第20話 両親不在

「ふぅ、お腹いっぱい。ね、シンちゃんこれからどうしよう」

「そうだね、オレは元に戻ったから、帰るのもありだけど、ヨウさんが心配だよね」

ベッドに腰掛け、シンちゃんと二人、どうしようか考えていた。


携帯のベルが鳴る。

わたしのバッグから聞こえてきた。

「だれだろう?」

サトミからだった。

「もしもし?マミ?私~サトミだけど」

「おはよう、サトミ、どうしたの?」

「うん、あのね、次の土曜日さ、ユキと三人でご飯でも食べにいかない?」

「あ~、うん、えっと、今ちょっと取りこんでて、週末どうなるか、わからないの。でも、行けたら行きたい」

「じゃーさ、ユキとご飯してるから、途中で合流でもいいし、都合ついたらおいでよ」

「うん、ごめんね、誘ってくれてありがとう」

「たのしみにしてるね~じゃ・・・」

「あ、サトミ待って!ちょっと聞きたい事があるんだけど」

「うん、なに?」

「あの、ほら、呼吸器つけてた患者さん、どうしてるのかなって思って」

「あ~、なんかね、今朝身元引受人みたいな人が来て、転院になったよ、急遽」

「え、そうなの?なんて病院?」

「さぁ、ヨウコからさっきそんなメールきて、それで知ったの。どの病院かまでは聞けてないわ」

「そう、ありがとう、ごめんね、それじゃまた連絡するね」

「ううん、彼氏さんにもヨロシクね~じゃ」


まさかとは思うけど、もしかしたらその患者さんとマドカさんは、何か関係があるのかもしれない。


「マミ?どうしたの?」

「あ、ううん、サトミが今度ご飯食べに行こうって」

「行けるといいね」

「うん・・・、ねぇ、シンちゃん・・・」


コンコン・・・。


ドアをノックする音がした。

「マミさん、シンジさん、ちょっといい?」

ノドカさんに呼ばれて、再びリビングへシンちゃんと向かった。





「今ね、おねーちゃんがこっちに向かってるって」

「マドカさんが?」

「そう、それでね、みんなに話したいことがあるから、まだここで待っててほしいって」

「そうなんだ、なんだろう、話って」

「さぁ、なにかしら、でもきっと、このことに関係していると思うの、だから」

「ノドカちゃん、マドカ、何時ごろ来るって言うてた?」

「えっと、13時頃には着くと思うって」

「そっか、わかった、俺、ちょっと頭痛いから、昼寝さしてもらうわ」

「大丈夫?痛み止めいる?」

「俺、クスリ嫌いやねん」

「じゃー、私もヨウちゃんと寝る~」

「マドカに殺されるからやめてくれ」

「ええ~、黙ってれば大丈夫よ、ちょっとぐらい、いいじゃない」

「せやから、俺、頭痛いねんって」

「私が頭撫でてあげるわよ」

「嫌やわ、マミちゃんやったらいいけどな」

「なんでマミさんなら良くて、私じゃダメなのよ~」

「そらマミちゃんの方がやさしいからに決まってるやろ」

「私だってやさしいわよ」

「やさしいんやったら、そっとしといてくれ」

「ヨウちゃんの意地悪、グレるわよ私」

「絶対入ってくんなよ、ほな、おやすみ」

「もー!マミさんのせいよ」

「えっ、わ、わたし?」


とばっちりを食らう。だけど、一途なノドカさんが可愛らしいと思った。


「ノドカさんはヨウちゃんが好きなんだね」

「そうよ、私がヨウちゃんを見つけたんだから、おねーちゃんより先に」

「へぇ、そうなんだ」

「じゃぁどうして、ヨウちゃんはマドカさんの、その・・・」

「ああ、それはね、私が変なのに絡まれちゃったことがあって、その時に助けてくれたのがヨウちゃんだったの」

「ふぅん、そんなことがあったんだ」

「それで、おねーちゃんが、助けてくれたお礼をしにヨウちゃんに会いに行って・・・」

「うん」

「・・・・何故か帰ってきたら、もうそういう契約が成立しちゃってたみたい」

「そこは、謎なのね」

「そうね、でも恋人ってわけじゃなくて、傭兵とか、しもべとか、そんな感じ?」

「不思議な関係よね、マドカさんとヨウちゃんって」

「ええ。それに、おねーちゃんには恋人がいるわ」

「そうなの?」

「私はまだ会ったことがないの、でも絶対いるわ」

「謎が多いわね、マドカさんって」

「私と17も歳が離れてるから、姉妹っていうより、母親に近い存在だわ、とても厳しいの」

「え、そんなに離れてるの?マドカさんとノドカさん」

「でも、おねーちゃん全然若いから、親子になんて見られたことないわよ」

「うん、きっと、そうだと思う、お会いしたことないけど」

「ああ、オレもマドカさんとノドカさんがそんなにも歳が離れてるなんて思わなかったよ」

「それって、若くて綺麗だったってことね、シンちゃん」

「そう、だね、少なくとも、ノドカさんのお母さんって感じではなかったよ」

「私たちのママは、私が生まれてすぐに死んじゃったんだって」

「そう・・・・、お父様は?」

「パパは日本にはいないわ、滅多に帰ってこないの」

「そう、さびしいわね」

「オレは両親とも他界してしまったよ、幸い、家だけは残してくれたけど」

「シンジさん、一人ぼっちだったのね」

「今はマミがいてくれるけどね」

「わたしは、父を幼いころに亡くしたの。母がわたしを育ててくれたわ」

「みんな、それぞれあるのね、ヨウちゃんは確かご両親とも健在って言ってたわ」

「じゃぁ、今ごろ心配してるのでは?」

「んー、経済的援助はしてくれてたみたいだけど、あとは放置だって言ってた。今はおねーちゃんが経済的援助してるけど」

「なんだか、不思議な縁ね、わたしたち」

「そうね、でも、ヨウちゃんが元に戻らなかったら、私、どうしていいかわからないわ、元に戻るまで、二人ともいてよ」


わたしも、シンちゃんが元に戻らなかったらどうしようって思ってた。ノドカさんも同じだよね。


でも、こうなった原因がまったくわからない。見当もつかない。

はじめは、ただの幻覚だったはずなのに、今度は実際に入れ替わってしまっている。

シンちゃんが元に戻ったのだって、何がきっかけだったのか。


とにかく今は、マドカさんを待つしかなかった。







「ノドカ?ヨウに替わって」

「あ、おねーちゃん、ヨウちゃん、今、頭が痛いからって寝てるわ」

「そう・・・・。なら起きたら、みんなを連れて、わたしのオフィスに来るように伝えて、車は駐車場に置いてあるわ、カギはいつものところ、そう言えばわかるわ」

「わかったわ、向かう前に連絡するね」



「ねぇ、マミさん、シンジさん」

「マドカさんから連絡あった?」

「ヨウちゃんが起きたら、みんなを連れておねーちゃんのオフィスに来るようにって」

「ヨウちゃん、まだ寝てるの?」

「そうみたいね、頭が痛いって寝てたから」

「そう言えば、シンちゃんはもう痛みはないの?」

「オレ?そうだね、元に戻る前も、頭の痛みより、めまいの方が激しかったかな、痛みはもうないよ、めまいもしない」


「もしかして、元に戻る前って、そんな感じに寝ちゃったり、意識を失ったりするのかしら」

「あ、ヨウちゃんも急に車の中で頭が痛いって意識を失ったわよね」

「じゃぁ、もしかしたら、ヨウちゃん、起きたら元に、戻ってるかもしれないわ」

「え、でも、マミさん、それだと、ヨウちゃんの中身がどっかに行っちゃって、あのタトゥの人が来ちゃうってこと?」

「あぁ、そうなるわね」

「えー、嫌だ、怖いわ、私」

「わたしも、なんとなく嫌な感じがするわ」

「わかった、オレが様子を見てくるよ」


「シンちゃん、気をつけてね」

「二人はどこかに隠れてて、万が一のことがあったら、外へ出て、マドカさんに連絡を取って」

「う、うん、って、万が一って何、怖い、シンちゃんが襲われたらどうしよう、やっぱり一緒に」

「いいから、マミはノドカさんと待ってて、オレは大丈夫だから」

何が大丈夫なのか、オレにもわからなかったけど、二人を危険な目に合わせるわけにはいかない。


コン・・・、コン・・・。

「ヨウさん?オレです、シンジです」

返事はない。まだ寝ているのか、それとも。


「あの、マドカさんから連絡があったんです、ちょっと、開けてもいいですか?」

やはり、返事がなかった。だが、意を決してドアを静かに開けてみる。

「入りますね、ヨウさん」

わずかにドアを開け、中の様子をうかがうと、ヨウさんがベッドに横たわっているのが見えた。


「ヨウさん・・・、寝ているところ、すみません、ちょっと起きてもらってもいいですか?」


オレの声に気がついたのか、寝がえりをうち、こちらを向いた。


心臓がバクバクいっているのが、自分でもわかる。

もしも、ヨウさんじゃなくて、タトゥの中身の人だったら?

でも、急には襲ってこないだろう、いくらなんでも。

話せば、わかってくれるだろうか。

そんなことを考えていると、ヨウさんが目を覚ました。



「オマエ、誰だ」

「!」

や、やっぱり、元に戻ってる!どうしよう、マミとノドカさんに危険を知らせるべきだろうか。

「オ、オレは、與 真心(アタエ シンジ)っていいます、あなたは?」



「俺か?俺は・・・・・・・・」



緊張で体が強張る。



「俺は・・・・・・・・・・・・」






「ヨウちゃんやで~~~」

「!!」



くっそ、やられたあああああ。

張り詰めていた糸が切れ、その場にへたりこんだ。



「やーいやーいひっかかってやんのー」

「ちょっともう、勘弁してくださいよ、こんな時に」

でも、良かったよ、ヨウさんで。

背中がもう汗びっしょりだった。


「ごめんごめん~、シンちゃんがあんまりにも、シリアスな顔しとったから、からかいたくなってん」

「そりゃなりますよ、知らない人と、こんな風にご対面なんて、マドカさんの時だってビビってたんですから」

「あ~、マドカとここでご対面やったんや」

「そうでしたね、一瞬バレたかって思いましたけど」

「マドカ、なんも言わへんかったん?」

「はい、特になにかを問い詰める様子もなく、指示だけして出て行きましたよ」

「ふーん、マドカらしないな」

「多分、オレがひとことも話さなかったからでしょうね」

「え、ずっと話さんかったん?」

「いや、車の中では、事情を説明するのに、色々話したんです、それまでのことを。でも、『おもしろい話をありがとう』で片づけられましたね」

「でも、外見は俺ちゃうかったやん、タトゥやったやろ?ここで会うた時に、なんで何も言わんかったんやろな」

「は!そう言えば、ヨウさんじゃないってことはマドカさん気づいてたんだ、それなのに、あんな冷静な対応するなんて、凄いなマドカさんって」

「わかってて、楽しんどったんちゃう?」

「え、じゃぁオレ、ずっとからかわれてたってこと?」

「残念ながら、そうやな」



「シンちゃん?ヨウちゃん起きた?」

振り向くと、マミがフライパンを持って、入口に立っていた。

「起きたでマミちゃん、なんや、物騒やな、そんなもん持って」

「あ、良かった、ヨウちゃんだった」

「マミちゃんにはもっと優しい起こし方希望するわ」


「ノドカさん、ヨウちゃん、ちゃんと目を覚ましたわ、戻ってなかったよ」

「ほんと?あ~、良かった~。あ、おねーちゃんがね・・・」




とにかく、まだ戻っていなかったヨウさんと、4人でマドカさんのオフィスへ向かうことにした。

それにしても、悪趣味だよなぁ、ヨウさんも、マドカさんも。


運転は、オレたちのことを案じ、念のためにって、マミがすることになった。




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