第2話 カリーネ、旅人と出会う
最後に残っていたヴィランが、その体に矢を受け爆ぜて黒紫色の霧と散ったのを確認すると。エクスは借りていたヒーローの姿を解き、元の姿へと戻る。
「びっくり……キミたち何モノ?」
ヴィランに追われていた少女は、一行があっという間に怪物達を蹴散らす様を見て、眼を丸くしながら駆け寄ってくる。少女が引き連れていたオオカミの群はというと、5人がヴィランと戦っている間に少女が逃がしたのか、毛色の異なる銀のオオカミ一頭を残して皆姿を消していた。
「こっちこそ聞きたいことは色々あるんだけど、取りあえず有言実行させてもらうわ」
「待て待てお嬢!」
「どうどう、姉御。ほら、食べ物ですよー」
不穏当な発言と共に腕まくりするレイナを慌ててタオが後ろから羽交い締めにし、その横ではいつのまに摘んできたのか、シェインが件の赤い実の房をヒラヒラさせている。その光景を横目に苦笑しつつエクスが少女の問いに応える。
「僕はエクス。あっちはレイナで、レイナを押さえてるのがタオ。横でレイナを猛獣扱いしてるのがシェインだよ。僕らは、まあ旅人? みたいなものかな?」
「旅人! じゃあボクと一緒だね」
エクスの答えを聞き、少女は顔に仲間に会えた、とでも言うような喜びの表情を浮かべる。
「君も旅をしているの?」
「うん。ボク、カリーネ。こっちはニーサマ。ボクたちお家探してるの」
カリーネと名乗った少女は笑顔でそう言うと銀のオオカミを指す。カリーネと彼女に紹介され小さく一つ吠えた傍らのオオカミは自分たちの家を探して旅をしているということらしい。この想区では旅人は珍しいのだろうか。同じように旅をしているという4人に親近感を抱いたようだ。
「まあ今のシェインたちは旅人というよりお腹を空かせた遭難者ってかんじですけどね」
「そうよ! あなたあの木の実どうしてくれるのよ!」
そう言って自嘲気味に肩をすくめるシェインと、声を大きくするレイナ。シェインの言葉で怒り(と空腹)を思い出したらしい。
「お腹すいてるの? ちょっと待って」
荒ぶレイナの様子を見たカリーネは自分の背中に手を回すと、纏う毛皮の内側をごそごそと探り、麻袋を一つとりだした。そしてその袋を逆さにすると、中からどさどさと荷物が転がり出る。カリーネは地面の上に広げた荷物の中から、いくつかの果実を拾い上げ、4人の方に差し出す。
「はい、食べていいよ」
「いいの?」
「おお! こいつぁありがてえ」
これにはレイナだけでなくエクス達も目を輝かせた。何しろ二日ぶりの食べ物である。4人はカリーネからもらった果物を無心で口に運んだ。
◆
「ごめんなさい。あなたのこと誤解してたみたいね」
久しぶりの食事を終えて、先ほどまでの荒ぶりようが嘘のように落ち着きを取り戻しカリーネに謝るレイナに、思わず3人はずっこけそうになった。口にこそ出さないものの、タオなどはあからさまに「マジかよ」という表情でレイナの方を見ている。
「と、ところでカリーネ。さっきのオオカミたちとは一緒に旅してるわけじゃないんだよね? あれも君の『運命の書』に書いてあるの?」
このままではレイナの真顔を見るだけで笑ってしまう恐れがあったので、エクスは咄嗟にこの想区に来た目的の本題を切り出し尋ねる。
カオステラーの存在するところには運命の書に記されていない事件が起きる。カリーネの身に何か運命と異なる出来事が起こっていれば、そこからカオステラーの居場所や正体がつかめるかも知れない。
「運命の書わからない。モジ教わってないから……」
ところが返って来たのは全員が想像だにしなかった答えだった。確かに書物の形態を取っている以上、文字が読めなければ必然的に自分の運命を読むことも出来ないわけだが、流石に信じられないといった表情で思わずレイナが聞き返す。
「じゃあ、あなた自分の運命を全然知らないってこと!?」
「全然じゃないよ! 母様が読んでくれた。村、侵略者に襲われる。ボク、ニーサマと新しいお家探す……まあこのぐらい、なら」
ややムキになり言い返すカリーネだったが、気まずそうにだんだん小さくなる声と、逸らした視線がレイナの指摘が大筋で間違っていないことを物語っている。
「要するに“あらすじ”以外は把握してないってことだな……おっと」
タオはやれやれとため息をつきかけたが、ニーサマに睨まれていることに気がつくと慌ててそれを引っ込めた。
「差し支えなければ見せてもらえませんか? カリーネちゃんの『運命の書』」
「ちょっと待って。んー……あった!」
シェインの提案を受け、カリーネは果物が入っていた麻袋を再び探ると一冊の本を取り出した。誰もが見慣れたその表紙は、しかし所々にシミや汚れがつき、エクスたちにカリーネのこれまでの旅の厳しさを感じさせるには十分だった。
「マクラにすると丁度いい。少し汚れた」
これまた予想外の台詞をあっけらかんと言い放つカリーネと肩透かしをくらいガクリとずっこける3人を他所に、シェインは『運命の書』をパラパラとめくり目を通していく。
流石のシェインもやはり他人の運命をのぞき見ることには多少の遠慮があるのか、読み込みはせずにあくまで要点だけ拾い上げていく。そして数分で書の丁度中程までめくり終えたところでシェインは顔を上げた。
「おおよそ把握しました。幼いカリーネちゃんの住む村はオオカミと共に平和に暮らす村でしたが、ある日謎の集団に襲われ滅茶苦茶にされてしまいます。カリーネちゃんは兄代わりのオオカミ――ニーサマのことですね、ニーサマと安心して暮らせる土地を探して旅に出たようです」
「そうそう! 合ってる、なんで!」
「ニーサマって名前じゃなくて兄様なのかよ!」
淡々とカリーネのこれまでの運命を要約するシェイン。レイナが何か言いかけたようだが、はしゃぐカリーネとタオのツッコミに遮られ、結局何も言わずに口を閉じた。
「続けます。カリーネちゃんはその後、火を噴く山や、竜の棲む入江など色んな場所を巡るうち、ある山でオオカミの群に出会うようです。どうやら今はこの辺りでしょう」
「行った、行った! ねー兄様! 合ってる、スゴイ!」
次々と自分の体験を読み当てるシェインにますます興奮するカリーネは兄様を抱きかかえゆさゆさと揺する。エクスは激しく揺すられるオオカミがこころなし若干嫌そうな顔をしているのを見やりつつレイナに語りかけた。
「本能だけで旅してるみたいだけど筋書きには忠実みたいだね」
「……運命づけられた内容はそうそう変わらないってことかしら?」
どこか遠くを見つめるような目でポツリと呟くレイナをよそに、興奮したカリーネはシェインに続きを促している。
「ボクら猟師と戦ってる。あいつ強い。手下たくさん使う。書いてある?」
「その山でオオカミ達を狩ろうとする猟師は出てきますが、カリーネちゃんはわりとあっさり猟師をやっつけることになってますし、猟師も一人きりですね。つまり……」
どうやらようやくこの想区でやるべき事が見えてきた。目配せを寄越すシェインに頷き返し、エクスはカリーネに問いかける。
「カリーネ、手下って言うのはひょっとしてヴィラン――さっきの黒い怪物のことかな?」
「うん。猟師いつも怪物――“びらん”? いっぱい連れてくる」
「決まりね。その猟師がこの想区のカオステラーよ」
レイナがそう断言するのとほぼ同時に東の方角からオオカミの遠吠えが響いた。
◆
4人は木々の間を縫うようにまるで平地のようなスピードで疾走するカリーネを追って森の中を走っていた。あの遠吠えを聞いた途端、カリーネと兄オオカミはハッとした表情になり、4人へ「ゴメン!」と一言だけ告げたかと思うと遠吠えの聞こえてきた方角に飛ぶように走り去ってしまったのだ。
「オオカミの方はともかくとして、カリーネのやつ早すぎだろ!」
カリーネ達の様子から察するに、恐らく先ほどの遠吠えはオオカミたちからの助けを求める声だったのだろう。慌てて後を追って駆けだした一行だったが、既にカリーネ達の背中は遙か彼方の木陰にちらつく程度である。
「ちょっとこれ完全に見失いかけてない?」
「大丈夫です。追跡不可能な動物はいません」
タオは妹分の言葉に、“動物”とはオオカミの方を言っているのだろうと強引に納得し、ツッコむのは避けた。
「新入りさん、その先2時の方向に折れて下さい。あともっと速く」
「そんなっ、こと、言った、って、枝とか結構……何で毎回僕ばっかりぃ……」
なぜか、そしていつの間にか当然のように先頭で露払いをさせられているエクスの顔を小枝が叩く。根っからの従者体質なのか、口では不平を漏らしつつ、シェインの指示に健気に従おうとしている。
「! 開けたところに出るよ!」
先頭のエクスが3人に声を掛ける。森を抜けた4人の目にまずは言ったのは切り立った岩肌の崖だった。そしてその崖の裾にオオカミの群とカリーネが大量のヴィランに取り囲まれているのを見つけるやいなやレイナが飛び出した。
「お嬢! 先走るな!」
ヴィランの大群に向かって矢のように突っ込んで行くレイナを追い3人も駆け出す。目を懲らせば、オオカミたちの後ろの壁には一つの洞穴が口を開けている。どうやら巣を襲撃されたらしい。カリーネ兄妹も奮戦しているが多勢に無勢であり、じりじりと押し切られている。
黒い怪物の群を前にして4人は栞を手に取る。
「これ以上は……させない!」
決然と言い放ち『空白の書』を掲げるレイナの魂とかつて語り継がれたヒーローの魂がコネクトし、その身を光が包んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます