最終話 カリーネ、再び旅立つ

「なぜだ……なぜ……どうあっても私は負けねばならないのか?」

 5人のヒーローに打ち倒され、地に伏すアーネストを夕陽が照らしている。苦悶の表情で言葉を振り絞る彼にエクスは言葉を掛ける。

「違うよ。カリーネは何があってもオオカミたちを守ろうとする。お前の敗北は単なるその結果なんだ」

「成る程、それでは勝てぬはずだ……」

 エクスにはその猟師の最後の呟きが、悔しげでもあり、どこか満足げな響きすらあるように聞こえた。そして瞳の赤い光が消えると、どうやらそれきり彼は動かなくなった。

「やった……! 猟師倒した。みんなのお家、守れた……!」

 喜び小さく跳ね回るカリーネ。レイナはその様子を温かい眼差しで見ていた。すると山の方からオオカミの遠吠えが響く。

「! ニーサマも無事みたい!」

「本当! よかった!」

「うん! エクスたちのおかげ! お礼!」

「ソレは遠慮させてもらうよ」

 また例のお礼攻撃が始まりそうになったので、これを丁重に断った。それを見ていたレイナがふん、と鼻をならしている。

「よう、カリーネ。色々言って悪かったな。ただ……あんまり兄貴に心配かけんじゃねえぞ」

 タオが洞窟での一見を謝罪しつつも、兄貴分の立場として短くカリーネを窘めた。

「う……ごめんなさい」

「大丈夫ですよ。守られてばかりでなく、お兄様を守りたいというのも妹心です。タオ兄はもう少し妹分の気持ちも勉強するべきですよ」

「お前なあ……」

 カリーネを焚きつけた張本人であるシェインが悪びれもせずしれっと言ってのけるのでタオはあきれ顔でため息をついた。

「みんな本当にありがとう。おかげでオオカミのお家守れた。ニーサマも助けられた」

「いいのよ。私たちこそカオステラーを倒すのを手伝ってもらったんだしね。あと……」

 カリーネの再三のお礼に、レイナも礼を返す。そしてもう一つ大事なことをカリーネに言う。

「お家、見つかるといいわね」

 いままで見せたことの無いような優しい笑顔で言うレイナにカリーネもとびきりの笑顔で返す。

「うん! そしたらいつか来てよ! 約束」

 様々な想区を行き来するレイナにはその約束は果たせないかもしれない。それでもレイナは笑って差し出された手を取った。自分と似た境遇を持つ少女に、確かに友情を感じていたのだ。だがどの道カリーネ自身もその約束を果たせない――いや、認識できないだろう。

「じゃあそろそろ始めるわ」

 カリーネの手を離すと『箱庭の王国』と呼ばれる一冊の書物を取り出す。これこそがレイナが『調律の巫女』と呼ばれる由縁。レイナがこの書の一節を詠唱することで混沌に堕ちた想区を在るべき姿に戻すことが出来る。そしてその際、混沌の中で起きた出来事は全て無かった事になる。それがわかっているエクスたち3人はカリーネの言葉を内心複雑な想いで聞いていた。そしてレイナの口からもはや聞き慣れた一節が紡がれる。

「混沌の渦に飲まれし語り部よ……我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし――


 渦に浮かぶ泡は渦と共に消えゆく定めである。しかし、そこに泡があったことは確かな真実なのだ。



「ニーサマ! 次はもう少し暖かいとこ行こう!」

 オオカミの毛皮を被った少女が、傍らを歩く銀毛のオオカミに語りかける。オオカミは少女の言葉がわかっているかのように頷くようなそぶりを見せた。

「じゃあ行く前にみんなに挨拶してかなきゃね」

 そう言うと少女は今歩いてきた山の方を振り向きオオカミの遠吠えのような声を上げる。するとまるでそれに答えるように山の方からいくつもの遠吠えが帰って来た。少女は満足げに微笑むと思い出したように手を打った。

「あ、そうだみんなにも挨拶しなきゃ」

 大きく息を吸い込むと、山の向こう、自分たちと同じようにまたどこかへ旅だったであろう彼らに向かって叫ぶ。

「みんなー!――」

しかし何故かオオカミがクイクイと裾を引くので、カリーネは言葉を中途で切った。

「え? 誰にあいさつするのか? 誰って……あれ? 誰だっけ?」

 確かに先ほどまで誰かに応援の言葉のようなものを贈らなければならないという使命感があったはずなのに、よくよく考えると誰に何を言うつもりだったのかまるで検討がつかない。

「ま、いいか! みんななら大丈夫。行こうニーサマ。ボクらはお家見つけなきゃ!」

 そして少女とオオカミは南へ向かい、新たなる安住の地を探す旅を続けるのだった。



「いまカリーネの声がしたような……」

「そうか? 俺は聞こえなかったけどな」

 森の中を歩くエクスがふと何かに気が付いたように振り返るが、タオはぽかんとしている。

「そういえば姉御、最初に見つけた赤い実なんですけど」

 シェインも気がつかなかったようで、レイナにまるで別の話題を投げかける。

「あー、それなら(モグモグ)大丈夫よ。ほら! 実はさっき摘んできたの。次の想区でも(モグモグ)遭難なんてことになったら(モグモグ)嫌だもの」

「つーか、もう食ってるのかよ……」

 にこにこ顔で小さな袋いっぱいに詰まった赤い実の房をみんなに見せるレイナ。先ほどから言葉の端々に謎の咀嚼音がすると思ったら正体はこれだったらしい。ところがシェインは気まずそうにある事実を告げる。

「……姉御。それ毒草らしいです」

「…………(ゴクン)……本当?」

 数秒の逡巡の後、口腔内の美味しい木の実を嚥下して、レイナはシェインに尋ねる。

「マジです。カリーネちゃんから聞きました。食べるとお腹痛くなるそうです」

「っていうか何で今飲んじゃったの!? 明らかに毒って聞いた後だったよね?」

「え、いや、つい? もうだいぶ食べちゃってるし……」

 エクスの至極もっともな疑問にあたふたしながら答えるレイナ。確かに既に全ての実が取られている房の残骸が一つ二つ袋から顔を覗かせている。

「そういう問題じゃねえだろ! どこまで食欲に支配されてんだよ!」

「ちょちょちょ大丈夫なの、これ? 薬は?」

 ようやく慌てた様子でシェインに確認するレイナだが、無情にもシェインは首を横に振る。

「手持ちにはないですね。次の想区で手に入るといいんですが」

「もうすぐ沈黙の霧ね。みんな、走るわよ!」

 一刻も早く次なる想区へ向かうため、レイナが走り出す。後を追ってシェインが、呆れ顔のタオが、そして困ったように笑うエクスが続く。

 慌ただしく、沈黙の霧の中を駆けながら、エクスはそういえばあの想区の名前も知らなかったことに気がついた。カリーネと兄様が新しいお家を求めて旅する最中さなかの一幕。この想区に相応しい呼び名は――

「『オオカミ兄妹の想区』――かな?」

「坊主、なにしてんだ! 沈黙の霧でお嬢においてかれたらまずいぞ!」

「うん! すぐ行くよ!」

 いつかこの旅が終わるとき、自分も新しくどこかに住む場所を求めるのだろうか? ともかく今のエクスにとってはこの4人でいられる場所が居たい場所である。背後に遠ざかる森の景色を振り返りたくなる衝動を抑え、エクスは前を行く3人の下へ駆けていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カリーネ、猟師とオオカミに会う――「オオカミ兄妹」の想区―― @ahiru_puropera

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ