夕焼けの行進
鬼神社
1
もう蝉の鳴き声など、聞こえなかった。
生い茂る雑草と、生半可に舗装された砂利道のような道路。僕は一人で、未だに照り付ける太陽の下、目的地へと足を進めていた。もう、降りた駅から20分は歩いている。交番に置いてあった近隣の地図を見る限りでは、こんなに歩くとは思っていなかったのだが。しかし、もう戻ることも面倒だ。頭の中で独り言を呟きながら、重くなりかけている自分の体を鬱陶しそうに前へ前へと動かすばかりだ。もう何十分かかったかわからないが、曲がりくねった道をやっと抜けたときだった。
「―――あっ、」
見慣れていた草の緑色と地面の黄土色とは明らかに違う、目を突き刺すような刺激的な青色が、僕の目に飛び込んできた。都会で見るような海とは違う、透き通った青。久々にこんな色を目の当たりにして、思わず声にならない声を出してしまった。そして、この海が見えたということは、おそらく僕の目指していた場所の極めて近くに自分が達したことも表していた。案の定、砂浜に足を踏み入れたと同時に、左手に木製の建物が姿を見せた。僕はゆっくりと砂を踏みしめるように歩を進め、その建物にかけてある看板を注視した。
『コテジ なかむら』
僕はコテージとコテジの違いなど分からないのだが、おそらくどちらも小奇麗な小屋を意味していることはなんとなくわかる。そう、ここが僕が1週間泊まる宿である。僕は、改めてこのコテージの周りに目を向けてみる。そこまで広くはないが太陽に照らされて白く光る砂浜と、日本にしては比較的綺麗な海。この周辺には見る限り、このコテージ以外の建物は2つほどしか見当たらない。民家のような小さい古めの木造建築と、ボートの貸し出し所である。この建物の少なさが、より一層この周辺を開けたように見せている。
素直に、いい場所だと思う。ここを選んでよかったんじゃないか、とまだ宿に入ってすらいないのに思ってしまうほど、僕は短絡的な人間である。…さて、早々に宿泊の手続きを済ませてしまおう、と体重をかけると少し撓る階段を数段上って、入り口の扉に手をかけようとした。
ガチャリ、と扉は内側から開いた。
中からとても白い肌の女性が姿を見せた。僕の存在に気付き視線を前に向けたので、ちょうど目が合った。身長は170㎝くらいの僕とそこまで変わらない目線だった。
少し茶色がかった透き通った瞳。ずうっと奥まで見えてしまいそうな深さに気を取られ、彼女の瞳を数秒見つめてしまっていた。
「えっと、ごめんなさい。どうぞ」
彼女は少し困惑しているのか、苦笑を浮かべながら中への道を譲ってくれた。僕も、すいませんという小さな声を絞り出すようにして、そそくさと中へ入る。
扉は閉まった。耳がとても熱い。
まだ、今の季節は夏のようだ。
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