第2話

 毎日繰り返していれば、それはいずれ日常となる。何だってそうだ。喫煙も、一つに数えられるだろう。たとえ身体に悪影響であっても。

 俺の場合、仕事の日は、昼食を摂ったあと必ず公園へ足を運ぶ。

 その公園には遊具がほとんどなく、住宅街や託児所などの施設からも遠いので、遊びに来る親子連れはほとんどいない。

 喫煙者たちのたむろ場と化したそこは、昼になると常にふわふわと紫煙が漂う。しかし屋外である以上、僅かにでも風が吹くので、どれだけ煙くなろうともいずれは霧散して消えていく。空気は、多少悪くなるかもしれないが。

 マナーさえ守っていれば、特段注意を受けることはない。苦情があるとすれば、異常な嫌煙家から受けるいちゃもんくらいのものだろう。

 ただでさえ肩身が狭くなっているのだ、喫煙者にも多少の権利があってしかるべきだと個人的には思う。……まぁ、その前に煙草を止めればいいだけの話だろうと、言われてしまえばそれまでなのだが。


 いつもの古びたベンチに座って、慣れた赤いパッケージを取り出す。

 口に咥えて火をつけ、軽く吸いこめば、ふわりと慣れた風味が口内を、そして肺の中を、徐々に支配していく感覚。ある程度吸いこんで、澄んだ冷たい空気の中にふぅ、と吐き出した。

 俺の他にもスーツを着た男が何人か――たまに女もちらほらと――昼休みを使って一服しに来ている姿がうかがえた。特に騒ぐ輩がいるわけでもなく、比較的静かだ。たまにぼそぼそとした喋り声が聞こえてくるくらいのものである。

 一人か二人分ほど空いていたベンチの、俺の隣に誰かが腰かけた。おおかた同じ目的なのであろう、がさごそと衣擦れの音がして、すぐにカチリとライターが鳴る。

 微かに吹く風に乗って、ふわりと漂ってきた、覚えのある香りにどきりとした。

 まさかと思って顔を上げたが、隣で素知らぬ顔をして煙草をふかしていたのは、まったく知らない人。営業の途中らしく、グレーのスーツは誰が見ても明らかなほどに着古されていた。

 そうだよな……そんな、都合のいいことが起こるわけない。大体同じ銘柄を愛用している人なんて、他にもたくさんいる。

 落胆の気持ちを抑え込むように頭の中で言い訳を繰り返し、指で挟んだままになっていた煙草に目をやれば、いったいどれほどの時間呆けていたのか、三分の一以上が燃えて灰になっていた。

 スーツの胸ポケットから携帯灰皿を取り出し、燃えかすをトントン、と落としていく。これ以上吸う気がなくなって、残りもそのまま押し潰した。

 自分が愛用するものと、隣の彼が吸っているものの煙が混ざり合って、何とも言えない匂いが鼻腔を満たしていくのを感じる。じくりと、胸が痛んだ。

 思い出すのは、あの日のこと。

 ほんのりと甘い味が、舌に広がるのを感じる。いつか口にしたシケモクと――あの人が残していったものと、同じ味。

 零れそうになった感情を、慌てて抑え込む。

 急に両手で口を押さえた俺を、体調を悪くしたのだと誤解したらしい隣の彼が心配するように声を掛けてくれた。

「大丈夫です」

 顔色が悪いと指摘され、思わず苦笑する。

 思った以上に親身になってくれた隣の彼に、「早退することにしますね」と適当なことを言って、俺はその場を去った。

 昼休みの時間はまだ残っていたけれど、昼食は既に終えたし、これ以上行く場所は特にない。

 それに……あの場にいると、押さえ続けていた感情が本当に爆発してしまいそうな気がして、怖かった。

 あの人の香りと、俺の香りが混ざり合う、甘くてほろ苦い――……。


「先輩、顔色悪ないですか」

 社に戻るなり、件の後輩にも同じことを言われて、呆れた俺は自嘲の笑みを浮かべた。

 仮眠室で寝てきますか、と問われたが、断って仕事に戻る。こんなことでへばっている場合ではない。

 まったく、自分が情けないと思う。他人様にまで心配かけて……いったいどれほどまでに、引きずり続けているというのか。

 世界一の愚か者が存在するというのなら、それはきっと俺のことだろう。

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