第25話 その赤は何色?

「休憩を入れた方がいいかしら」

「私は早く聞いてしまいたいわ」

「俺も、いけるで」

「マミさんとシンジさんは?」

シンちゃんと目を合わせた。シンちゃんはわたしの手をそっと握ってくれた。

「わたしも、大丈夫です」

「オレも」


「私は彼の施すヒーリングで、随分と回復したわ。彼の能力にも興味があった。

彼は私にも何らかの能力があると言ったの。彼と関わることで開花したと。

それは、その人の中身のままが見える能力だったわ。でも、そんな能力は、何も役に立たないと思っていたの。


ところがある日、彼と同行して、終末期にある人のもとへ行ったの。

その方は子宮がんが全身に転移していて、骨にまで痛みを生じ、苦しんでおられたわ。まだ若かったわ。その分転移のスピードも速かったの。

そしてその方とその方の家族は「入れ替わり」を決意したの。


「入れ替わり」はできるだけ人目のつかないところで行うわ。

私たちがしていることは、直接手を下してはいないとはいえ、嘱託殺人と言われても仕方のないことだから。

入れ替わるところを他の人に見られては、あとあと面倒なことになるのよ。

その時は、病院に外泊許可を取ってもらって、その方の自宅の寝室で行ったわ。

彼が彼女の傍で、瞑想のようなものを始めるの、そして彼女にはある薬を飲んでもらったわ、睡眠薬ね、深い眠りに就くための。

睡眠を導入できるものなら、何でも良いのだけれど。内服が困難な場合は、点滴で投与することもあるわ。


彼はより効果を高めるために、香を焚いたわ。

私は息を潜めてそれを見守っていたの。

彼女が眠りに落ちた時、入れ替わりが起こったわ。私が実際にそれを目の当たりにしたのはそれが初めてだった。


その時、元気に歩く彼女の姿は、私から見ると、元の彼女のままで、彼ではなかったの。

そして、ベッドに横たわっているのが、ホクト、彼だったの、私のvisionでは。

今までなら、ホクトの姿(体)をしたクライアントが、ホクトの姿のまま最後のひと時を過ごすことになっていて、それも家族と本人には了承済みだった。けれど、その時は違ったの。

家族にも、ホクトの体に乗り移って元気に過ごす姿の方が、ちゃんと彼女の姿のままで存在したの。

つまり、私の持っている能力『外見が中身本人のまま見えてしまう』現象は、その本人と家族には同じように現われたの。

家族も本人もとても喜んでいたわ。

痛みから解放され、元気になった彼女は、ご主人と一晩一緒に過ごせたの。

そして、お互いに死を受け入れる準備ができたと言っていたわ」 

   


たしかに、外見がホクトさんのままで中身だけがその人になったとしても、ある程度話をしてみないと、にわかには信じられないし、人によっては胡散臭い宗教のような、その人の魂が乗り移ったかのような演技をする輩と見るかもしれない。でも、外見もそっくりその人と認識できたら、すぐにその奇跡が信じられるじゃない。

マドカさんとホクトさんはこんな奇跡を起こしていたのね。



「おねーちゃんが頻繁に会っていた人って、ホクトさんだったのね」

「ええ、それから私は彼を手伝うようになったわ」


「おねーちゃんも、その人の寿命をもらうの?」

「それは、わからないわ。ただ、血液検査などあらゆる検査を受けても、20代後半と同じだと言われたの」

「つまり、若さを手に入れたってこと?」

「そのようね」

「だから、おねーちゃん、いつまでもそんなに若くて綺麗なのね」

「多分、ホクトも同じだと思うわ、でも彼の本当の年齢を聞いたらノドカは驚くでしょうね」

「に、200歳くらいとか?」

「200年も生きていたら、飽き飽きするでしょうね」

「・・・、それってとても孤独だわね」


「家族とその本人以外には、ホクトさんに見えてしまうのですか?」

「ええ、逆に言うと、その人のことを認識していて、『入れ替わり』に立ち会った人であれば、家族でなくてもきちんと見えるわ」

「すみません、もう一つ、いいですか?睡眠薬なんですけど、たとえば、お酒なんかのアルコールとかでもその現象が起きるのですか?」

「これまでに、そのような事を試したことがないけれど、眠りにつくことができれば、入れ替わりは可能だわ。ただ、眠りが浅くなってしまうと、すぐに元にもどってしまうの」

「そ、そうなんですね・・・」

「脳に障害を患ってしまって、意思疎通が不可能だった方の時は、家族の一存で「入れ換え」を行ったけれど、彼に投与する睡眠薬の量が呼吸抑制を起こしてしまう可能性があったから、ギリギリの量を使ったの」

呼吸抑制、ああ、そっか、そうよね、眠っている間に呼吸が止まってしまっては意味がないわ。

「彼の入れ替わりは、5時間程度で終了してしまったわ」

「それでも彼が、元気だった頃の姿に戻れたと、家族の方たちも本人も、とても満たされた表情だったわ」

「麻痺の状態は本人も認識しているのに、元の元気だったころの姿に戻れたの?」

「それはね、イメージングといって、自分が一番輝いていた頃の姿をイメージしてもらうの」

「イメージングって、潜在意識に働きかけるということですか?」

「まぁそうね、そう希望されていることが多いから、そのイメージングは簡単にできるわ」

「ねぇねぇ、もしその入れ替わり中に、呼吸が止まって死んじゃったらどうなるの?」

「その時も、入れ替わりが終了するだけ。ただ、短すぎると、きちんとお別れができなくなるわね」

「じゃぁ、寿命がもらえなくなっちゃうのね」

「多分、本来全うする筈だった寿命をもらうようだから、その人の残りの寿命によるわね」

「ふぅん・・・、ホクトさんの寿命ってあとどれくらいあるのかしら・・・」



これまでは、眠りから覚めてしまえば、元の体に戻るのが決まりだった。

でも、わたしが関わってからはその決まりごとが、狂ってしまった・・・ということなのね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る