第10話 ハンサムボーイ?

ぎこちなさ満載で、なんとか乗り慣れない車をまわした。20時5分前だった。エンジンを切り、静かに待つ。


「めずらしいわね、時間に間に合うなんて」

「あの、すみません、少しお話があります」

「とりあえず、出してくれない?ナビに登録してあるでしょう、目的地」

「あ、はい」

早く事情を話して、マミの元へ帰りたかったのだが、この女性の醸し出すオーラというか、雰囲気がそうはさせてくれなかった。

スタートキーを作動させ、ゆっくりと走りだした。


「ねぇ、タバコ、持ってない?」

そういうと、彼女はオレのジャケットのポケットをさぐり、タバコを見つけ出す。

自分で火をつけ満足そうに煙を吐いた。

「どうぞ、話して」


いざ、話すとなると、どこから、何から話せばいいんだ。

運転に気をとられている分、思考がうまく回らない。その上、彼女にポケット越しにではあるが、触れられ、少し緊張していたのもあった。


「唐突で申し訳無いのですが」


そう切り出し、目が覚めてからオレに起こった、いや、今も起こっている出来ごとについて話しはじめた。


オレが話し終わるのを、彼女は静かに聞いていた。後部座席に乗っているので、ちゃんと聞いているかどうかはわかりづらいが、途中で質問したり、話をさえぎる態度はなかった。

ただ、タバコの数は軽く5本は超えていた。


オレが話し終わったと確信したのか、タバコを灰皿に押し当て消し、窓を開けた。

「久しぶりに、おもしろい話を聞かせてもらったわ、ありがとう」


窓の外を見ている彼女の姿がバックミラーにわずかに映った。



「そうね、でも、困ったわね・・・」

ナビによると、あと、数分でどうやら目的地に着くようだ。


「あなたをあと・・・2時間は解放できないわ」

窓を閉めた彼女の視線とオレの視線がミラー越しに合った。


彼女の目ヂカラはとても強烈だ。もちろん彼女が世間一般的に見ても、美人、いや麗人であることは間違いないが、それだけではない、何かが、その瞳の奥底に垣間見えた。


「今日はただ、私の隣で黙って微笑んでいればいいから」

そう言って、彼女はバッグから封筒を取り出し、オレのジャケットの内ポケットにそれを忍ばせた。




「堂上様、お待ちしておりました」

黒服らしき人物が車を管理するというので、キーを手渡した。


「2時間たったら、あなたは自由よ、好きにして」

耳元でささやくようにして、オレの腕に腕を絡ませてきた。


マミが今のオレを見たらなんて言うだろう。

そんなことが頭に過る。

マミは勘が鋭い。特に人の本質を見抜く術に長けている。時々、鋭すぎて、人間関係が複雑になってしまうほどだ。

だから、もしも外見がオレで、中身が違う人物が目の前に現われたとしても、すぐにオレじゃないって気づくはずだ。そんな安心感、いや信頼かな、そういうものがあった。


彼女に言われた通り、ここは2時間我慢するしかないと諦め、オレなりに微笑を浮かべて歩きだした。

今はこの、ヨウになりきることに徹した。


「マドカさーん、こっちこっち~」

入口はさほど広くはなく、二人で並んで歩くのがやっとというほど。店の奥の部屋へ誘導され、広いフロアへ出た。

どうやらオレの隣にいる女性の名前は『マドカ』というらしい。


「あ~、マドカさーん、今日はまた違うハンサムボーイね、この前の彼も素敵だったけど」

「ありがとう」

そう言ってマドカさんは少し微笑んだ。

「あれ?あなた以前にどこかで会ったことなーい?」

「・・・・・」

そう聞かれても、答えようがないので、黙ってただ微笑むだけだった。

「もう、マドカさんのまわり、ハンサムばっかりだから区別がつかなーい」

「あら、あなたの彼もハンサムでしょう、今日は何人くらい、いるのかしら」

「奥の部屋が空いてるの、行きましょうマドカさん」

そう言って案内されたのは、広いフロアに幾つもある扉の一つを空けた向こうにあった。




もうそろそろ2時間は経っただろうか。

照度を落とした間接照明と、キャンドルの灯り。

その空間でも、一際彼女の姿は目を惹いた。みんなが彼女にかわるがわる話しかける。

彼女は時々微笑みながら、会話を愉しんでいるかのように見えた。

オレは言われた通り、隣で慣れない微笑を浮かべ、時々頷く程度で事なきを得た。


彼女が目でオレに合図をし、出て行くように促してくれた。


出口で一度ふりかえり、彼女に会釈すると、公衆電話を探すため、外に出た。


携帯の時計を確認すると22時35分と表示されていた。

マミは今ごろ心配しているだろう。

とにかく、無事であることだけでも伝えることができたら。



オレの足はいつのまにか、駈け出していた。





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