第5話 カリーネ、最後の戦いに臨む

「この村おかしいよ。さっきからヴィランばっかりじゃないか」

 村の周囲を守っていたヴィランたちを突破したエクスたち3人だったが、村の中に入ってからもヴィランたちが散発的に襲ってくるばかりで、村人の姿はまるで見えない。ヴィランに囲まれないよう走りながら周囲を見回すエクスにレイナが答える。

「そうね……あいつに聞けば理由がわかるんじゃないかしら」

 そう言って彼女が見据える先には西日を背負い赤の眼光だけを怪しく光らせる巨大な影。カオステラー・アーネストが再び一行の前に姿を現した。

「騒がしいと思ったら貴様らか。そう死に急がなくともこれから出向いてやるところだ」

 右手で猟銃を肩に担ぎ、相変わらずの醜悪な笑みを浮かべている様子を見るに、先ほどカリーネから受けた矢の毒はすでに解毒しているようだ。すると一行の顔ぶれが先ほどと異なっていることに気がついたのだろう。アーネストが尋ねる。

「もう一人の小娘とカリーネはどうした? 隠れて奇襲でも仕掛ける気か? それとも貴様らだけでこの数を相手にするか?」

 その言葉と共に、アーネストの背後からヴィランがわらわらと湧いてくる。

「よくもまあ懲りもせずそんだけ連れてきたもんだ」

「アーネスト。あなたもしかして村の人たちまで……」

「だったらどうした? 私はカリーネや貴様らを始末して運命をひっくり返さなければならん。手下は多すぎるということはない」

 レイナの問いに答えるアーネストの口調は、まるで取るに足らない事といった調子である。アーネストはその口調のまま続ける。

「あの小娘の全てを蹂躙してやる。この山のオオカミ共も、兄代わりだとか言うオオカミも、小娘に手を貸す貴様らもだ!」

「テメエ、いい加減に……!」

 アーネストのさんざんな物言いを怒鳴りつけようとした瞬間、タオは隣に立つレイナから言葉で表せない寒気のようなものを感じ、思わず口を閉じた。それはエクスも同様のようで、おそるおそる彼女の方を窺っている。

 そして二人ともレイナの放つ気迫の正体に察しが付いた。身を焼くような怒り、そして途方もない悲しみだ。その深い藍色の瞳に宿した怒りの炎で、目に映したカオステラーを焼き殺そうとしているのかと、脇で見ている二人に錯覚させるほどにレイナはアーネストを激しく睨み付ける。

「……あの子は故郷を奪われることを運命づけられているの」

振り絞るようにレイナがその一言を発するのをエクスもタオも黙って聞いているしかなかった。

「それはとても悲しい事よ。自分のために村の人を全員犠牲にするような人にはわからないでしょうけど」

 その事実がどれほど残酷なものかレイナにはわかる。幼き頃、家族と共に過ごしたあの幸福な場所に還ることが出来ない。自分を愛してくれるあの場所はもう無いのだ。

「だからこれ以上……あの子から何か一つでも奪うことは、私が許さない!」

 そう、それこそがこの想区においてレイナがカリーネを助ける最大の理由なのだ。食べ物を分けてくれたからではない。調律の巫女としての使命だけではない。それはまるで“願い”だった。もう何も失いたくないという彼女自身の願いの吐露と同義であった。かつてロキに故郷を奪われ、失う恐怖に脚をすくませたかつての少女は目の前のカオステラーの暴虐を決して許さない。

「言ってもわからないでしょうけどね」

 そう言ってレイナは運命をねじ曲げられた村人たちのなれの果てに、あるいはその中央に独り立つアーネストに哀れみの視線を向ける。

「ならば貴様らにはわかるのか! ただ敗北するためだけの運命を負わされた者の惨めさが!」

 レイナの言葉を黙って聞いていたアーネストが声を張り上げる。

「知るわけねえだろ。そんな下らない理由で人を傷付ける奴の気持ちなんかよ!」

「もっと不幸な運命を抱えて、それでも自分の想いを貫いて生き抜いた人を僕らは知ってるよ」

 猟師のあまりに自分本位な主張はタオに一蹴され、エクスも取り合う気配すら見せない。

「言っでしょう。どんな理由でもあの子からこれ以上奪うことは許さないって。それに『アンタみたいな奴は力尽くで調律する』とも言ったはずよ。最初にね」

「黙れ! 黙れ黙れ!! だまれぇぇぇえぇぇえ!!」

 自己の全てを否定された猟師は怒りに絶叫する。そしてその怒りが彼の全身に変化をもたらした。眼禍の赤い光は拡大し、もはや眼そのものが赤くぎらついているかのようだ。肌は焼けた赤銅のように赤熱し、頭髪がその熱気で逆立つ。全身に走る呪いじみた章印は禍々しく鈍い光を放ちさらに体中へと広がる。

「おいおいおいおい、ちょっと煽りすぎたんじゃねえか?」

 アーネストの変貌降りを見たタオがレイナに言う。

「何よ! アンタたちだって結構言ってたじゃない」

 一方のレイナも自分のせいではないとばかりに両脇の二人に食ってかかる。

「この気迫……! さっきまでとは桁違いだ」

「殺してやるぞ! まずは貴様らだ! その後でカリーネとオオカミ共も一匹残らず潰してやる!」

 轟としたアーネストの怒声に大気が震える。その空気の振動はまるでアーネストの殺気そのものだ。一瞬身を竦ませた3人に向かって怒号が合図だったかのように飛び出してきた数体のヴィランが踊りかかる。

 しかしそれらは結局3人に届くことはなかった。飛びかかってきたヴィランのうち、ある者は3人の後方から飛んできた矢に貫かれ、ある者は同じように銃弾をその身に浴びて黒紫色の光と煙になり霧散した。猟師が怒りにわななく目で3人のさらに後方、矢を放った人物を見据え、叫ぶ。

「結局……私の邪魔をするのは貴様なのか……カリィィィィネェェェェェ!」

 そこにいたのは決意に燃える浅葱色の瞳で猟師をにらみ返す一人の少女だった。

「お前の邪魔、知らない。ボクはニーサマを……みんなを助ける!」



「そう気を落とさないで下さい。」

 エクスたち3人が洞窟を出ていったあと、シェインは落ち込むカリーネを慰めていた。オオカミたちも心なしかオロオロとした様子でカリーネの周りをうろついている。

「ボク……違うの。ニーサマ助けなきゃって。オオカミのお家守らなきゃって……」

 タオの残した言葉に、自分自身の思いがわからなくなり、ぐるぐる頭の中を回る言葉が自然と口をついて出る。カリーネの狼狽降りを現すならこんな具合か。

「ええ、わかっていますよ。それにタオ兄も本当はわかっているんです」

 シェインには何故タオがあのような事を言い出したのか見当は付いていた。同じ兄貴分として、妹分が自らの助けが及ばない場所で危険にさらされるのを見過ごせないニーサマの心情を察してのことだろう。

「でも、ボクが猟師倒さなきゃって思うのは運命だから? ニーサマのためじゃないの?」

 そう言って目を潤ませるカリーネに対する答えに窮し、シェインは珍しく困ったように小さな笑みを浮かべた。

「そういえばこれ、返しますね。本来貸し借りするようなものでもありませんし」

 話の流れで思い出し、シェインはカリーネに彼女の分厚い『運命の書』を手渡す。カリーネはそれを受け取るとニーサマの背中をなでながらも、しげしげと表紙を見つめシェインに問いかける。

「シェイン、運命って何?」

「運命とは何か、ですか……これはまた難しいお話ですね……」

 カリーネの問いかけにシェインはムムと唸ってぽつりぽつりと語り出す。

「シェインの故郷の国ではそれを“命”の“運び”と書きます」

「はこび?」

 聞き慣れぬ単語をカリーネが聞き返す。シェインは頷き続けた。

「ええ。ものの進み方、流れるさまのことです。言い換えるならカリーネちゃんの命―― 人生がどう流れ、どこに進んでいくのか、といったところですかね」

「むづかしい」

 説明がわからないというように頭を抱えるカリーネ。そうですね、とシェインは腕組みし頭をひねる。

「川上から一つの果物が流れてきます」

「シェイン、ここ洞窟。川ないよ」

「例え話です。聞いて下さい。果物は川を流れ流れて海に辿り着きますが、流れるのは当然川に沿ってです。急に岸に上がったり、いきなり海の向こうの島に流れ着いたりはしません。流れる道筋は決まっているんです」

「運命って果物が川を流れることなの?」

「そうです。“どんぶらこっこ”とも言います」

 少し驚いたような反応を見せるカリーネに謎の自信でシェインはそう答える。カリーネは概ねシェインの説明を咀嚼しながらも、その謎のフレーズだけは理解できずに口の中で何度か呟いてみた。

「ただ、モモ――失礼、その果物がどんなことを考えながら流されているのかは誰にもわかりません。ましてや川の水が決めることではないのです」

 これまでになく優しげな、そして真剣なまなざしでシェインはカリーネを見つめていた。

「ですから、カリーネ。あなたの心が運命という何者かに縛られることはないんです。あなたの想いは間違いなくあなただけのものなんですよ」

 シェインのその言葉にカリーネは眼を見開く。開かれた目からハラリと一筋の涙が頬を伝った。

「良かった。ボク、ちゃんとみんなを助けたいって思えてたんだ……」

 カリーネは涙に濡れた目を細め、迷いが晴れたように小さく、しかし力強く呟いた。

「それで、これからどうしましょうか、カリーネちゃん?」

 乏しい表情の中に僅かに覗くいたずらっぽい笑みでシェインが問いかける。カリーネは手の甲で涙を拭いながらうなずき、ニーサマを一度抱きしめると傍らに置いてある弓を手に取った。



「とまあ、カリーネちゃんを優しく慰めてここに駆けつけたというわけです。幸い日没までには間に合いそうですね」

 経緯を二言三言で簡単に説明したシェインが赤みを帯び始めた西の空を見上げながら言う。

「シェイン、あなた最初からこうするつもりだったでしょう?」

「はて? 確かに取りあえず残る、とは言いましたけどねえ」

 訝しげに問いかけるレイナに対し、シェインは飄々と答えるだけだ。カリーネはタオに語りかける。

「タオ、ボクわかった。書いて無くても、読めなくても、オオカミ助けたい。ニーサマ助けたい」

 カリーネは一言一言確かめるように、自分の意志を言葉に紡ぐ。

「だから、ニーサマ危ないのに待ってるだけ、できない。ニーサマやみんなのために戦う」

「……来ちまったもんは仕方ねえわな。やるぞ! お前ら!」

 やれやれといった表情でカリーネに笑いかけ、タオは栞を手にする。

「だからなんでアンタが仕切るのよ! みんな、やるわよ!」

 タオに文句を言いながらレイナが『運命の書』を開く。

「合点です」

 『運命の書』に差し込まれたシェインの『導きの栞』が淡い光を発する。

「何人居ようと同じ事だ。全員始末してやる!」

 5人の様子を見て、カオステラー・アーネストはヴィランをけしかけ、同時に自分も攻撃の態勢を取った。

「いくよカリーネ! これが……最後の戦いだ!」

 エクスの全身を光が包みヒーローとのコネクトが完了する。ヒーローになったエクスがカリーネに呼びかける。

「うん! ボクがニーサマを……みんなを助けるんだ!」

 そして並び立った5人のヒーローとカオステラーの軍勢が今ぶつかり合った。

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