第12話 一刻も早く

「ま、果報は寝て待てって、昔の人もいうてたし、待つしかないんとちゃう?」

たしかに、ヨウちゃんの言う通り、ウロウロしたって行き違ってしまうかもしれない。

あてもなく彷徨うより、この部屋で待機している方が懸命だと思った。


「喉、渇いたやろ?冷蔵庫に飲みもんくらいは入ってるで、好きなの飲みや」

「あ、ありがとうヨウちゃん、あとでいただくね」

リビングのソファーに腰掛け、玄関に続くドアに対峙した。


「俺、とりあえずシャワー浴びてくるけど、マミちゃんも一緒にどう?」

相変わらずの慣れ慣れしさだけど、どこか愛嬌があって憎めない。それに、少し慣れてきたみたい。

「え?いいの?マドカさんに見つかっても知らないよ?」


「お、言うねぇ、でもマドカなら多分、平気やで」

「そんなものなの?」

「っていうか、マドカの方が俺の知らん男とシャワー浴びてたりするしな」


えええっ、もう、驚くことなんてこれ以上ないって思ってるのに、どんどん驚くわたしがいるよ。


「マミちゃん、もし、シンちゃんがここに戻ってきたら、ドアロック解除したってや」

「うん」

「あ、もし、俺がシャワー中に、マミちゃん外でて、戻る時は、番号入れや、さっき暗証番号見たやろ?」

「え、そんな盗み見なんてしてないよ」

「マミちゃんが入力する時は、見られへんようにせな、ほな、メモして、今から言うで、エントランスのと、この玄関のと・・・」

バッグからあわててペンを取りだすと、手の甲に、教えられた通りの番号をメモした。


シンちゃん、マドカさんと一緒なのかな。マドカさんにシンちゃんの正体がバレちゃったら、シンちゃんどうなるのかな?

マドカさんがどうやらすごい人なのは、なんとなくわかるけど、謎が多すぎて、見当がつかない。

わたしはただただ、シンちゃんが、どうかどうか、無事でありますように、と祈るしかなかった。


わたしの携帯が鳴った。

シンちゃん?

携帯の通知表示は、元同僚のサトミになっていた。

とりあえず、電話にでる。

「もしもし?」

「あ、マミ?私~、サトミだよ、元気してた?」

一番仲が良くて、いつも相談に乗ってくれていたサトミの声だった。

「あ、うん、もうだいぶ元気になったよ、眠剤の量も減った」

「そう、良かった、あのね、一応知らせておこうと思って」

「なに?」

「あいつ、マミが辞めて2週間後にクビになったよ~すっきりした~」

「そうなんだ」

「ねぇ、戻っておいでよ~、今、人手足りなくてテンテコマイなんだからぁ」

「ごめんね、迷惑かけちゃって」

「言ってみただけだよ~、今は落ちついてるよ、呼吸器つけてる人、ひとりいるけどね」

「うわー、そうなんだ、長いの?」

「うん、ちょうど、ほら、マミが勤務最後の明けの日に、マミと入れ替わりで救急患者が入ってさ、もう瀕死の状態だったんだけど、なんとか一命はとりとめたって感じ、警察とかも来てさー大変だったのよほんと」

「師長、ピリピリしてた?」

「してたしてた、ただでさえ忙しいのにって、身元もやっとわかって・・・、とにかくしばらくその話題でもちきりだったよ、あいつがクビになった件もあったし」

「そうなんだ、お疲れ様だったね」

「うん、マミの声元気そうで良かった、彼とはうまく言ってるの?あ、キャッチ入っちゃった、また連絡するね、じゃあね」

そこで電話は切れた。


色々大変だなぁ現場は、って、わたしも今、大変なことに遭遇してる最中なんだけど。


「もう、22時まわっちゃってる」

携帯の画面をじっとみつめたまま、シンちゃんとマドカさんという人のことを考えていた。


シンちゃんにまだ、好きって伝えられてないや。

今までいくらでも伝えるチャンスがあったっていうのに、その時は自分の気持ちがうやむやで。

いざ、自分の気持ちがわかって、ちゃんと伝えようって決めたら、シンちゃんがいなくなっちゃった。


このまま、自分の気持ちを伝えられなかったらどうしよう。

シンちゃんと二度と会えなかったらどうしよう。

シンちゃんとヨウちゃんが、ずっと入れ替わったままだったらどうしよう。

マドカさんっていったい、どんな人物なんだろう・

シンちゃんと一緒なのだろうか。


今、はっきりと自分の中にあるのは。


『一刻も早く、シンちゃんに会いたい』ということだった。




ガチャ・・・・。

「!?」

玄関のドアが開く音がした。




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