第29話 キミの赤とみんなの赤

6人は、とりあえず、元のソファーに座りなおした。


今はわたしとシンちゃん、マドカさんとジンさんの姿をしたホクトさん、そして、もとに戻ったヨウちゃんとノドカさんになっていた。


「やっと、ヨウちゃんのイメージがわたしのイメージとぴったり合致したわ」

「そうなん?俺のこと、こんなにイケメンってイメージしてくれとったん?うれしいわ」

「・・・・、ま、否定はしないけどさ」

「やっぱ自分の体は居心地ええわ。ありがとう、マミちゃん」

「マミさん、ありがとうございました。キミのおかげで、ヨウ君は元に戻れました、ボクからもお礼を言います」

「そんな、お礼だなんて・・・、みんなが居なかったらわたし・・・、でも、まだホクトさんとジンさんが元に戻れていませんよね」

「いいんです。ボクはこの運命を受け入れます」

「・・・」

マドカさんは、黙っていた。

「ねぇ、もし、ジンさんが死んじゃったら、ホクトさんはどうなるの?」

「ボクの肉体の死を意味するならば、きっとボクの魂もこの世には存在しえないでしょうね」

「えええ、そんなぁ、じゃ、じゃぁ、ジンさんの肉体が先に死んじゃったら、ホクトさん、元に戻れるの?」

「万が一そうなったとしても、もうすでにボクの体は瀕死の状態ですから、長くはないでしょうね」

「そんなの酷いわ」

「力を己の欲のために使ってしまった報いでしょう」

「報いを受けるべきなのは、私よ、ホクトではないわ」

マドカさんの声は少し震えていて、その瞳は潤んでいた。

「いえ、これはボクの意思でもありました。ボクは君を救いたかった」

「・・・・」

「こんな事にならなければ打ち明けることもなかったのですが、ホクは・・・、マドカ、君のこと愛しています」

「・・・・」

「申し訳ありません、こんな時に、こんな形で打ち明けてしまって」

「や、やっぱり、おねーちゃんとホクトさんは相思相愛だったのね」

「相思相愛?」

「おねーちゃんも、ホクトさんのこと、好きってさっき言ってたわ、内緒だって言われたけど」

「おいおい、バラすの早いなノドカちゃん」

「本当ですか?」

「・・・・自分でもよくわからないわ、ただ、このままあなたを死なせるわけにはいかないわ」

「そう・・・ですか・・・、ありがとう。それなら・・・もう、ボクは何も思い残すことはありません」

二人は見つめあっていた。外見はジンさんだけど、わたしにはなんとなくホクトさんのイメージが見えるようだった。


「ダメよ、ホクトさん、このままではダメ。諦めちゃダメ。ホクトさんが死んじゃったら、ジンさんが戻ってしまうわ」


「そうそう、俺かってマミちゃんが言うてた超絶イケメンのホクトさんに会うてみたいしな」

「オレもまだ見てませんね」

「あ~、私もよ、見てみたいわ」

「わたしは多分、見てると思うわ、確かめた事がないからわからないけど、ホクトさんのイメージとぴったりだったもの」

そうだ、ホクトさんにはあの超絶イケメンの外見がとてもしっくりくるのだ、ヨウちゃんもそうだった、タトゥのジンさんの姿のイメージとは違和感があったのだ。


わたしの思考回路は迷走していた。これまでに起きた色々な出来事が、ビジュアル化して、まるでジグソーパズルのピースのように散らばり、それらがひとつひとつ、繋がっていくのが浮かんだ。

それらは、次第に、全体像を表わす。そして、残りのピースがあと一つ、足りなかった何かが、ここに来てピタリとハマり、パズルが完成したかような感覚になったのだ。


「あ・・・、そ、そうよ!そうなのよ!イメージ!そう、イメージングだわ、マドカさん」

わたしはあることに気がついて、ソファーから立ち上がった。

「マミ、どうしたの?急に」

「イメージング?」

「マドカさん・・・、もしかしたら、マドカさんがホクトさんを救えるかもしれないわ」

「なんやって?ほんまなん?マミちゃん」

「ええ、あくまでもその可能性があるっていう次元の話だけど、試してみる価値はあると思うわ」

「話してみてもらえますか?マミさん」


「ええ、その前に喉が渇いてしまって・・・ごめんなさい、何か、えっとお水でもいいです、いただけませんか?」

「ミネラルウォーターならサーバーにあるわ、ちょっと待って」

ノドカさんがすぐに立ちあがって、みんなの分のお水を紙コップに入れて持ってきてくれた

「ノドカちゃん、やさしいやん」

「私もちょうど飲みたいって思ってただけよ」

「ありがとう、ノドカさん」

紙コップに入ったミネラルウォーターを一気に飲み干すと、少し落ちついた。

みんなも配られたミネラルウォーターを飲み、わたしの方を見る。

みんなの視線が自分に集まっているのを感じ、少し緊張はしていたが、思考はとてもクリアだった。


「簡単にいうと、イメージの固定です」

「イメージの固定?なんのイメージなん?」

「それは、マドカさんだけが見えている、つまり認識しているものを、みんなでイメージして、それを固定してしまうんです」

「私だけが見えているイメージ・・・、つまり、元気でいるホクトの姿と、重傷でベッドにいるジンの姿ね」


「そうなんです。今は、マドカさんにしかそれが認識できていません、でも、それが実在するものと固定してしまうんです」

「なるほどー、マミちゃんすごいな、俺全然思いつかんかったわ」

「でも、どうやってそのイメージを固定するの?」


「マドカさん、以前脳に障害があって麻痺があった方のイメージングを家族さんとしたって言ってましたよね」

「ええ、クライアントが元気だったころの写真を使ったのよ、視覚的に認識しやすいようにね」

「じゃぁ、ホクトさんが元気な姿で写っている写真があれば、みんなでそれを見てイメージできませんか?」

「多分できると思うわ。でも、それで、私たち6人のイメージが固定できたとしても、他の人たちにまでは認識を書き変えられるとは考えにくいわ」


「でも、誰も、ホクトさんが火傷を負った状態でベッドに寝ているというのを、きちんと見たことはないのでしょう?関わったナースや医療従事者はジンさんの姿だと認識しているはず」

「そう言われてみれば、そうかもしれないわね、まだ包帯はとれていないし、皮膚はただれてしまって判別できない状態でいるから」

「と、いうことは、逆に、マドカさんを除くわたしたちだけが、入れ替わっていると認識しているってことと同じですよね」

「そうなるわね」

「このマドカさんを除く5人の認識をマドカさんの認識と同調すれば、もしかしたら、元に戻れるかもしれない、って思ったんです」

「マドカが赤色と言ったものを見て、ボクたちもそれを赤色だと認識すればいい、ということですね」

「そう、同じ赤色なんです」

「とにかく、ホクトさんさえ元気な姿に戻られたらいいので、ホクトさんの元気な姿をわたしたちで、強くイメージすれば、きっと上手くいくと思うんです」

「やってみる価値はありそうね」

「ホクトさんの写真ってないんですか?」

「ボクはあまり人前に出ることがないし、写真も撮られたことはあまり記憶にないですね」

「おねーちゃんはホクトさんの写真持ってないの?」

「持ってないわ、一緒に撮ったこともないわ」

「もー、好きだったら一枚くらい持ってるでしょー普通」

「ノドカさんはヨウちゃんの写真を持っているの?」

「当たり前でしょ、携帯で撮っていつでも見られるように保存しているわ」

「おいおい、いつのまに撮ったんや、ノドカちゃん、俺の許可もなしに」

「写真・・・、ないと、イメージしづらいわね」

「わたしは一度、シンちゃんがホクトさんの顔に変わっちゃった時に見たけど」

「オレは見えてなかったしなぁその時は」

「俺もホクトさんの存在はなんとなく知ってたけど、会ったことなかったからなぁ」

「私も、おねーちゃんに恋人がいるって勘づいてたけど、顔は見たことないわ」

「残念ね、せっかく良い方法だと思ったのに』

「そう言えば、ヒーリングサークルの紹介パンフレット作成するとメンバーの方が一度、ボクの写真を撮りに来たことがあったのを今思い出しました」

「サークルのパンフレット?」

「はい、本部に取りに戻れば多分まだ残っている可能性があります」

「え?サークル?あぁ、ちょっと待って、もしかしたら、あのパンフレットかもしれない」

あのサークルの帰りにパンフレットをもらって、鞄にしまいこんだままなのを思い出した。

あとで捨てようと思って見向きもしなかったけど、もしかしたらそこにホクトさんの写真が載ってるかも。


鞄の底から、少し皺になったそのパンフレットを取り出すと、ページを一枚ずつめくった。


「あ!あったわ、これじゃない?ホクトさん、この胡坐を組んで座っているポーズのやつ」

「わぁ、ほんとだぁ、こんな小さな写真だけど、もの凄い美形だわ」

「どれどれ?俺にも見せてや」

みんなでホクトさんの写真に見入った。


「マミが言った通り、ホクトさんのイメージとぴったり合うね」

「でしょ?わたし、こんなにも凄いイケメンが朝起きたら隣にいてほんと、びっくりしちゃたんだから」

「そらビビるやろな、マミちゃんやったら」

「みんなはその写真で、ホクトをイメージできそう?」

「できるわ」

「出来ると思います」

「オレも大丈夫です」

「え、もっかい見せて・・・・おっけ、いけると思うで」

「思うじゃ困るのよ、ヨウちゃん、ちゃんとして」

「冗談やん、場を和ませただけやん」


「イメージングはできたけど、どうやって発動させればいいのかしら」

「そうよね、入れ替わりの儀式みたいな、なにか決まりごとがいるのかもしれないわ」

「これって、みんな寝てしまわなあかんのか?」

「マドカさんは多分大丈夫じゃない?もともとそう見えてるんだし」

「じゃぁ、マドカさん以外が一回、意識飛ばさなあかんってことか」

「やってみないことにはなんとも」

「ねぇねぇ、寝ちゃったら誰が入れ替わりをするの?」

「今回は多分マドカさんの能力で大丈夫だと思うわ、わたしたちはホクトさんが元気で元の姿に戻れるように強くイメージして念じながら眠れば大丈夫な気がするわ」

「ほんなら5人に睡眠薬投与すんのか?」

「そこまでしなくても、半覚醒状態ぐらいでいいのではないでしょうか、香を焚いてみましょう」

「そうよね、イメージもし続けなきゃだから、眠ってしまうより、そちらの方が成功するかもしれないわね」

「まぁ、あかんかったら次考えたらえっか、とにかくやってみよか」

「わたしたちが、半覚醒状態から目覚めた時、ホクトさんの姿が戻っていれば成功ね」

「私だけでは確認できないわ、その時ははっきりと教えてちょうだいね」

「大丈夫、きっとうまくいくわ」


ホクトさんがいつも使用しているお香を焚き始めた。

「あ、この匂い、オレ嗅いだ事ありますよ」

「あ、そう言えばわたしもあるかも」

「みなさん、リラックスして、深呼吸してください。そして、意識を呼吸だけに集中するうようにして、ボクのイメージは保ちながら・・・・」

深く息を吸うと、お香の匂いが肺を通して体全体に、そして脳にまで満ちて行く感じがした。


ホクトさんが元に戻りますように。マドカさんの笑顔が取り戻せますように。


シンちゃんへの愛で、シンちゃんは元に戻った。

ヨウちゃんを一途に愛するノドカさんの想いと、わたしたちの願いが通じて、ヨウちゃんも元に戻った。

二人の愛がどうか実を結びますように・・・。

どうか、すべてが元に戻りますように。

きっと、上手くいく、絶対、上手くいくわ・・・。



次第にホクトさんの声が遠くなって、わたしの意識は体から解き放たれて、自由になった。


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