第30話 記憶の彼方に
夢なのか、現実なのか。
目が覚めてみなければ、わからない。
「北斗さん、あなたに聞いておきたいことがあったんです」
「なんでしょうか、真実さん」
「もし、すべてが元に戻れたとしたら、北斗さんの寿命はどうなってしまうのですか?」
「ボクにもわかりませんが、ボクは死を恐れてはいません」
「円華さんは、どうして刃さんを安楽死させようとしたのですか?」
「さぁ、それはボクにもわかりません」
「病院に警察が来て、自殺ではなく何か事件に巻き込まれた可能性があるって聞きました」
「・・・、真実さんはやはり鋭いですね」
「やっぱり、円華さんが関係しているんですね?」
「ボクのところにも刑事が来ました、彼女は疑われていますが、アリバイがあります」
「刃さんが意識を回復して、本当のことが明るみに出てしまったら、円華さんや、和華さんの人生は狂わされてしまうのですね」
「その可能性がゼロではない限り、ボクはそれを何としてでも守りたいと思っています」
「でも、北斗さんが死んでしまったら、円華さんが悲しむと思います」
「ボクが死ぬことによって、円華が救われることのほうが大きいように思っています」
「どういう意味ですか?」
「ボクがこれまでやってきたこと、と、そして世間一般的に見ると、怪しいと称されていたサークル、ボクはそのリーダーです」
「でも、本当は人助けをしていたわ」
「真実さん、ボクは長く生き過ぎました。ですが、自分の手で幕を下ろせる日が来たのです。しかも、愛する人のために死ねるのなら、ボクはこれまで生きてきた意味を見いだせるのです」
「円華さんはこのことをわかってるんですか?」
「彼女にはどうか黙っていてください」
「もっと早くこのことに気がつけば良かった・・・、そしたら北斗さんを死なせずに済む方法を見つけられたかもしれないのに・・・」
「真実さんに辛い思いをさせてしまいましたね。ですが、大丈夫です。真実さんの記憶からは思い出したくないものは忘れられるようにしておきますから」
「北斗さん・・・、わたしは忘れたくないです」
「・・・・ありがとう、真実さん」
携帯の着信音が鳴っている。
誰からだろう?今何時?朝?それとも。
涙が溢れていた。
それはとめどなくて、頬を伝っていくのがわかった。
わたし、泣いてるの?
悲しい夢でも見たの?
思い出そうとしても、着信音がそれを邪魔する。
手さぐりで携帯を取ると、電話にでた。
「もしもし・・・」
「あ、マミ?ごめーん、寝てた?日曜日だもんね~。あのさ、この前の件なんだけど、ユキ、用事出来ちゃったから土曜日は無理だって~、それでね、急になんだけど、明日の晩はどう?都合悪い?」
「え?あ、サトミ?う、うん、えっと、明日?多分大丈夫だと思うわ」
「それじゃ18時にそっちにユキと迎えに行くわ。またあとでね」
えっと、なんだっけ、サトミとなんか約束してたっけ・・・。
記憶が断片的で上手く思い出せない。
日曜日?
携帯を見ると、今日は日曜日だった。もう10時をまわっていた。
あれ?わたし、昨日は何してたっけ?どこにいたっけ?
なんだかまだ夢見心地で頭が起きていない。
隣を見たら、イケメンが寝息を立てている。
もちろん、わたしにとってのイケてる彼だ。
「ねぇ、シンちゃん、起きて、もう10時まわってるよ」
「ん?あぁ、おはようマミ」
「朝食、食べる?わたし、作ってくる」
「あ、オレも一緒に作るよ」
顔を洗って鏡を見た。目は少し腫れていた。けれど、とても顔色が良い。良く寝たからかな。
朝ごはんは、トーストにベーコンエッグ、サラダ、そしてコーヒー。
今朝はシンちゃんと一緒にキッチンに立った。
「シンちゃん、わたし、なんだかここ3日間ぐらいの記憶がイマイチぼんやりしてて、よく思い出せないんだけど」
「昨日とおととい?あ・・・、そういわれてみれば、今日って日曜日だっけ、オレも金曜日と土曜日の記憶がぼんやりとしか思いだせないな」
「シンちゃんも?」
「なんかさ、夢だったのか、現実だったのかが曖昧な感じなんだよね」
「夢?もしかしてさ、それって、入れ替わりとかなんだとかそんな感じの夢?」
「え、マミが見たのもそんな夢?でもさ、現実にはあり得ないよね、人が入れ替わるなんて」
「偶然にしてはすごいけど、そうなのよね、夢なら納得いくんだけどさ」
「ま、先にご飯食べよう、サラダできたよ」
「あ、ありがとう、こっちもできたよ~、シンちゃん、オレンジジュース飲む?」
「うん、それって100%?」
「そうだよ、濃縮還元って・・・・、あれ?わたし、前にもこんな会話をしたような気がする」
「そう言えば、オレも・・・、って、あ、留守電入ってるね、誰からだろう」
「ほんとだ、誰?」
「再生してみるね」
シンちゃんがメッセージの再生ボタンを押して、テーブルにつく。
わたしは、オレンジジュースをコップに注ぐとテーブルについた。
『ピー
「もしもし?オレ、シンジ、あ、声が違ってるけど、アタエ シンジ、シンジなんだ。手短に話すね、マミのそばにいる、オレの姿をしたヤツはオレじゃないよ、たぶん、ヨウって人だ、マミなら気づくと思う、で、オレは色々あったけど、なんとか無事で、それだけでも伝え・・・」
ピー』
「え?」
二人ともテーブルについたまま、電話の方を見てフリーズしてしまった。
「ねぇヨウちゃん、デートの約束、忘れてないでしょうね」
「え?なんやそれ」
「えー、私とデートしてくれるって言ったじゃない、この前」
「俺、そんなん言うたか?全然覚えてないわ」
「私もさっき急に思いだしたのよ、こんな大事なことなのに忘れてたなんてー、あり得ないわ」
「ちょー、待って、なんか思いだしたぞ、確か・・・・、あ、そうや、マミちゃんとシンちゃんや」
「あ、そう、思い出したわ、どうして忘れてたのかしら、マミさんとシンジさん無事に帰れたのかしら」
「俺、今、頭ん中ごっちゃごちゃや、どうなってるんやろ」
「そんなことはどうでもいいわ、どこか連れてってよ、ヨウちゃん」
「あほか、マドカに殺されるやろ、俺」
「えーー、あの時はそのくらい別にいいって言ったじゃない」
「そら、あの時は番号教えてもらわなあかんかったからな」
「ふーん、マミさんのこと、そんなに好きなの?シンジさんっていう人がいるっていうのに」
「・・・・、そやな、俺、マミちゃんのこと、本気で好きやったんやろな、今気づいたけど」
「それなのに、なんで、シンジさんを助けたりしたのよ、ほっとけば、もしかしたら、マミさん、ヨウちゃんのものになったかもしれないわよ」
「ノドカちゃん、わかってへんわ俺の本気を。俺はマミちゃんの笑ってる顔が好きやねん、ちょっと苦しいけどな」
「ふぅん、変なの。・・・そんな愛の形もあるのね」
「ノドカちゃん、なんや詩人みたいやん」
「私はあきらめないわ、絶対」
そうか、俺が無意識に求めてたんは、本気で誰かを好きになるってことやったんやろか。
「これで、全てが終わったわ」
「マドカ・・・、君は、これからどうするのですか?」
「しばらく、一人になって考えてみる事にするわ、ノドカとも距離を置くわ」
「・・・そうですか」
「縛り付けてばかりいては、私は父のした事と同じ過ちを犯してしまいそうだから」
「彼女ならきっと大丈夫でしょう、ヨウ君もついています」
「そうね・・・、それじゃ、もう行くわ。元気で」
「はい、マドカも」
悪夢のような日々が、やっと終わったわ・・・、いいえ、やっと終わらせることができた。
さようなら・・・、私の愛した人。
「マミ~、久しぶり、元気そうね」
「久しぶり、サトミもユキも相変わらず元気そうで良かった」
「マミ、仕事、決まった?」
「ううん、これからゆっくり探そうかなって思ってる」
「ま、探せばいくらでもあるからね~」
「まぁね、あ、個室を予約してくれたんだ、ありがとうサトミ、ユキ」
「ふふ、積もる話もあるからね~、今日はゆっくりしよーよ」
「ねぇねぇ、サトミ、あの転院した患者さん、息を引きとったらしいよ」
「え?なんでユキがそんなこと知ってるのよ」
「医事課の子が不備書類の件で転院先に連絡を取ったら、もう死亡退院したって言われたらしいわ」
「その患者さんって、呼吸器をつけていた意識不明の重症の人?」
「あ、そうそう、マミにも話したことあるっけ」
「で、結局事故だったの?」
「それがさぁ、最初はどうやら女性関係の・・・、痴情のもつれってヤツ?無理心中っぽいって噂だったんだけどさ」
「無理心中?」
「うん、頭部に何かで殴られた痕跡があって、その犯人がどうやらその相手の女性じゃないかって」
「そうなんだ、無理心中ってことは、その女性は?」
「その時、焼け跡から焼死体で見つかったらしいわ、でも身元不明のままだって」
「ふぅん、怖いわね、女性の嫉妬って」
「でもでも~、今朝、ニュースで真犯人が見つかったってあったでしょ?」
「え?そうなの?」
「うん、ほら、それがさ、あの例の怪しいサークルあったじゃん、あのサークルの主催者が犯人で、自主してきたんだって」
「えええ!?」
「しかも、その犯人、自首してきて事情徴収の最中に、突然死しちゃったんだって」
「なにそれ!」
「もう、マミ、テレビ観てなかったの?今朝はその話題で持ち切りだったんだからー。恐喝されてたっていう噂も出てたけど、無理心中に見せかけて殺すなんて手が込んでるわりに、自主するなんて謎だらけだわ」
「証拠も出てきてるって言うし、きっと間違いないんだろうね~」
「突然死って・・・」
「結局心臓発作ってことになったみたいだけど」
断片的だった記憶が徐々に繋がっていく。だがまだところどころが曖昧だった。
あの出来事は、やっぱり夢じゃなかったんだ。この3日間、いや、木曜日のあの朝から始まった不思議な出来事。
今朝、世間を騒がせたニュースもぼんやりとしたまま、時間とともに記憶から消え去ってゆくのだろう。
「あの患者さん、せっかく意識を取り戻したって言うのにね・・・・・、あ、来た~おいしそうこれ~。ね、マミ、食べよ食べよ」
とり分けられた料理に手を伸ばそうとした。
何かとても大切なものが欠けているような気がした。
忘れたくない何かが、そのぽっかりと空いた穴にいたような感覚があった。
「マミ?食べないの?覚めちゃうよ~」
わたしはその感覚ごと、蓋を閉じた。
ほんのりと甘く、やわらかな舌触りがする温かいスープを、味わうことができるわたしがいた。
久しぶりに訪れた、安らかな時間を生きることにする。
終わります。
【自分が見ているこの赤色が君の見ているこの赤色と同じとは限らない】 恋(れん) @habitable-zone
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