王子様は旅をする

 星屑で作られたような幻想的な渡り鳥。それらに乗ったエクスたちは次なる星へと辿り着く。

 彼らが銀の鳥に乗って辿り着いた星は先ほどまで居た白い星と同じように不思議な星だった。


「服だ」

「服ね」

「服だな」

「服ですね」


 彼らの前には服がズラリと並べられていた。古今東西の服を集めたバザールというのが一番近い表現だろう。見渡す限り服が置いている。色は赤、青、緑、黄、黒、白、その他にも紫、桃、珍しいことに金や銀色の服も置いていた。棚に整然と敷き詰められた服は買う気がないのにも関わらず、思わず手に取ってしまいそうだ。

 だが、ただ一つだけおかしな点があった。レイナは辺りを見渡す。客はおろか売り子すらいない。これはおかしい。これだけ立派なバザールに誰もいないなんて考えられない。まさか、カオステラーの仕業?


「姉御。こちらに」

「どうしたの?」


 考えに耽るレイナにシェインの声が耳に届く。何かカオステラーの手掛かりやこの想区についての詳細な情報を見つけたのだろうかとレイナは声のした方に目を向ける。目線の先にはシェインが手招きをしている光景があった。


「これなどはどうでしょう? たまには臍出しの服もいいと思います」

「遊ばないで!」


 それは服で遊ばないでと言っているのか、それとも私で遊ばないでと言っているのか? その答えはレイナのみが知ることだろう。エクスは緩んだ頬を引き締めて、レイナとシェインを温かい目で見つめる王子様に向き直る。


「王子様」

「どうしたんだい、マイフレンド?」

「王子様の想区ってどうなっているの? さっきまで居たところも今まで見たことがないような場所だったし。もしかして、カオステラーの影響で想区が変化したとか?」

「カオステラーが何なのかよく分からないけど、ぼくが来た時から、ここはあまり変わってないよ。変わったことと言えば人の代わりにさっきの丸っこくて黒い生き物がいるぐらいかな」


『そうなんだ』と呟いたルクスは王子様へと向けていた顔を前へと戻す。


「不思議な想区だね」

「ああ、ぼくもそう思うよ。それで、マイフレンズ。君たちは服を替えなくてもいいのかい?」

「オレはこの服が気に入ってるんでな」

「僕も遠慮するよ」


 一瞬ではあるがタオとエクスへ寂しそうな表情を向けた王子様は誰ともなしに呟く。


「おじさんとは違うんだね」


『おじさんって誰?』と聞こうとしたエクスは口を開こうとする。しかしながら、それは叶わなかった。


「もう! こんなことをしている場合じゃないでしょ! 早く行くわよ!」


 自分に纏わりつくシェインを引き剥がして、レイナは早足でその場を離れようとする。一人で先に進もうとするレイナに王子様が声を掛けた。


「マイフレンド! そっちは逆方向だよ!」

「先に言いなさい!」

「そんな無茶な……」


 幸運なことにエクスの呟きは頭に血が上るレイナの耳に入らなかったようだ。道を間違えた照れ隠しか、レイナは笑い声をあげる王子様とタオに『もう!』と声を荒げて彼らに詰め寄っている。

 と、王子様は顔を笑い顔から少し引き締めて優し気な笑みを浮かべた。


「そうそう、似合っているよ。その服」

「え? そう……なの?」

「うん!」

「あ、ありがとう」

「おお。これは姉御の珍しい顔が見れました。テンション急上昇です」

「揶揄わないで!」


 赤くなった顔へと冷たい風を送るために掌で仰ぐレイナは『それはともかく!』と話を変える。


「ここは想区の情報もあまり得られなかったしヴィランも見当たらない。次の場所へと向かった方がいいと思うの」

「お嬢の言う通りだな。ヴィラン所か人っ子一人いやしねぇ」


 タオに続いてシェイン、そして、エクスもレイナの意見に頷く。


「それで、王子様。他に私たちが行ける場所とかはないかしら?」

「うん、あるよ。それもいくつか」

「案内してくれる?」

「もちろん! マイフレンズの頼みなら例え火の中水の中!」


 胸を張る王子様は左手を上げて遠くを指し示す。


「次の星へ行こう! マイフレンズ!」


 +++


 次なる星への行き方はこの星へと来た時と同じ方法だ。銀色の渡り鳥に乗って次の星へと向かう。

 暗い宇宙そらを抜けながら頬に冷たい風を感じることで次なる未知との遭遇に対する期待と不安が膨らむ。瞳の中いっぱいに、目の前に広がる数多の星を閉じ込めながら先を行くエクスたちを先導していた王子様が乗る渡り鳥が下降する。それに続いて、エクスたちが乗る渡り鳥らもまた次の星へ降り立つために高度を落とすのであった。


「わぁ……」


 降り立った場所にある光景を見た瞬間、レイナは感嘆の声を漏らす。


「凄ぇ……」


 タオもレイナと同じような表情を浮かべている。


「王子様、これは?」


 レイナとタオから目を離し、エクスは目の前の光景を王子様に尋ねる。


「豪勢な食卓だね」


 王子様の言う通り、彼らの前には様々な料理の大皿が所狭しと並べられた大きなテーブルがあった。そのテーブルに乗せられている料理は色鮮やかで湯気が立っており、見る者の口内を濡らす。


「食べて貰うためにぼくが用意したんだ」

「いつの間に?」

「いつかの間に」


 エクスの問いから逃れるように王子様はテーブルへと歩き出す。


「早い者勝ちだよ!」


 そう叫んだかと思うと王子様はテーブルに向かって駆け出した。


「行くぜ、お嬢!」

「あ! 待ちなさい!」

「やれやれです」


 王子様に触発されたレイナたち、正確にはレイナとタオだけではあるが、彼らは王子様と共に饗された料理を片付けていくのであった。


 +++


 腹ごしらえが終わったエクスたちは王子様の案内で再び歩き出す。

 目的地は次の星へと向かうためのある場所。星の光を集めて出来た銀色の渡り鳥の巣だと王子様はエクスたちに説明した。


「ここにも手掛かりはなかったわね」


 銀色の渡り鳥の巣に向かう途中、少し気落ちしたようにレイナは呟く。


「次の星では何か見つかるといいね」

「ええ」


 こくりと小さく首を縦に振るレイナ。と、彼女の首に腕が回される。


「落ち込まないで、マイフレンド。笑顔でいたら、きっといいことがやってくるさ」

「キャッ! もう、びっくりさせないで」


 レイナは抗議の声を上げるも王子様には無駄だと悟ったのか一つ溜息をついた。とはいえ、愛想がない様子を見せても王子様は全く意に介していないようだ。鼻歌を歌いながらレイナを引き摺るようにして歩き出す王子様。

 彼らの足が向かう方向には銀色の光が見えた。エクスたちも彼らの隣に並び、渡り鳥の巣に向かって歩く。


 次の星には何があるのだろうか、それとも、また何もないのだろうか?

 エクスの期待と不安を乗せた渡り鳥は何も言わず、大きくその翼を広げるのであった。


 +++


「これは……?」


 降り立った先の星。そこには、またしても見慣れない物が鎮座していた。

 見た目は箱。銀色の枠で縁取られた黒い箱だ。その箱の中心には緑色で数字が表示されていた。その数字は一秒ごとに変わっていく。一桁の数字の時もあれば、すぐには判断できないほどの桁数の数字の時もある。どうやらランダムに数字を映し出す箱のようだとエクスは当たりをつけた。


「ほうほう……。興味深いですね、これ」


 興味深げに箱に近づくシェイン。黒く光沢のある箱のガラスのような材質に自分の顔が映っていることを確認したシェインは何の気なしに、ガラスに映った自分の顔に触れる。


「ムッ!?」


 シェインが黒い箱に触れたと同時にけたたましい警戒音が鳴り響いた。


「これって、もしかしなくてもシェインのせいですか?」

「そうみたいだな。ま、気にすんな。どちらかっつーと、お手柄みたいなモンだしよ」


 タオはシェインに笑顔を見せた後、導きの栞を取り出した。スッと目を細めたタオに倣い、シェインとエクスも彼と同じ方向に目を向ける。


「ヴィラン!」


 箱から鳴り続ける警戒音に釣られたのか、どこからともなくヴィランが徒党を成して現れた。丸々とした体形のゴーストヴィランが多く見られる上にメガ・ファントム、仮面を被った魔法使いのような形をした強力なヴィランまでいる。


「やっとお出ましね」


 レイナは導きの栞を手にタオの隣に並ぶ。

 エクスとシェインもやや遅れてではあるが導きの栞を取り出した。


 それからは早かった。

 数多の想区を超えたエクスたちは強かった。5分も経たないほどの時間で彼らは目の前に現れた全てのヴィランを倒したのだ。

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