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 そもそも、一人旅をすることになった理由は結構深刻な出来事がきっかけだったりする。


 僕は、1995年に東京都で生まれた。兄弟には4つ上の信行がいる。18歳で都内の有名な大学に入学したところまではさほど特筆すべき事項のない、一般的な人生を歩んできた。僕の人生が狂い始めたのはおそらく今から1年前の20歳に成りたての頃だった。


 父親の会社が倒産し、危うく家を失いかけることになったのだ。続けざまに母親の不倫が発覚。両親は離婚し、僕たち兄弟の親権は協議の結果母親に委ねられた。現在父と呼んでいる、いや呼ばされている人物と僕は血が繋がっていない。決して悪い人間ではないのだが、やはりどうしても違和感が残る。兄は就職して、神奈川に一人暮らしを始めた。母と新しい父と三人で囲む食卓はひどく味気ないもので、あらゆるものへのモチベーションが著しく低下した。大学のサークルにも顔を出さなくなり、授業もまともに受けることなく大学内を友人とぶらつく日々。楽しみといえば、奇跡的に僕なんかに出来た彼女、岡田 唯とデートをすることくらいだった。


 唯はとても気さくな女性だ。はじけるような笑顔をよく僕に見せてくれる。好きという気持ちをちゃんと言葉でも態度でも僕に示してくれる。交際してもう1年近く経とうとしているが、その関係は良好と言えるものだと胸を張れる。


 唯はもちろん僕の両親が離婚したことも、新しい家庭に馴染めていないこともみんな知っていた。だからこそ当時はよく遊びに誘ってくれたし、心の隙間を埋めようと色々なことを必死になってしてくれていた。僕にはそれがとてもありがたかった。そんな唯が、7月の初旬にこんな話をしてきた。



「そう、留学。イギリスのロンドンに行くんだ。…1年間。」


 彼女は俯きながら話した。昔から海外留学をしたいと夢見ていたことは付き合う前からよく聞いていたが、本当にするとは寝耳に水だった。しかも1年。計画は少し前から立てていたそうだが、親の許可が下り確実になるまでは僕には話さないでおこうと思っていたらしい。しかし、ここまで突然だと正直どんなリアクションを取っていいかわからず、僕は無理やり笑みを作って虚勢を張った。


「そっか。夢だったもんな、留学。凄いじゃん。頑張って来いよ、その間俺は一人旅でもしようかな」


 この時に、一人旅をしようなんて本気で考えているわけでもなく、ただ唯の留学に対抗してるぞという薄っぺらい冗談を言っているつもりだったのだが、その言葉に唯は予想以上に反応してしまい、いつの間にか僕の一人旅の計画を立ててくれたのだった。


 都内から電車で3時間ほどのところにある海沿いのコテージ。唯が好きそうな場所だ。8月の終わりから9月の初めにかけて、大学の夏休みが終わる前に最後の息抜きをしてこいと軽く背中を叩かれた。まあ、いつも息抜きしかしていないような人生だが、僕はこの計画を立ててくれた彼女に感謝している。


 とはいえ、彼女と1年間会えない事実はやはり思った以上に厳しいものだった。一番には寂しさが僕を苦しめた。親とのコミュニケーションを好まないため、唯との会話や連絡のやり取りが心の救いになっていた。それが当たり前になりかけてきた今、取り上げられてしまうのは精神的につらいものがあった。一人旅、この期間で果たして僕の乾いた心は満たされるのだろうか?寝て、起きて、海を眺めながらぼーっとするのも悪くないのかな…。



「あのう、こちらに宿泊される方、でお間違いないですかね」


 僕は、はっと我に返った。どうやらロビーのソファに腰かけて、うわの空のままだいぶ時間が過ぎていたようだ。受付を済まさずに佇んでいるのは流石に奇妙である。

 慌てて、少し声が裏返ってしまった。




「は、はい。深沢、深沢 敦司です。お世話になります。」

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