」

「団結感とかが違ってくるんだけどな」


 そう、ぼやきつつもタオはヴィランを打ち倒すのだった。


 +++


 ヴィランを打ち倒したエクスたちは王子様の案内の元、この星から次の星へと向かうために歩いていた。目的地はこの星にある銀色の渡り鳥たちの巣ということだ。


「ヴィランのこともこの地図の本に描いててくれりゃ良かったのによ」

「儚いものは地図には記さないんだよ。例え、それがどんなに大切なものでもね」


 歩きながら王子様と話すタオから目を離して、エクスは遠くを見つめる。エクスの目に煌めく光が入った。


 銀色だ。だけど、渡り鳥とは違う。同じ銀色だけど、明らかに違う。


 エクスはその銀色の正体を見極めようと目を細める。

 と、エクスがその正体を見破る間もなくシェインが駆け出した。


「ほうほう! 王子、あれは何ですか?」


 シェインが駆け寄る傍にあるのは銀色の金属で出来た巨大な何か。渡り鳥とは違う。星の光を集めたような銀ではない。そこにあるのは剣や槍の切先を思い起こさせる銀色だ。

 鈍く光る銀色を見て、一瞬だけ痛そうに頭を抑えた王子様は抑揚のない声でシェインに答える。


「あれは……あれは、ぼくのものだ。ああ……思い出した」

「それで、どういうものですか?」

「人が飛ぶための機械だよ」


 淀みない動きで、王子様は金属で作られた鳥のようなトンボのような形のものの中央辺りに腰掛ける。彼が座る所は穴が開いており、椅子なども備え付けられていた。


「次の星は“地球”。最後の星だよ」


 エクスたちは知る由もなかった。王子様が乗り込んだのは戦闘機と呼ばれる兵器であるということを。そして、王子様はそのことをエクスたちに教えるつもりはなかった。

 彼らには兵器は相応しくない。

 そう考えた王子様はただ口を閉じるのであった。

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