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 健二はこの前会った時よりさらに上機嫌だった。連れてきた真由子を見るなり、満面の笑みでこちらに近づいてきた。一通りお互いの紹介を終えると、健二はすぐさま僕を手招きして、どういうことなのか説明しろ、と小声で横っ腹を小突いてきた。若干僕は優越感に浸っていた。



 真由子が港を見に来たかったということを知ると、健二は僕ら二人を連れて港の案内を始めた。思ったより船がたくさん停泊しているようで、漁師の方もせわしなく作業をしているところを見ると、わりかし栄えている港だということがよくわかる。健二によると、最近は少し早いが秋サバが旬であるらしい。すると、真由子はおそらく反射的に隣でぼそっと呟いた。


「食べてみたいな」


 地獄耳なのか、この言葉を健二は聞き漏らさなかった。健二の実家は離れで小さな定食屋も営んでおり、漁師の方々はもちろん、遠方からの旅行者からも人気は高いお店だという。僕たちはそこで昼食をとることにした。




 実際、彼のご両親が作る料理の数々は絶品と唸るほか無かった。確かに、今の季節で魚自体にも脂が乗っているのはわかるのだが、味付けが僕の味覚には丁度良い塩梅だった。真由子も隣で一口ごとに美味しそうなリアクションを取っていた。健二はその度に幸せそうな表情を浮かべるのであった。そんな彼の口の周りにご飯粒がついていたことを教えなかったのは少し意地悪だったかなと思っている。



 食事を終え、彼女がお手洗いに行っている間、健二は突然ずいっと顔を僕に近づけてきた。そして、彼はいつにもまして真剣な表情で一つ質問を投げかけてきた。



「お前、真由子さんのこと、どう思ってる」


「はあ?」


 僕は、想像していた質問が来て「やはり」と思った反面、聞いてきた健二に少しの違和感を感じた。僕もそうだが、真由子のことを初めて見たのは昨日のことであり、ましてや彼に至っては今日初めてお互いを認識しあったわけである。そんなに簡単に人を好きになったりしていいものなのか。どうせこの質問の後には、健二が真由子のことを好いているという宣言がなされるであろうと予想はついていた。



 しかし、彼は僕にこう言い放った。




「お前ら、なんかお似合いだぞ」




 えっ?と言わざるを得なかった。この言葉は単なる健二の照れ隠しだと思いたかった。だが、僕の脳内はこの一言によってぐるぐると猛スピードで回り始める。



 僕が真由子とお似合い。はたからそう見えるなんて思いもしなかった。彼女は僕が今まで出会った女性の中でも断トツで美しい。スタイルも顔も一級品だ。そんな人間と、別に見た目も性格も大して特徴のない僕がお似合いだなんて、馬鹿げた話である。そんな前提から、僕は自分の心の中で、真由子に対して、憧れという無難な言葉を使うことで恋愛的な感情を抱くことを恐れていた。というより、認めたくなかった。しかし、彼からの一言で事態は急変した。なんだか胸が熱い。心臓の鼓動が早くなる。この感情はなんだろう。


 そんな混乱状態の僕に、健二は続けて言った。



「お前、他に好きな人とかいないのか。だったら――」






 健二の言葉はそこで途切れた。厳密には、『僕の頭の中で』途切れた。

 自分は忘れるはずのなかったものを一つ忘れていた。


 途端に自分が憎く思えた。

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