第13話 録音

『「はじめまして、オレ、與 真心(あたえ しんじ)といいます」



「今からお話しすることは、にわかには信じられないことですが、嘘ではありません」



「オレは家で眠っていました、そして目が覚めたら、どういうわけか、あの部屋にいて、自分の体も顔も、知らない誰かになっていました」



「前日に、オレの彼女が・・・、あ、マミといいます、オレの彼女」



「マミが言うにはオレがイケメンになったって、整形まで疑われたんです、その時はオレも冗談かと思って笑って話を聞いていましたし、鏡で確認しても、その時はいつもと変わらずオレの顔でした」



「ところが、実際に、今は自分の外見があからさまに変わっていて、しかも、元の自分とは比べ物にならないほど、マミの言っていたイケメンになってしまったことを、先ほど、やっと、自分でも受け入れられるようになったんです」




「マミはきっと、オレと、このヨウって人が入れ替わっていることには気づくと思っています」


「だから、マミはきっと無事だとは思うのですが、マミがオレのことを心配していると思うんです」


「そんなわけで、一刻も早く、マミの元へ帰りたいんです」


「どうかオレを今すぐ解放していただけませんか?無理を承知で、お願いします」




「久しぶりに、おもしろい話を聞かせてもらったわ、ありがとう」』



「マドカさん、録音するなんて悪趣味ぃ~」

「そう?でも、おもしろいでしょ、この話」

「本当なのかしら、もっともらしく話してるけれど」

「さぁ、どうでしょうね」

「作り話にしては、リアルだけど、そんな、人が入れ替わっちゃうとか~ありえないわ、ね、マドカさん」

「彼は、嘘は言っていないけど、嘘つきね」

「え?どういう意味?」

「嘘でも本当でも、別にかまわないわ」

「マドカさんって、クールよね、いつも」




アタエ シンジ・・・・、きっと、また会うことになりそうね。




公衆電話って、こんなにも見つからないものなのか?それとも、オレが見つけるの、へたくそなのか?

さっきの駅には、公衆電話の跡らしきものはあったけど、撤去されていたのか見当たらなかった。


もう交番にでも駆け込んで、事情を話して電話を借りてみようか。

でも、なんて説明するんだ?オレ。


さっき、マドカさんに話してみたが「おもしろい話」の一言で片づけられてしまったじゃないか。

まぁ、オレだってはっきりいって、まだ、信じられないけどさ。


諦めかけた時に、それは見つかった。


公園の中にほのかな明かりが灯っていた。

まだ撤去されずに残っていた公衆電話の電話ボックスが煌々と輝きだした。

飛んで火に入る夏の虫。

オレはあわてて電話ボックスに入ると、受話器をあげた。

しまった、小銭がない。

ポケットをさぐると、さきほどマドカさんが忍ばせた封筒がでてきた。

封をあけると、そこには一万円札が3枚入っていた。

すげーな、あれだけで三万円?

いや、途中で解放されたわけだから、本来はもっと先があったのかもしれない。

とにかく、金は見つかったが、電話がかけられないという状況は、変わらなかった。


それに、なんだかこの金には手をつけてはならない、という良心が働いて、封筒に戻し、内ポケットにしまった。

ダメモトで返却口のスペースに指を入れてみた。

人差し指に触れた感覚で、それが十円玉というのが瞬時にわかった。

オレはその一枚の十円玉を手のひらにのせた。

これほど、十円玉を愛しいと思ったことはなかったよ。


これでやっとマミと連絡が取れると思うと、手に汗が出てきた。


待てよ、マミの携帯にかけた方がいいのか?でも番号の記憶がイマイチあやふやで、間違っているかもしれない。家の電話番号は確実に覚えている。間違えて押さなければ、確実に繋がる。

だが、家にマミがいない場合、すぐに連絡をとることは困難だ、携帯ならまちがいなくマミはとってくれるはずだ。


しかし、公衆電話から携帯へかけると、さほど話す時間がないのではないか?

やはりここは確実に無事であることだけでも伝えるべきなんじゃ?


オレの指は家の電話番号をゆっくりと着実に押していた。


10回ほどベルが鳴り続け、やっと繋がった。

「もしもし?マミ?オレ・・・」

『ただいま、留守にしております、ピーという発信音が鳴りましたら、お名前とメッセージをどうぞ』

オレの声で留守電案内のメッセージ。自宅に繋がったことは間違いなかった。

ピー


「もしもし?オレ、シンジ、あ、声が違ってるけど、アタエ シンジ、シンジなんだ。手短に話すね、マミのそばにいる、オレの姿をしたヤツはオレじゃないよ、たぶん、ヨウって人だ、マミなら気づくと思う、で、オレは色々あったけど、なんとか無事で、それだけでも伝え・・・」



ピー


ここで、タイムアウト。


あとは、この留守番電話のメッセージを一秒でも早く、マミが聞くことを祈るだけだった。


マミは家にいないか、電話をとれる状況ではなかった。

もし、前者とすると、オレを探しにヨウという人がいたであろう場所に向かっているかもしれない。

後者は・・・・、考えないことにした。


マミがこちらに向かっているとすれば、きっと、そのヨウという人も一緒にいるだろう。

そうでなければ、こちらには来られないからだ。

マミを信頼しているが、何せ、元イケメンでオレの姿をしているヤツが傍にいて、彼女の心が揺れないか、心配になった。


オレもマドカさんに触れられた時、正直、心というより、体は反応してしまった、不覚にも。


ごめんよ、マミ。これは男の性です。

自分に言い訳しながら、途方に暮れた。


マンションに帰ることができれば、マミに会うことができる。

だいたい、今、オレはどこにいて、どちらの方向にマンションがあるのかがわからない。


一難去ってまた一難だな。


公衆電話と、泣きそうなオレ。


まったく絵にならなかった。

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