第3話 一行、猟師と相対す
オオカミたちの巣を襲ってきたヴィランを一掃し、4人はカリーネやオオカミたちと共に住処である洞穴の中で休息をとることにした。そして休息がてら洞窟内の岩に腰掛け、カリーネにこれまでのいきさつを聞くことにした。やはり『運命の書』にあるとおり、旅の途中でこのオオカミの群に出会ったカリーネは猟師に追われる彼らの事情を聞き、猟師を懲らしめることにしたのだという。
「カリーネは自分の運命を知らなかったんだよね? どうしてここのオオカミたちのために戦ってるの?」
エクスがふと思いついた疑問を口にする。通常であればエクスたちのような『空白の書』を持つ者(“運命”を持たない者)以外は自分の取るべき行動やその行動によりもたらされる結果を知ることが出来る。しかしカリーネは自分の運命を読むことが出来ない。にもかかわらずこの少女はたまたま行き会ったオオカミたちのために危険に身を投じている。エクスがその理由に興味を抱いたのは、あるいはそんな彼女の姿と共に旅する少女の姿勢が重なったからかもしれない。
「この子達、ボクと一緒だから」
対して返って来た答えは簡潔明瞭。あまりにシンプルな一つの理由だった。
「ボクの村、侵略者来た。なんとか兄様と逃げ出せたけど……お家無くなるの悲しい」
そう言うカリーネの表情は微笑みを浮かべてこそいるもののどこか悲しげで、まるで泣き笑いのように見えた。
「猟師、みんなのお家奪おうとしてる。許さない」
そしてその悲しみをオオカミたちにも味わわせまいという決然とした表情で呟く。やはりこの少女とレイナは少し似ているのだ、とエクスは自分でも知らず心の奥で納得した。
「『運命の書』によると猟師はカリーネちゃんが仕掛けた罠で懲らしめられることになってますけど」
先ほどカリーネが急に駆けだしたために彼女の『運命の書』を返しそびれていたシェインが、引き続き解説役を買って出た。しかしカリーネはフルフルと首を横に振る。
「ボク罠たくさん仕掛けた。でも罠効かない。アイツすごく強い……」
自分の非力さが悔しいのか膝を抱えうなだれるカリーネの頬に銀毛のオオカミが気遣わしげに喉を鳴らし鼻をすり寄せる。
「安心して、カリーネ。私たちが、手を、貸すわ。その猟師の――カオステラーの思い通りになんて、させ、ない」
「そうだぜカリーネ。このタオ・ファミリーにかかれば猟師退治なんぞ軽いモンだ! だからそんな顔すんなって。兄貴も心配してるだろ?」
「タオ……ニーサマの言葉わかる?」
「んなわけねえだろ。妹分を心配する優しいお兄様の気持ちがわかるってだけだ」
目を丸くするカリーネの言葉に、ぶっきらぼうに、しかしどこか照れくさそうにタオが答える。
「確かにタオ兄って動物で言うとオオカミっぽいです。タオにいさま、お手」
「するかっ!」
「兄の心、妹知らずだね……」
対して一方の妹分はというと、タオを犬に見立てて芸をさせようとしており、エクスの呆れたような乾いた笑い声が洞窟の中に力無く反響する。
「うん、みんな手伝ってくれるなら勝てる! 今度こそ猟師倒す!」
一行に勇気づけられ、顔を上げたカリーネの瞳により一層の覚悟が灯る。
「まあ、仕事抜きにしても食べ物の恩義もありますしね」
無表情のままおどけるようにシェインも続く。
こうして『調律の巫女』一行がカリーネに協力しカオステラーである猟師を打倒するため団結したところで、レイナがずっと気になっていたことについて口を開いた。
「ところで、さっきから、やけに、この子達、スリついてくるんだけど、なに?」
なぜか先ほどから十数頭のオオカミたちがレイナの周りにやってきては顔や首筋に自分の顔や頭をすりつけるという動作を繰り返すせいで、レイナのしゃべり方は先ほどからずっとこの調子である。聞き取りにくいことこの上ない。
なお、その様子をシェインが羨ましそうにチラチラ見ているが、これは大方自分もオオカミの毛並を堪能したいといったところだろう。
「みんなケガ治してもらった。レイナにお礼してる」
確かに先ほどのヴィランとの戦闘ではオオカミたちも自分の住処を守るために必死の抵抗を見せていたこともあり、何頭ものオオカミが怪我を負っていた。レイナが治癒魔法で治してあげたそのオオカミたち全てが感謝の意を表すために彼女の周りに集まっているのだ。すると思い出したようにカリーネが立ち上がった。
「ボクもニーサマ治してもらったお礼!」
そう言うやいなやカリーネがレイナに飛びつき、首筋に抱きつくとオオカミたちと同じようにレイナに激しく頬擦りする。
「わっ! ちょっ……カリーネ!? ひゃんっ!」
そのあまりに直接的なスキンシップにレイナは思わず声を上げた。カリーネはお構いなしにレイナの白磁のように滑らかな頬や首筋に自分の頬や鼻、額を擦りつけ心地よさそうに目を細めている。羞恥心に耐えかねたレイナが身をよじるが、華奢な彼女ではしっかりと抱きしめて離そうとしないカリーネをふりほどけない。
「あら~。カリーネの部族での親愛の表現ですかね」
「いや、あきらかに犬とかの愛情表現の類だろ」
「見てないでっ、助けなさいよー!」
レイナの救助要請を全員で黙殺すること数分、レイナにたっぷり“お礼”をしたカリーネが3人の方を振り返る。
「エクスたちも! オオカミ守ってくれた。ありがと!」
「絵面がシャレにならないから、遠慮させてもらっていいかな……」
「ちょっと!」
レイナの二の舞になることを怖れ、引きつった笑いを浮かべつつ後ずさるエクス。
そんなエクスににじり寄るカリーネ。
少しムッとした調子でカリーネを制するレイナ。
「カリーネちゃん。姉御がもっとして欲しいそうです」
余計なことを口走るシェイン。
「お礼、足りない? ボク頑張る!」
「違っ……! あっ、ちょっと……や」
◆
「とにかく、私たちとカリーネたちの目的は同じみたいね」
「うん! 猟師たおす!」
カリーネにもみくちゃにされて乱れた髪を治しながらレイナが言う。その目は助けてくれなかった3人を恨めしそうに睨み付けているが、全員気づかないふりでやり過ごした。
「となると猟師がどこにいるか、だけど……」
「麓に村があるんですよね? そこまで行ってみます?」
「しっ!」
シェインの提案を遮るように、カリーネが鋭く呟き耳に手を当てる。同時にオオカミたちが一斉に洞窟の入り口に向かって警戒するような態勢をとる。
「猟師、来る……!」
「どうやらあちらさんからお出でなすったみたいだな」
「ここじゃあ戦えないわ。外で迎え撃ちましょう」
レイナの指示で全員が洞窟の外にでる。カリーネが中に居るよう諭していたが、オオカミたちも一緒に外に飛び出した。
洞穴の外に出て始めに感じたのは巨体が歩行する足音だ。それが近づくにつれ次第に言いようのない邪悪な気配が感じ取れるようになり、一息ごとに濃密になる気配がとうとう形を成したかのかと錯覚するほど唐突に巨大な黒い影が森を抜け5人の前に現れた。対峙した黒い影に向かってレイナが問う。
「あんたが猟師?」
その問いかけには目の前の相手が探していたカオステラーかどうかを確認するという以上に、単純に彼が“猟師”を生業としている者なのかという疑問が含まれているようにも聞こえた。
それほど彼女らの前に現れた猟師の姿は異質だった。右手の猟銃と腰に下げた山刀に辛うじて彼の猟師としての出で立ちを残すのみで、2メートルをゆうに越える巨躯を筋肉で肥大化した両の脚で大地に立たせ、武器を持つその手には肉食獣のごとき鋭利な爪、背中には猛禽を思わせる翼が生えている。翼のためか、纏う服も無しに曝した上半身の浅黒い肌を、呪いの章印のように紫の紋様が走る。顔に空いた二つの黒い穴は眼なのだろう。それぞれの穴の中に浮かぶ赤い光球で猟師は5人を睨み付ける。
「いかにも。猟師のアーネストだ。ただし今を持ってオオカミ狩りの肩書きも付く」
「そう。それで、アーネスト。あなたの目的はなんなの? 一体どんな理由で運命に逆らってまでオオカミたちを狩ろうとするの?」
「知れたこと。これほどの力を持ちながら敗北の運命を受け入れる者があるか?」
アーネストと名乗る猟師が語った理由は全く単純にして、あまりに稚拙なものだった。いつか彼女と対極にある巫女が、レイナの調律とは運命に抗おうとする者の想いを踏みにじる行為だと言った。以来レイナは自身の役目を正しいと言い切ることが出来なくなっていた。
しかし目の前の暴君には、自己が確かに“存在”することだけを求めたジャバウォックのような悲痛さも、仲間たちの真の願いのために運命を変えようとしたドロシーのような覚悟も無い。ただ自己の保身のために、力を振るうためだけに運命をねじ曲げるつもりでいる。混沌の巫女の言葉が落とした暗い影がレイナの瞳から消えた。
「そう、よかった。あんたみたいなステレオタイプの悪党は、力尽くで調律して良いことになってるのよ。私の中ではね」
「今度こそお前倒す。オオカミ虐める、許さない」
レイナと並び立ち、カリーネが猟師に矢を向ける。彼女に付き従う銀のオオカミは牙を剥き出し威嚇する。
「こうして相まみえるのは初めてだが……貴様が“カリーネ”――我が運命に立ちはだかる者か。何やら他にもいるようだが」
「さしずめ助っ人といったところですか」
「ツいてねーな、おっさん。このタオ・ファミリーが来たからには、あんたもう終わりだぜ」
啖呵を切るタオをまるで見下すかのように鼻を鳴らし、アーネストは背中の翼を一撃ち扇ぐ。
「貴様らが何者であろうとこの力の前には無力だ。運命の力――全ての者を支配する力!」
叫ぶアーネストの持つ猟銃からいくつもの紫の光弾が放たれる。その内の一つが真っ直ぐにレイナめがけて飛んでいく。
「レイナ!」
エクスが叫ぶが彼の位置からでは到底間に合わない――ヒトの脚では。エクスの背後から一つの影が飛び出す。先ほどの戦いで特に深手を負い、それ故レイナに最も感謝を表していたオオカミだ。オオカミは風のようにレイナ所まで駆け抜け、彼女を突き飛ばすと、身代わりに光弾の餌食となった。
「ッ! あなた……!」
「大丈夫? しっかり!」
「お嬢、カリーネ、ダメだ! 離れろ!」
弾き飛ばされたオオカミに駆け寄ろうとした二人をタオが鋭く制する。レイナを庇い光弾を浴びたオオカミの体の被弾した個所から全身にアーネストの体に浮かぶものと同じ紋様が走ったかと思うと、次の瞬間には何事も無かったかのように立ち上がった。運命を書き換えられた魔物――ヴィランに姿を変えて。
周りを見れば先ほど放たれたいくつもの光弾は何匹ものオオカミたちを捉えており、気づけば5人の周囲はオオカミが変貌したヴィランでいっぱいになっている。
「そんな……みんなが……」
愕然とするカリーネを見て、満足げに下卑た笑みを浮かべながら、次いで再度レイナを見た猟師が困惑の表情を浮かべる。
「何だ? 貴様ら、よく見れば書き換える運命が無いではないか。運命の外側から来た分際で、他人の運命の在りように口を挟む気か?」
そう、『調律の巫女』一行は運命を持たない『空白の書』の所持者。書き換える運命すら存在せず、それ故カオステラーに真っ向から立ち向かうことが出来る数少ない存在だ。ともするとアーネストの言葉は正しくその通りなのかもしれない。運命に縛られない彼らが、運命に不満を抱く者を諫めることを果たして由とするべきか。
だが――
「そんな大それたつもりはない。ないけど……お前の横暴を許すつもりもない!」
「新入りさんの言うとおりです。シェインたちはルールを無視するお馬鹿さんを、ルール無用でぶん殴るだけです」
今この場における問題はアーネストが私欲のために他者の運命と平穏を脅かしているという一点に尽きる。ならば彼らの役目はただ一つ。自分だけに都合の良い世界を望む邪悪なる意志を除き、在るべき姿に調律することだ。
「なら、まずはこいつらをどうにかするべきだな」
猟師の言葉を受けエクスは周囲に目を配る。オオカミのヴィランとアーネストが引き連れてきたヴィランが、じりじりと包囲の輪を縮め5人にせまっている。先ほどまで守るべきものだったオオカミたちが、今、敵として一行の息の根を止めようとぎらついた敵意を滾らせる様に、思わず竦みかける気力を奮い起こす。
「仕方ねえか……! やるぞ!」
タオが叫び、栞を手にする。運命の栞を通してヒーローの力を纏い、一行はヴィランの群と対峙した。
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