求め続ける者たち

「先に行くね。操り人形より、生きた人間を刺したいんだ」

レナさんはそう言うと、歩みを邪魔するドールの首を、無駄のない自然な所作で刎ねた。

重力に引かれる林檎のように、美しい首は埃の積もったコンクリートに転がる。

彼女は一瞥もしない。


「仕方ないなあ。出ておいで、食いしん坊さん!」

猫柄のカバンは開かれた。

終わりの見えない具現化された悪夢は、手近なドールから飲み込んでいく。


 ドールは広いエントランスに散開し、人ではありえない速さでそれを回避する。

「ちっ、場所が悪いか」

食いしん坊さんを自分の周囲に撤退させた。

後には壁や床に削られた跡や、ドールの残骸が残された。

さながら戦禍の様相を見せる。


「ちょっと手伝ってくれる?」

微笑みながら私に言う。

迫るドールと優しい笑顔のコントラスト。

その不均衡は恐怖すら感じる。


「もちろんです」

ねこうさぎもうなずいてみせる。

「これあげる」

セナさんがコートのポケットから黒いカバーが現れた。


 私は何かわからない黒いもののチャックを開けた。

15センチほどの、縮小した槍のような形状。

先端は矢じりのように尖り、殺意をむき出しにしている。

金の指貫ゆびぬき

それが一対ずつカバーに入っている。


「ありがとうございます」

金輪に指を嵌め、速やかに右手を前に突き出した。

眉間への致死の一突き。

一瞬の固い感触。

その後は手応えを感じられない無感覚。

すぐそばまで来ていたドールは崩れ落ちた。


「ドール自体は魔法で動いてない。魂がドールを動かしてる。これ、中身は人間ですね」

「中にあるのは人間の魂だよ」

彼女は確信的に断言した。

あの人はこれの正体を知っている。

私の確信。


 魂は器に応じた形をとる。

人型であるドールなら、人と同じ形。

急所も人と同じとなる。

魂ではなく、魔法で動いたマネキンより脆弱だが、細かい所作ができる。

そこに魔法生物の救命虫と、魂の違いが現れる。


 1本の矢が空を切る。

電撃的な一撃の先にいるのはねこうさぎ。

「複数ならいいけど、1本で仕留めるのに奇襲しないなんて素人だなあ」

ねこうさぎは一撃をゆったりした、公園を散歩するかのような、自然な動きで回避してみせた。


「避けられたときの次弾代わりは君ね」

回避した場所に突き出された槍に対し、片方の前足を上げるだけで避けてみせた。

一撃は冷たいコンクリートを穿っただけ。

完全に攻撃を見切っている。


 ねこうさぎはうさぎらしく飛び跳ねた。

後ろ足をばねのように使い、宙に白い体が舞い上がる。

槍使いのドールの肩にふわりと着地。


 首への致命的な一噛み。

「魂食べちゃった」

膝を折り、崩れる槍使い。


 ねこうさぎは新たな敵の攻撃に気付き、肩からジャンプした。

虚空を切り裂く曲刀。

白毛をかすめる鋭利な一振り。


「踏み込みが甘いよ。もっと勇気を出して踏み込んでいれば、僕を殺せたのに」

余裕は崩れない。

着地するや否や、再びジャンプ。

喉仏にかぶりつく。

「大振りなんかするから、ガードできなくなってるよ」

先ほど同様に崩れるドール。


 彼は次なる得物を見据えた。

床を蹴り、走り出すねこうさぎ。

その間に弓が飛翔する。

しかしねこうさぎは避けようとしない。

それどころか速度をさらに上げて疾走する。


 射手は死んだ。

接近を許したそれは、脇腹に噛みつかれ、魂を喪失した。


「やるじゃない」

感心の言葉を漏らしたセナさんは、食いしん坊さんをたゆわせ、ドールが接近すると食いしん坊さんで自分を囲み、相手の動きを止めた。

動きを止めたドールには、食いしん坊さんの突撃が襲う。

武器すら残さず、それは姿を永遠に消された。


 私のところにも大太刀を下段に構えたドールが来る。

迫るそれに、こちらから一気に距離を詰める。

最初の一撃さえ避けてしまえば何も怖くない。

むしろ刀を振らせてしまう方がいい。


 下段からの振り上げ。

迫る刃。

足先に力を込めた。

飛び上がり、回避と顔面飛び膝蹴りの同時行動。

バランスを崩し、後ろに倒れ込むドール。

すかさず眉間に必殺の刺突を加える。

ひとつの魂の死の生産が完了した。


******


 そこに広がるのは冷たい空間。

そこにあるのはテーブルと椅子のみ。

それを飾るのは金髪の女性。

彼女の虚無感の象徴する部屋。


 そこにレナはたどり着いた。

「見つけたぞ。じゃあ始めようか」

ナイフを金髪の女性、アイリに向ける。

向けられたアイリの目には何も映っていない。

ただ'そこにある’だけ。


 混じりっ気のない純粋な殺意。

怨恨でもなんでもない、ただ人を殺したいという衝動のみがナイフに注がれる。


「なぜ私達を狙う?」

純粋な疑問。

「それが私の仕事だから。あなた達に何も感じないし、何も思わない。ただ対象を消すだけ」

「それはあんたの目を見たらわかる。あんたは何も見てない。感情も感じない」

無言の肯定。

「私は憎悪の器。器になって感情を得る。たとえ一時的な、擬似的なものであったとしても」


 アイリに向けられる蔑視。

そして何かを諦めた、呆れたかのようなため息。

「わかった。じゃあ命乞いをするな、感情を見せるな、黙って死ね」


 レナは駆け出した。

急所への最短距離を走る。

アイリは動かない。


 刃は首へ閃いた。

彼女は首を傾けそれをかわす。

カウンターの十徳ナイフがレナの脇腹を狙う。

鼻息をわずかに漏らしながら、体をひねり一撃を避けた。


 アイリは避けられた反動で、体が前につんのめる。

もらったとばかりに、左手の拳がアイリの後頭部に振るわれる。

しゃがみこみそれを避ける。


 しゃがんだまま右手を地に置き、左足に力を込め、右手を軸に体を回した。

足元から繰り出された回し蹴りに、レナは思わずバックステップで、のけぞりつつ回避した。

しゃがんだ状態だったアイリは追撃をかけられず、その間にレナは体勢を立て直す。


 起き上がり直後を狙い、レナは距離を詰める。

今度はアイリのバックステップ。

距離を取り、状況はイーブンとなった。


 今度はアイリが距離を詰める。

腰元で十徳ナイフを構え、レナに殺意の塊を差し向ける。

距離など最初からなかったと錯覚するほど早く迫りくる。


 きらめく一閃。

一瞬の鈍痛。

漏れる吐息。

レナの左の上腕に突き刺さる短い刃。

「切断!」


 ぼとりと腕が落ちた。

最初から取れるように設計されていたかのように。


 噴き出す鮮血

表情は歪み、醜く苦悶する。


「くそが!」

傍らの椅子を迫るアイリに蹴飛ばした。

それをとっさにそれを避けてみせる。


 前進の停止。

椅子に注がれる視線。

零れ落ちた勝利。


「てめぇの負けだ」

脇腹に突き刺さったナイフ。

正確に肝臓を抉った一撃。


「いやだ……私はまだ死にたくない……私を……コケにした……ねこうさぎと依頼の……遂行を……」

レナから離れ、冷たい床に行く。

無言、流血。

ひとつの終わりとひとつの獲得。

「感情が手に入ってよかったな」


******


 明るい世界。

カーテンの隙間から、眩しい日差しがレナの顔を覗き込む。

周囲を見渡す。

自室のベッドですやすや眠っていた。

静かな確信。

まどろみの殻を破り、覚醒の外に出る。


「おはよう! もう10時だけど」

白い尻尾を振り、深淵のような目でレナを見据えるもの。

ねこうさぎがそこにいる。

「事務所まで連れて帰るの大変だったにゃあ。左腕を持っていかれるなんて、不覚にもほどがあるよ」

抗議の声。


「好きでやられたわけじゃない! それにお前はここまで運んでないだろ!」

これにはねこうさぎもしょんぼりしてしまう。

「2週間後に協会から義手が届くんだけど、届いたら食べちゃうよ?」

「性根の腐った畜生が」

ねこうさぎは得意げな顔で、ひげをひくつかせている。


「義手が届いたら早く慣れてね。まだ事件は解決したわけじゃないらしい」

「は? アイリとかいう女は確かに殺した。肝臓をやられて生きられるものか!」

そんなのわかっていると言いたげな顔をするねこうさぎ。

「あの人の死体は回収したし、それはわかってる。セナ曰く、黒幕がいるらしい」

「今度はそいつを殺せばいいんだろ?」

「……そうにゃ」


 殺すか殺されるかの両極端でしか、物事を見れない愚者だと、ねこうさぎは心の内で毒づく。

ただセナの指示に従うだけの人だから仕方ないと思い直し、ジャンプしてドアノブを回して退出した。


「あと何人殺せば満たされるんだ」

孤独なつぶやき。

不満が失われたはずの左腕を疼かせる。

死に際の変節など見たくはないのであった。


2章 終

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